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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

精霊世界シリーズ

だからあたしは全て燃やすことにした

作者: クスノキ

今日構想、作文、軽く校正して投稿。疲れました。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 王都を見下ろす丘で、あたしは高笑いをする。眼前に広がるのは赤赤と燃える王都。小奇麗に作られた建物は業火に焼かれ、耳をすませば住人達の逃げ惑う声が聞こえてくる。

 それと重なって見えるのは溢れかえりそうな赤の精霊。手の平大の赤の精霊が、狂ったように飛び交う光景は見ていて痛快だ。


「いいねぇいいねぇ素晴らしい!これだから炎は大好きだ!」

 高笑いは止まらない。恐怖し、熱さに怯える住人達の様子を見下ろし、見下してあたしは笑う。逃げられるわけないのだ。炎はどこまでも、あらゆるものを追い詰めて殺す。絶対不変の理不尽な存在。それが炎だ。そしてあたしはその炎を操る女。炎を愛し、炎に愛された女。


「ほっっっっんといい光景だよな!」

「…ええ、私もそう思います」

 あたしは脇に控える少女に声をかける。艶やかな黒髪に淡い紫の瞳。肌は絹みたいに滑らかで、触った時の肌触りの良さには嫉妬してしまうくらいだ。

 乾燥してガサガサの褐色肌にボサボサの赤髪のあたしとは正反対みたいな、人形みたいな少女だ。

 つっても、この少女も今日から晴れてあたしたちの仲間。薄汚れた裏社会の住人だ。そんでこの光景はあたしと少女で作り上げた、一つの作品。


「全くよぉ!小奇麗に着飾ることに何の意味があるってんだよなぁ!こうやってよぉ!全て燃やしちまえば簡単じゃぁねぇかぁなぁ!だよなぁっリリアーナァ!!」

「はい。こんなクソみたいな国…滅びてしまえばいいんです」

 少女、リリアーナは無機質な瞳であたしに答えた。



   ***   ***



   ***   ***



「あ~くそあっちい」

 あたしは王都の片隅にあるぼろ小屋で横になっていた。床はガチガチの土。壁はボンロボロの木板。多分強く叩けばぶっ壊れる。てか、一回力加減を間違えて壊したことがある。

 季節は梅雨。炎のような乾いた熱さなら大歓迎だが、ジメジメとした暑さは嫌いだ。大嫌いだ。梅雨なんて死んぢまえ。ついでに春と秋と冬も死ねばいい。季節なんてものは熱い夏だけで十分だ。

 あたしの目には赤の精霊しか映らないけれど、多分赤の精霊と同じくらい青の精霊も漂っているはず。いっそのこと精霊術を使って赤の精霊を増やそうかとも思ったが、さすがに騒ぎになりそうでためらわれる。

 これでも一応潜伏の身。金はあるのにこんな廃墟みたいな…廃墟に住んでるのも属している組織の方針。計画を遂行するために必要なこと。

 でも蒸し暑いものは暑い。


「暇~暑い~くそが~」

「フランさん。そんな風にしてるとみっともないですよ」

「あぁん…?」

 土の床をゴロゴロ転がりながら髪を掻きむしっていると、頭上から鈴が鳴ったような声が聞こえた。見上げればそこにいたのは最近知り合った貴族っぽい女の子。


「よっ!リリアーナじゃん」

「よっ!じゃありません。服が汚れますわよ?」

「いんだよ別に。どうせお前のと違って汚れても構わねぇ安モンだ」

 太ももの半分くらいまでしかない固い生地のズボンに、貧相な胸を適当に隠しているだけの腹丸出しの白いシャツ。売っても買ってもクソみたいな金にしかならないだろう服だ。

 リリアーナみたいにいい生地使ったオーダーメイドな服なわけじゃない。

 なのにリリアーナはかいがいしくカバンからハンカチを取り出して、あたしの体を拭いてきた。やめろよばっちぃ。お前の真っ白なハンカチが黒くなっちまうだろうが。


「それより…ん~」

「何ですの?」

「いやさ。今日も白か~と思ってな」

「は?え…ま、まさか」

「もちろん。上の服のことじゃねぇぞ?」

 あたしはリリアーナの真下でニヤニヤ笑う。リリアーナが着ているのは白のワンピース。そしてあたしはリリアーナの足が舐められるくらいのところにいる。

 そう、あたしはリリアーナのパンツを覗ける位置にいる!


