はじまりの夜
来月にサービスインするMMORPGの設計開発リーダである俺は、破綻したスケジュールと戦っていた。
設計開発は人月計算で予算が組まれるが、倍の人数や予算を投入したからといって、開発月数が半分になったりはしない。これまでの開発経緯を知らない人員が追加投入されたら現場が混乱し、かえって遅れることさえある。偉い人にはそれがわからんのです。
スケジュール厳守という至上命題のために、保守性を捨ててプログラムをコピペ流用し、他者目視確認も部品動作試験も端折り、入稿遅れのグラフィックはフリー素材で誤魔化し、ようやくテストプレイに漕ぎ着けたのだが、出るわ出るわバグ報告が山のように積み上がっていく。
開発チーム全員の尻を叩いて修正作業を急がせ、彼らから提出された仮修正内容を本番プログラムに編入する作業を、深夜の職場で一人黙々と続けていた俺だった。
「修正未着手が282件、着手済みが37件、修正完了して編入待ちが18件か。くっそ、終わりが見えないな。来月完成なんて絶対無理〜〜」
心身ともに限界を感じ、机に突っ伏して目を閉じた。途端に意識がすっと遠のいてゆく。
まずい、これは寝落ちパターンだ。まだ寝るな、目覚めろ俺!!
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頬に触れるそよ風と心地よい日差しを肌に感じて、俺は目を開けた。
牧草地が一面に広がり、足元には春の軟らしい日差しを浴びてタンポポの花が揺れている。頭上には雲雀のさえずりが聞こえる。
都会育ちの俺だが、のどかな田舎の風景に包まれると癒やされる。
これだよ、これ。俺はこういう安らぎを求めていたのだ!!
弊社の福利厚生がこれほど充実していたとは知らなかったぜ。
……現実逃避はやめよう。まずは状況確認だ。
俺は深夜の職場にいた。そして寝落ちした。目覚めたら田舎にいた。以上。
うーーん、これはあれか?
謎の組織の陰謀によりVRMMOのゲームプレイヤーが仮想世界に閉じ込められ、仮想世界での死が現実の死に直結するラノベアニメ的なやつか。
俺はなぜか最強剣士で、寄ってくる美少女達でハーレムを作っちゃう展開だ。
いやいや、それは無いな。
そもそも精神に直接作用するフルダイブVRシステムとか実在しない……よね?
仮にどこかの研究所で秘密裏に開発されていたとしても、俺が担当しているのはスマートフォン用のMMORPGに過ぎない。
となると、異世界召喚か。
スキル判定の結果、召喚主からハズレ勇者と認定されるが、現代知識と工夫でスキルを活かして世界最強となり、奴隷にしたエルフ達でハーレムを作っちゃう展開?
あー、でもダンプに轢かれていないし、召喚主にも会っていないぞ。そこは省いてはいけない重要シーンだろう。召喚の理由説明もなしに、いきなり異世界の田舎に放り出すとは手抜きが過ぎる。辺りの景色を見ても召喚魔法陣とかそれっぽい施設は無かった。ただの田舎の風景だ。
というか、よく見たら俺が担当しているMMORPGの背景素材に使っている風景だった。
うん、これは夢だな。職場で寝落ちして、制作中のMMORPGの中に入った夢を見ている。明晰夢ってやつだ。だが、夢ではなくマジに転生した可能性も微レ存。夢ならば何をやっても大丈夫だが慎重にいこう。まずは付近を探索だ。
俺がいる牧草地には羊が群れて移動し、それを追う牧羊犬がいた。
そちらへ向けて歩いて行くと、犬が立ち止まってこちらを見た。まだ100m以上離れているのだが、用心深いな。
犬は俺に視線を向けたまま、吠え始めた。すると、近くの灌木の茂みから人影が立ち上がった。おお、第一村人発見だ!村人は素早くこちらへ走り寄ってきたが、すこし手前で止まり、手にもった長杖を俺に真っ直ぐ向けて言った。
「動かないで、あなた何者?」
出会った第一村人は、地味な服を着た美少女だった。
いや、正確に言おう。美少女アニメキャラだった。