こパンダくんはたべざかり
ある動物園に、パンダの親子がいました。
子供のパンダは食欲旺盛。いつももらえるご飯だけでは足りなくて、お母さんパンダから少し笹をわけてもらっています。
今日はいつもよりご飯の量が少なかった様子。お母さんパンダも自分の分を食べたら、子供の分がありませんでした。
「かーちゃん、オイラ腹減ったよー」
不満たっぷりに、母親の腕を両手でぽふぽふ叩きます。
「そう言われても、わたしの分だけしかなかったし。……あ、そうだわ。ぼうや、今ごろの時期、人間はそこら中に笹をぶらさげるのよ。お腹が空いてるなら、それを食べてしまえばいいじゃない」
名案だ、とお母さんパンダは嬉しそうに息子に聞かせます。
「おお、さっすがかーちゃん。よしっ、オイラそのぶらさがってる笹食べて来る」
弾んだ声そのままに、ぼうやは走って行きました。
今日は七月六日。明日が七夕と言う、人間にとっては特別な日。ですがパンダにとっては、今日も明日もいつもとかわらないいつもの一日です。
「お、あれだな」
自分たちのスペースの檻を隔てた少し先に、短冊のぶら下がった七夕飾りがありました。
「うぅん。ちょっと高くて、届かないなぁ」
するとぼうやは周りをキョロキョロ。どうにか笹を食べられないものかと、足がかりを探します。
周りでは、すぐ近くまで子供パンダが来たことで、お客さんたちがちょっとした騒ぎになっています。
「なんだこの人間たち、うるさいなぁ」
人間たちにぼうやの言葉はわかりません。ただキャイキャイと鳴いているだけに聞えています。
すると突然、お客さんの一人 女の子がぼうやの動きの意味がわかったように、七夕飾りに手を伸ばし始めました。が、彼女も小さく とても手が届きそうにありません。
期待の眼差しを向けたぼうやでしたが、その人間の状態をわかって、がっかりしてしまいました。
「だめよ、お願いが書きたかったらちゃんと書く場所があるからそっち行きましょう」
女の子のお母さんが、やんわりとその手を降ろさせながら、そう優しく言いました。でも、女の子は首を横に振ります。
「違うの、パンダさんが。パンダさんがそれ、ほしがってるから」
手振りで、ぼうやと七夕飾りを指差して訴える女の子ですが、お母さんは「まあこの子、感受性が豊かなのね。天才じゃないのかしら」などと見当違いのことを言って喜んでいます。
女の子がむくれていることにも気づかずに、そのまま女の子を引っ張って行ってしまいました。
「ごめんねパンダさん」
そんな声を残していなくなってしまった女の子。でも、ぼうやは女の子の言葉はわかりません。ただ、自分のためになにかをしようとしていたことはわかりました。
「あの人間。木みたいにでっかいのとは違ったな」
またがっかりして、クゥっと鳴ったお腹を押さえます。そして見えてるのに届かないご飯を見上げて、「腹減ったなぁ」と呟くのでした。
木みたいな人間とは、ようするに大人のことです。ぼうやにとって大人は動く木のように見えています。
「オイラがもっとでかかったら、あそこにぶらさがってるの とれたのかなぁ?」
じっと名残惜しく七夕飾りを見上げるぼうや。そんな様子に、お客さんたちが黄色い声を上げてぼうやになにかを一斉に向けます。でも、それにぼうやは気づきません。
次の瞬間、一斉にぼうやを光が襲いました。
「うわぁぁっっ?」
たった一瞬の無数の光。それはスマホのカメラのフラッシュでした。フラッシュをたかないように、と注意書きがあったのですが 急なことでお客さんの何人かがフラッシュ機能をオフにし忘れていたのです。
わけのわからない光にびっくりしたぼうやは、一目散にお母さんのところへ逃げ帰りました。
「かーちゃん!」
「どうしたのそんなに慌てて? 笹は食べられた?」
「駄目だった。それから人間がオイラになんか、わけわかんないのピカーってしてきた。怖いよ」
お母さんのおなかの上に飛び乗って、ギュウっと抱き着いてぼうやは震えています。
「そう。ぼうやが急に出てきて、人間たちもびっくりしちゃったのね」
気の毒に思いながら、ぼうやの背中にそっと左手を乗せて 優しく言うお母さんは、そのままぼうやがおちつくまでじっとしていました。
怖さと空腹に耐えられなくなって、いつのまにか寝てしまっていたぼうや。気が付いたら朝になっていて驚きました。
「かーちゃん。オイラ、寝ちゃってたのか?」
「ええ、そうよ。いきなりピカっとされてびっくりして、怖くて、疲れちゃったのね」
「そっか」
答えたところで、ぼうやのお腹の虫が大きな音を立てました。
「はぁ。腹減ったなぁ」
昨日とおんなじことをまた言うぼうやです。
「二人とも、ご飯だぞ。今日は七夕だから奮発して、多めに持ってきた」
いつもご飯をくれる人間が、なにやら言いながら笹を持って来ました。
「お? おお。昨日より多い、それもすんげーいっぱいだ!」
「これ、わたしたち両方でこれだけの量だからねぼうや。わたしの分まで食べちゃだめよ」
「わかってるって。いっただっきまーす!」
大量の笹の葉に埋もれて、それをバリバリ食べ始めるぼうやの姿に、お母さんも人間の方も嬉しくなりました。
「あんなぶっとくてでっかい字で『パンダさんにもっとごはんをあげてあげてください』なんて書かれちゃ、なぁ」
笑顔に少しだけ困った色を浮かべて、人間 ーー飼育員の男性は笑います。
「でも、今日だけだからな」
そう声をかけて飼育員さんは離れて行きます。
「徐々に減らしていけば、きっとストレスにはならないだろう。織姫と彦星に免じてくれるといいけどな、園長」
そんな言葉を残して歩いて行く飼育員さん。でも、彼の言葉はパンダ親子にはわかりません。
あのちっこい人間かな。そんなことをうっすら思うぼうやは、満足行くまでごはんを食べて、ゴロンと横になりました。
「ありがとな、ちっこい人間」
「なんかいった?」
優しく聞いたお母さんに、「なんでもない」と心なしか嬉しそうに答えるぼうやでした。
この日の天気は、いつもの七夕と違って、一日中、よく晴れたそうです。
おしまい。