「ほんとさぁ。リリアーナ。お前白好きだよ…なぁ!?ちょ…おま…」

「み、見ないでくださいまし!!」

 リリアーナが足を振り上げる。それでパンツがもっと丸見えになるが、それ以上にリリアーナの周りに赤の精霊が集まっているのが見える。

 多分赤だけじゃない。あたしに見えないだけで、六色全部の精霊が集まってる。


「や、やめ…おわぁぁぁぁぁぁ!!」

「イウ!エザク!ウジム!イウ!イス!アウィ!イトニ!イス!!」

 足が踏み下ろされるのと、雑多な精霊術が行使されるのはほとんど同時だった。


   *


「いやぁ~めんごめんご。にしても死ぬかと思ったわ」

「す、すみません…でも!フランさんが私のパンツを見るからいけないんですわ!」

 その後、どうにかしてリリアーナの攻撃を避け切ったあたしは胡坐を掻いてリリアーナに謝る。リリアーナは顔を真っ赤にしながら、服が汚れるのもお構いなしに正座して文句を言っている。

「ほんとごめ~ん。んま、済んだ話はもういいじゃん。で、今日は何の用?」

「よ、用というほどのものはないんですけど…その」

「何?もしかしてあたしが恋しくなっちゃった?」

「んみゃ!?」


 リリアーナの反応は一々可愛い。下半身がムズムズしてくる。これで13歳というのだから恐ろしい。きっと後3年もしたら傾城の美女と呼ばれるに違いない。

「くくく。まーいいよ。今日は何して遊ぶ?」

「そ、そうですわね。なら…」


 リリアーナはいじりすぎると精霊術が飛んでくるから注意だ。でもリリアーナをいじることは楽しいからやめられない。とまらない。

 あたしがここ、オウルファクト王国の王都に来てから三か月くらい。リリアーナと出会ってから一月くらいだ。あたしとリリアーナとの出会いは王都での大通り。見るからに貴族なのに護衛もつけずにいて、しかも屋台のおっさんにぼられそうになっていたところに口出ししたのだ。それ以降妙に懐かれて、こうしてしょっちゅうあたしのいるボロ小屋に来るようになった。


「『精霊引き』をしましょう!」

 目を輝かせてリリアーナが言う。

「え~やだよ。リリアーナ強すぎんだもんよ」

「赤!赤だけですから!」

 『精霊引き』とは精霊術士だけができる遊びだ。精霊を操作してどちらかより多くの精霊を集められるかを競う。

 簡単だけど奥が深い遊びで、しかもこの遊びに強い奴は精霊術士としても優秀だ。そしてリリアーナは『精霊引き』がべらぼうに上手い。多分貴族として精霊術の指導を受けているんだろう。

 独学で身につけたあたしとは大違いだ。


「赤な。よっしゃ乗ったぁ!」

「今日は負けませんから!」

 あたしとリリアーナは赤の精霊を操作する。本当はこの遊び、集まった精霊の量を測る精霊器が必要になるんだけど、あたしもリリアーナも赤の精霊を見る魔眼持ちだ。というか、あたしは赤だけだけど、リリアーナは全色見える。ぶっちゃけ異常。天才かこいつ。



「くくく…おいどうしたよぉ。今日こそは勝つんじゃなかったのかぁ?」

「ぬぬ…」

 にやにやと笑ってリリアーナを挑発する。リリアーナは集中しているから答えられない。戦況はあたしの圧勝だった。あたしの周りには周囲の赤の精霊が皆集まり、リリアーナの周りにあるのはほんのちょっと。

