ダダと寂しがり屋の友達
遠い遠い国の山奥深くに小さな村がありました。
その小さな村の外れに、ダダという少女が一人で住んでいました。
ダダは、日がな一日、薄い麦パンを作っては村の中を隅々まで周って売り歩き、時々、山一つ向こうの街道へ出てはボロ布を敷いて麦笛を売っていました。
しかし、お客など週にいっぺん来るか来ないか。例え行商の馬車が立ち止まってくれたとしても、味気ない麦笛など鼻でわらわれるだけでした。
今日もダダが道端で座っていると、意地悪そうな行商人が「これが何の役に立つっていうんだ」と並んだ麦笛を蹴飛ばしました。
ダダは慌てて拾い上げます。
「これは魔除けです! 昔ここらには巨大な狼の化物がいたんです、でも、麦笛を嫌って近付いて来ないのです!」
一所懸命に説明しましたが、行商人はふんっと鼻を鳴らして立ち去るだけでした。
ダダは、悔しくて悲しくて、まだ昼前でしたが店じまいすることにしました。麦笛の砂を一つ一つはらい、ボロ布に包みます。全部しまい終わってから大きなため息を吐き、荷を背負いました。
売れずに帰る道のり、かけられた酷い言葉、複雑な気持ちの歩みは遅く、いつの間にか日が傾いていました。
「仕方ない、山小屋に泊まろう」
真っ赤な空を見上げ、ダダは村に向かう道とは別の道へと進みました。
山小屋へ来たときはいつ頃だったでしょうか。初めて街道に出た次の次でしたでしょうか。ひっそりと佇む山小屋は、なぜだか今さっきまで誰かがいたように見えました。
「こんばんは」
ダダは、そっと戸を開けました。ギギギと不気味な音が立ち、やはり中は真っ暗です。外から見たときに感じたことは勘違いだった――ダダはそれもそうかと、忘れられた場所に来る者など自分くらいなものです。前に見つけたときはホコリまみれの蜘蛛の巣だらけで、一晩過ごすにしてもあまりの汚さに掃除をしたのですから。
しかし、どういうことでしょう。
ダダは、腐りかけのテーブルの上を指でなぞって首を傾げました。
「汚れてないわ…」
暖炉を塞いでいた蜘蛛の巣も、椅子に溜まったホコリも、もっというならダダが小屋の中で見つけて置いた瓶もあの日のままです。
ダダはごくりと唾を飲み込みました。まるで、この山小屋だけ時間が止まっているようでした。
「中身も同じなのかしら」
あのときは気にもかけなかった琥珀色に、なぜだかそわそわしました。灯りのない中でほとんど見えないはずなのに、どうしてこれほどまでに気になるのか。
ダダは、恐る恐る瓶を手に取りました。
ひんやりとして、けれども底に手を当てるとほわりと温かく、気がつけば蓋を開けてあまーい甘い匂いを嗅いでいました。
もう、たまりません!
ぐうっと鳴ったお腹に、カラカラの喉。今日は朝の一度きりしかパンも食べていないし、水も飲んでいません。そんなダダに耐えられるでしょうか。
一口飲む度とりこになっていく――
あっという間に飲み干して、大口を開けて底をもっともっとと叩いていました。
「残念」
やっと諦めたダダは、仕方なく空になった瓶を手放し、マントをギュッと体に巻き付けて小屋の隅で寝ることにしました。
あくる朝、ダダは何かの鳴き声で目を覚ましました。
でも、体がすごく重くて起き上がるのが億劫だったのでもう一度寝ようとしました。「きっと疲れているんだわ」と思い、目を閉じました。
しかし、何度も何度も繰り返される鳴き声に眠れません。あまりの煩さに「いい加減にして!」と声を上げましたが、出された言葉は「グルル」とまるで唸り声。
ダダは驚いてまだ夢を見ているのかと頬をつねようと触れました。
けれど、昨日まではなかったはずのひげが、毛が、大きくさけた口が伸びた鋭い爪を掠めただけでありました。
✣
遠い遠い国の山奥深くに小さな村がありました。
その村の近くの山には誰も近付かない山小屋がありました。一人ぼっちの魔物が住んでいました。
魔物は、寂しくて寂しくて、いつか同じような者が来るかもしれないと魔法薬を作り、影からずっとずっとずぅっと見つめていたのでした。
自分と同じ寂しがり屋の友達を。
※イラスト:長岡更紗さん主催の企画にて、[志茂塚ゆりさん]に描いていただきました。ありがとうございます!