「そらっ!」

「あぁん!また負けましたわ!」

 ちょっと本気を出して赤の精霊を集める。結果、全ての赤の精霊があたしの近くに集まった。惨敗したリリアーナはばたりと地面に倒れ伏した。


「赤じゃなければ…赤じゃなければ勝てますのに。どうして赤だけは」

「はっはー!練習してから出直して来い!」

 などと偉そうに言ってみるけど、リリアーナの言う通り、赤以外ならあたしはいつも負けてる。今のリリアーナみたいに精霊を全部持っていかれて負けてる。

 あたしは赤以外の精霊は苦手なんだ。


「なんでそんなに『精霊引き』が上手いんですの?赤だけですけど…」

「一言余計だな。おめぇ…」

 苦笑まじりに答える。

「んでもそりゃぁあたしが赤を愛してるからさ」

「愛してる?」

「おうよ」

 なぜ赤だけ『精霊引き』が上手いか。そんなの決まってる。あたしが赤の精霊を愛してるから。あたしの愛に答えて赤の精霊はあたしのところに集まってくれるんだ。


「いや、精霊に意識なんてありませんし。大体精霊は世界の要素を示しているだけの存在ですよ?」

「こまけぇことも、シチめんどくせぇこともどうでもいいんだよ!あたしは赤が好き!赤もあたしが好き!だから赤の『精霊引き』は得意だし、赤の精霊術も得意!それでいいじゃんかよ!」

「そんな滅茶苦茶な…。でも、なんだかその考え、いいですわね」

「だろ?」


 あたしとリリアーナは二人して笑う。あたしだってほんとは精霊術が細かいリクツがあることは知ってる。でも愛があればリクツもリロンもない。あたしはそう信じてる。


   *


 そもそもあたしが初めて精霊術を使ったのは5歳くらいかそんくらい。まだションベンくせぇガキの頃。クソみたいに平和で、つまんねぇ村でのことだ。

 あたしには生まれつき赤の精霊が見えていた。そんで他の奴らには見えてなかった。ちいせぇ村で精霊術士なんていなかったし、魔眼持ちも珍しいから、おかしなものが見える気色わりぃガキだって周りから避けられてた。

 閉鎖的な村だったせいか両親もあたしを避けて、他の兄弟のことばっか見てた。つっても一応飯は食わせてもらってたから生きることはできた。


 んでそんな孤独なあたしの友達に人間はいない。いたのはあたしを孤独にさせた赤の精霊たちだ。

「こいよ」

 その一言で精霊はあたしに寄ってくる。その精霊に包まれて踊るのが好きだった。でも精霊はあたしにしか見えない。随分気味の悪い光景だったと思う。


 かといって殺すことはないと思うんだわ。いくら貧しい村で食い扶持が減れば助かるっつても、実の娘を殺そうとするか?ふつー。肉を切る包丁をあたしに向けたクソ親父の顔見た時はビビったね。何せまだ5歳だ。ビビるよふつー。

 でもあたしは死ななかった。あたしが初めて精霊術を使ったのもこん時。包丁で腹掻っ捌かれそうになった時、頭の中で声がしたんだよな。


 『あたしたちを使え』ってな。そんで一緒に浮かびあがったヘンテコな言葉。夢中で唱えたよ。あたしは。死にたくなかったし。

 あたしはただ一言「イウ」って唱えただけだった。でも効果はすごかったね。包丁持ったでけぇ男が燃えたんだもん。そんときの炎は綺麗だったなぁ。赤たちが集まって真赤な炎になって、そんで赤がもっと増えた。


 それからはお楽しみの時間だ。親父を殺してタガが外れちまっただけかも知んねぇけど。腰抜かしたババァ殺して、泣きわめく兄弟殺して、騒ぎで集まってきた村の連中を殺した。みぃーんな燃やして殺した。

 ほんと、5歳じゃなけりゃぁ何度も絶頂してイってたね。そんぐらいの興奮だった。それからあたしは色んな村を回って火をつけて回って、噂を聞いた組織の連中に拾われた。さすがにちいせぇガキが略奪だけで生きるのは無理があったね。

それからも組織に言われるがままに火をつけて火をつけて。


 今度はちいせぇ村の代わりに、ちいせぇ国の王都を燃やせって話だよ。


   *


(ただなぁ。んでもどうすっかね)

 あたしの目の前には超絶可愛い美少女リリアーナがいる。ぶっちゃけた話、あたしはこのムスメが結構気に入ってる。素直だし、可愛いし、精霊術教えてくれるし、何より可愛い。赤たちもリリアーナのことは好きみたいだ。

 でもそんなリリアーナは多分貴族。計画がばれたら止められる。それに王都を焼いたらリリアーナは死ぬか、路頭に迷ってしまう。そうなったらそうなったらであたしが助けてやってもいいけど、犯人のあたしについてきてくれるとは思えない。


(ただ組織の奴らは、あたしが仕事サボんの許してくれねぇだろうからなぁ)

 あたしの属する組織は、目的なんてない。人を殺して悦に浸るクソみたいな愉快犯どもの集まりだ。クソって言ったけど、あたしも火をつけて喜ぶクソだし、大して変わらん。

 ただどいつもこいつもクソつえぇ。シャカイフテキゴウシャなりにというか、だからこそなのかあいつらは強い。あたしも強い。社会に属さず愉快に生きていけるくらいには強い。


「ま、いいか。まだゴーサインは出てねぇし」

「何か言いまして?」

「んにゃ一人ごと」

 可愛らしく首を傾げるリリアーナの頭を、あたしは優しく撫でた。



   ***   ***



 この国に果たして価値はあるのか。リリアーナは最近よくそんなことを考える。

 フランと別れてから、リリアーナは誰にも気づかれないように夜の帰り道を歩いていた。リリアーナが歩くのは道の中央。兎角目立つ外見をしているリリアーナだから、よからぬ考えを持つ者に声をかけられそうなものだが、リリアーナに声をかけるものはいない。

 それどころか、道行く者は皆、リリアーナの存在に気がついていなかった。誰もがリリアーナを認識せずに道を歩く。リリアーナの精霊術の効果だ。


 白と黒の複合術式により、周囲の人間の意識に干渉してリリアーナに意識が行かないようにする。超一流の精霊術士でも行使が難しいその上級精霊術を、リリアーナはまるで息でもするように使ってみせる。

 13歳の少女にできることではない。まぎれもなく、リリアーナは天才だ。それもオウルファクト王国開闢以来の。


 けれど道を歩くリリアーナの顔は、フランとあっていた時と打って変わってつまらなそうで、退屈そうだ。貧民街を抜けて貴族街にある自分の邸宅に近づくとリリアーナは精霊術を解除し、深々とため息をついた。

「はぁ…つまらない。くだらない」

 鉄柵の扉を開けて敷地に入ると、屋敷の扉から両親と二人に仕える騎士が飛び出してきた。彼らはリリアーナの姿を見つけると、血相を変えて走り寄り、顔面を殴りつけた。


「今までどこに行っていた!このドラ娘が!!」

「…申し訳ありません」

 顔を真っ赤にしていきり立つ父に、リリアーナはぼそぼそと答える。その態度が気にくわなかったのか、これ以上ないほど顔を赤くした父がさらに拳を振るおうとしたが、それより先に母が父の手を押さえた。


「まぁまぁいいじゃありませんの。こうしてちゃんとリリアーナも帰ってきたことですし」

「だがしかし!」

「それにリリアーナくらい精霊術が使えるなら、心配いりませんもの」

「…」

 父をなだめる母の言葉には棘があった。宮廷精霊術士を目指し、才能がなかったせいでその夢を諦めざるを得なかった母の言葉だ。彼女は愚かにも並々ならぬ才を持つ実の娘に嫉妬している。


 どうせ部屋に戻ったら、母からも苛烈な罰を受けるのだ。


「先に戻ります」

「待ちなさい!」

 父と母の茶番に付き合ってられない。リリアーナは一人屋敷へ向かう。その途中で殴られた部分に治癒の精霊術を使う。後ろから母が息を飲むのが分かった。


「そんな…」

 なにが「そんな…」なのだろうか。リリアーナからしてみれば、この程度何と言うこともない。たかが中級の精霊術。精霊を集めて陣を作り、詠唱するだけ。あくびが出るくらいに簡単だ。


「明日は王子との席だ!屋敷から抜け出すなよ!」

 父の言葉に小さく頷く。リリアーナの生まれたウィンフィール家は王国では中級の貴族だ。そんな貴族が王子との会食を設けられたのは、一重にリリアーナの才能ゆえだ。

 精霊術士の才能は必ずではないにしろ遺伝する。王家はリリアーナの才能が欲しいのだろう。

(本当につまらない毎日)


 そんな貴族同士のいざこざなんて毛ほどにも興味がない。しかも一人しかいない王子は阿呆のうつけだともっぱらの噂だ。阿呆と話す時間があればフランと『精霊引き』をしていた方がずっと有意義。

 だが明日の会食をしなければ、ウィンフィール家の王族からの覚えが悪くなる。同時に両親からきつめの折檻を受けることになるだろう。それはさすがに面倒だ。


「こんな国。壊れちゃえばいいんだ」

 誰にも聞こえぬよう、呟く。貴族としての毎日にも興味がない。得意の精霊術とて、リリアーナに追随できる者はいない。宮廷精霊術士長ですら、精霊術の腕ではリリアーナの足元にも及ばない。

 今のリリアーナの救いとなっているのは一月前であったおかしな女、フランだ。素性が不明で赤の精霊を愛していると平然と宣う女。

「フランさんみたいに奔放に、自由に生きたい」


 根無し草のような生活をしているフラン。けれどリリアーナはそんな彼女の生き方に憧れた。しがらみの一切ない生活。自由に過ごせる毎日。それを過ごせたらそれほど幸せなことだろうか。


「はぁ」

 もう一度深いため息をついて、リリアーナは遅い食事をとるために屋敷の中へと入って行った。



   ***   ***



「さて、と。これからどうすっかねぇ」

 夜になったから帰ると言ってボロ小屋から出ていった愛しのリリアーナを見送った後、あたしは床に大の字になって転がった。

「夜かぁ。飯食って、男とヤッて焼くのもいいなぁ…。あ、いやヤるのはいいけど、焼くのは駄目なんだっけ。かぁ~めんど」


 組織はあたしに極力目立つなとのお察しだ。計画がある程度進むまで大人しくしていろと。おかげで派手に燃やせず欲求不満。ヤるだけじゃこの想いは満たされない。

「イウ イウ イウ~♪」

「何をやっておられるのですか?」

「ちっ!…セラか。音もなく入ってくんなよ」


 暇つぶしに赤の精霊を増やしていると、突然声をかけられた。盛り上がった気分がダダ下がりだ。寝転がるあたしを見下ろす美人。でもリリアーナじゃない。組織の人間だ。

「あなたが隙だらけなのではなくて?」

「やかましい。ってかその口調ヤメロ。きしょい」

「あらひどい。この人格結構気に入ってますのに」

 セラはおっとりと頬を手で押さえる。その姿がまた見とれるほど綺麗で、その分だけ不愉快だ。

 …それに今のこいつの話し方はリリアーナと似てて背筋がゾッとする。


「それにあなたもこの口調がお好きなんじゃないかと思ってたのに。ほらあの少女と似てるでしょう?」

「…見てたのか」

「もちろん」

 どうやらセラはあたしとリリアーナの関係を知っているらしい。すっと目を細めてセラは続ける。


「あなたが情にほだされることがなければ構わないと思いますわ。それに彼女は中々才能がおありのようで。どうせ王都を焼くのです。組織に引きこんでくださっても構いませんのよ?」

「あっそ」

 とにかくこの女は忌々しい。チッと舌打ちするとまたゴロンと床に転がった。それをセラは呆れた顔で見てる。


「んもぅ。これではらちがあきませんわ…しょうがない。よっと」

 話を聞く気がないあたしに肩をすくめて、セラは虚空から一対の刀を出した。無駄な装飾のない。細身の双刀。出した刀を抜いてセラは自分の腹に刀を突き刺した。


「…これでいいだろう?人格を変えたよ」

「相変わらずキモイ能力だな。それ」

「ははっ。君が言ったから人格を作り直したのに。ひどいや」

 刀を抜いた後から血は出ていない。だが目の前にいるのは確かにセラ。しかし雰囲気からしゃべりかたまで全く違う。


 こいつの持つ『嫉妬』と『忍耐』、その原典の能力だ。人格の再形成。こいつに刺された相手は人生レベルで人格が作り直されちまう。

 世界に1414本ある魔剣の中の、さらに14本しかない原典の二振りをこいつは持っている。しかも魔剣の中でもこいつの能力は特に趣味が悪い。セラ自身、ファッション感覚で人格を作っては壊し、作っては壊ししているからなおのことだ。


 表情やふるまいまで少年みたいになったセラは、あたしの気持ちなんてまるでお構いなしに話し出した。

「計画の遂行が決まったよ。7日後の夜に決行だ」

「ふぅん。都市一つ焼くにしては意外と早いじゃん」

「まぁね。組織の連中も楽しみにしてるみたいだよ?何せ一国が傾くかもしれない計画だ。皆楽しみにしてるのさ。それになんでかは知らないけど、全部が計画通りに行ったみたい。ついてるね。ともあれ、君に組織の虎の子が渡されたんだ。君は計画の中枢にあるからね。期待されてるんだ」

「かっ!他に使える奴がいなかっただけだろ」

「かもね。ともかく僕は君と仲良くしたいなぁ」

 セラは扉の向こうを眺めてからにっこりと笑う。こいつだって今まで何人も殺して、壊してきたくせに、その笑みには邪悪なものは一切ない。

 本当に、胸糞悪い女だ。


「僕は君の味方だからね。困ったことがあったら言ってよ」

「ちっ!んなことないと思うがな」

「そう?」

 試すような目でセラはあたしを見つめてくる。あたしはもう一度舌打ちをして、しっしっとセラを追い払った。


「ふふふ。なら僕はもう行くよ」

「とっとと消えろ。んでもう出てくんな」

「はいはいまたね~」

 ご機嫌なセラは最後に扉を見てから、開いた窓から出ていった。そしてすぐその姿は見えなくなる。


 セラがいなくなったのを見て、あたしは扉に向こうに声をかける。

「…で?どうしてそこにいんだよ…リリアーナ」

 ガタン、扉が音を立てた。気づかれていないとでも思っていたのだろうか。リリアーナはセラがここに来てからほどなくして扉の近くにいた。リリアーナが近くに来ると赤たちの動きがおかしくなる。それに気配がだだもれだ。もちろんセラも気づいていた。気づいていた上で無視したのだ。


「あ…その、忘れ物が」

「忘れ物?」

 リリアーナは素直に扉を開けて中に入ってきた。眉をひそめてあたしは小屋の中を見渡す。そんで小屋の隅に黒く汚れたハンカチが落ちてるのに気づいた。


「あーあ。あんときのハンカチか」

 今日始め来た時にリリアーナが出したハンカチだ。まさかリリアーナが忘れて帰っているとは、タイミングの悪い時に来てしまったものだ。


「はぁ…んで、話聞いてたか?」

 頭をガリガリ掻きながらあたしはリリアーナに聞く。っつても質問するまでもない。リリアーナの顔を見れば分かる。こいつは絶対に聞いていた。

「…はい」

 案の定リリアーナはあたしの質問にしょぼくれたように頷いた。それであたしは髪をもっと掻き回す。


「あーあーあー!どうっすかなぁ!」

 いつもなら殺す。絶対に殺す。それが組織の掟だし、あたしを守るための手段でもある。

 だけど相手はリリアーナだ。出会ってまだ一月くらいの貴族っぽい女の子。日は浅いけどあたしはリリアーナのことを気に入ってるし、赤たちも気に入ってる。正直殺したくない。


「…」

 それに。リリアーナの目。こいつの目にあんのは国を守らないとっていう使命感やあたしに対する恐怖心じゃない。

「おめぇ。迷ってんのか」

 リリアーナの目にあるのは迷いだ。こいつの中にある色んな迷いが今、表に出てる。


「ふぅん。相当リリアーナも面倒な生き方してるみてぇだな。貴族ってのはそんなにメンドウかね」

「面倒です。面倒に決まってますわ」

 キッと気の強い顔をあたしに見せる。でもまたすぐに目尻を下げてしょんぼりしてしまった。

 そんなリリアーナも可愛い。あ、いやいやそれも大事だけど今一番大事なのはそれじゃない。


「もし…お前がこのことを誰かに言うんだったら、あたしはお前を殺さないといけない」

 リリアーナの肩がビクリと震える。ぎゅっと目を瞑って肩を竦ませた。

「でももしリリアーナがあたしたちの仲間になるってんなら、手伝ってくれ」

「手伝う?」

 おそるおそるといった様子でリリアーナが顔を上げた。

「そ。手伝い。あー、そのなんだ。あたしもぶっちゃけよく知らないんだけどさ。今回の計画は精霊術が上手い…ってか赤の精霊術が得意な奴が肝になるんだ。元々あたし一人でその肝になるつもりだったんだけどさ。リリアーナが手伝ってくれれば安心かなって。ほら、お前精霊術得意だろ?」

「それは…はい」

「すぐに決めろなんて言わねぇよ。ただ今は誰にも言わないって約束してくれ。いいな」


 馬鹿なことを言ってる自覚はあった。あたしは一度リリアーナを街に帰すつもりだ。リリアーナが家に帰ってあれこれ報告されるリスクはもちろん分かってる。でもあたしはそれ以上にリリアーナの意志を尊重したいと思った。

 そしてリリアーナならあたしとの約束を守ってくれるだろうとも。


「…分かりましたわ。明日…いえ、明後日までには決めます」

「おう」

 固い表情のまま、リリアーナはあたしの小屋から出て行った。



   ***   ***



 大変なことになった。リリアーナは屋敷にこっそりと帰り、自室で頭を抱えていた。

 フランの小屋に行ったのは本当に偶然だ。ハンカチを落としたのに気づいて、無くしたことがばれるとまた折檻されるから急いで取りに行った。

 もっともその折檻にしても、母に精霊術で幻覚を見せたから受けていない。母の記憶では折檻したことになっているし、リリアーナの傷は本人がすぐに精霊術で治してしまうから跡が残らないこともおかしくはない。

 何度も使えば見破られてしまうから、いつもは使えないのが玉に瑕だ。


「一体私はどうすれば…」

 王国なんて壊れてしまえばいいと思うことは何度もあった。貴族としての生活にも未練はない。けれど本当に壊せてしまうかもしれないチャンスに巡り合うとは思っていなかった。

 どうしても逡巡してしまう。


 すぐに答えを出さなくてもいいと言ってくれたフランに感謝だ。約束通りリリアーナはそのことを誰にも言っていない。言っても信じてもらえないかもしれないが、言っていない。でも沈黙することは国家反逆罪だ。ばれれば死ぬ。でも話せばリリアーナはフランに殺される。

「選択肢なんて、あってないものではありませんこと?」

 悶々とした思いを抱えたまま、リリアーナは眠りについた。そして翌日、はっきりとした結論を出せないまま、ぼんくらと有名な王子との会食の時間になった。



 昼のまだ高い時間に王城に呼ばれ、着付けやら言いつけ、小言をたっぷりと聞かされた後、夕方から食事となった。

(この人が次期国王…)

 豪華で広い部屋の中、上っ面だけの愛想笑いをしつつ、リリアーナは王子を観察する。


「初めまして!俺は次期国王のグランヘルム・ウァンティア・オウルファクトだ!」

 口から唾を飛ばしながらの挨拶だった。大柄で体を鍛えているのはわかるが、それだけだ。服のセンスが悪い。立ち振る舞いがなってない。何よりまだ王子のくせに次期国王と名乗る辺り、いかにも馬鹿そうで、阿呆だ。

(噂にたがわぬ阿呆か)

「初めまして。私はウィンフィール家が娘、リリアーナ・ラン・ウィン…」

「そうか!よろしくな!リリー!」

「は、はぁ」


 思わず頬が引きつった。周囲の家臣の頭を抱えている。いくら相手が中級貴族だと言っても言葉を遮るなんて論外だ。グランヘルムの態度に顏色を変えていないのは、背後に控える老齢の騎士団長くらいだ。

(この会食は大丈夫かしら)

 案の定、リリアーナは会食の間の数時間、グランヘルムのマナーの悪さや教養のなさに辟易することとなり、それは会食後に私室に招かれたことでピークに達した。



(こんな男が国王になって民が苦しむくらいなら、フランさんたちに滅ぼしてもらった方がいいんじゃないかしら)

 グランヘルムに案内されるまま、リリアーナは彼の私室に入った。てっきり部屋の中は乱れに乱れているものだと思ったが、存外すっきりとしている。広々とした部屋には大きなベッドと机椅子。本棚に本が一冊もないのが彼の愚かさを証明しているようであるが。


「それで、二人きりのお話とはなんでしょうか?」

 どうせ伽だろう。リリアーナは自身の容姿が男の目を引くことを自覚していた。今リリアーナは13で、グランヘルムは16だ。やや早いがそういうこともあるだろう。ここに来るまでに不本意ではあるが覚悟はしてきた。

「あぁ!そのことなんだが…」

 グランヘルムは手をさっと振った。すると部屋の四隅に設置されていた防音の精霊器が稼働した。その様子にリリアーナは目を見張る。


(い、今のは…)

 精霊器の遠隔操作。設置されていた精霊器は直接手で触れて起動させるタイプだった。なのにグランヘルムはそれを肌感覚だけでやってのけた。

(どういうこと?この男は…)


「では改めて自己紹介と行こうか?」

 リリアーナが困惑していると、グランヘルムが16歳とは思えないほど落ち着いた言葉を発した。リリアーナは驚愕をにじませてグランヘルムを見る。


 先ほどまでうつけっぷりはなりをひそめ、見る者を圧倒する覇気を放つ男がそこにいた。彼は口元にニッと笑みを作る。

「俺はオウルファクト王国王子グランヘルム・ウァンティア・オウルファクトだ。ウィンフィール家の息女リリアーナ・ラン・ウィンフィールよ。先ほどまでの無礼を許してもらいたい」

 グランヘルムは謝罪を示すように軽く頭を下げながら言う。その動きは指の先から発声の一つに至るまで洗練されていて、リリアーナは息を飲んだ。そして続けざまに放たれた言葉にリリアーナは驚愕させられることとなる。


「王都を燃やしつくそうとしている組織が存在する」

 俺は王国をぶち壊してやりたいのだと、彼は言った。



   ***   ***



「フランさんに協力します」

「そっか」

 約束の明後日。リリアーナはあたしに協力すると言ってくれた。ついつい頬が緩んでしまう。


「良かった。良かった。リリアーナを殺さずにすんでホントに良かったよ」

 ルンルン気分であたしはリリアーナの頭を撫でくりまわす。でもリリアーナの表情は固い。いくらリリアーナが天才美少女だったとしても、さすがに国を売るみたいな話は荷が重いみたいだ。

 それもしょうがないか。リリアーナはあたしと違って力はあっても修羅場は潜り抜けてはいないはずだし。


「その…だから計画について教えてほしいんですけど」

「あいあい。計画ね。あたしが知ってる範囲でよければ」

 あたしは自分の知る計画の全てをリリアーナに伝えた。


「…分かりました。これからよろしくお願いします」

「うんよろよろ~」

 そしてリリアーナが差し出してきた手を、あたしは力強く握りしめた。


   *


 組織が立てた計画。それは王都を盤にして、巨大な精霊術の陣を作ってしまおうというものだった。精霊術の行使に必要なのは精霊と詠唱と陣。その中でも陣は細かいコントロールを補助する役割を持っていて、難しい術を使うためには絶対に必要だ。

 普通術を使う時、陣は精霊を操って描く。でも精霊器なんかだと金属板に陣を刻むことがある。


 あたしたち組織の計画も同じだ。王都全体に陣を張り巡らせて全面を一気に焼き尽くしてしまおうという計画。その肝になるのが、起動の鍵になる赤の精霊を動かす存在。つまりあたしだ。

 だけどさすがにでっかい都市一つの精霊全部を操作するのは並のことじゃない。でもリリアーナが手伝ってくれたおかげで、スムーズに進めることができた。


 あたしとリリアーナは小高い丘の上に立って、起動まであと1手のところまで来ていた。

「ほんとにいいんだな?」

「…はい。フランさんに協力するって言ったじゃないですか」

 とはいうもののリリアーナの顔色は良くない。あえて感情を押し殺してる感じだ。そのことは痛ましいと思うけど、やめることはできない。

 それ以上に、都市一つが一気に燃える様を見たいって欲求があたしの中に渦巻いてる。


「じゃあ、いくぜ。リリアーナ。あたしに続けてくれ」

「はい」

 あたしとリリアーナは手元の装置に精霊を複雑な陣を描きながら封じ込めつつ、詠唱を続けていく。赤の精霊があたしたちの周りに集まって、気温がぐんぐん上がっていく。

「ひゃひゃ…いい熱だ。これだから」

 炎を燃やすのは止められない。…準備は終わった。全身汗だくのリリアーナがはぁはぁと息を荒げてる。

「そんじゃぁ…いっっっっっっっっくぜぇ!!!!オーノウ!」

 あたしは装置に最後の詠唱を紡いだ。そして。


「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!」

 王都は火の海に包まれた。


 そして場面は冒頭に戻る。


   *


「はい。こんなクソみたいな国…滅びてしまえばいいんです」

 あたしの言葉にリリアーナが頷いてくれる。生まれ育った町が燃えていく光景はどんな風に見えるのだろうか。

 あたしは自分が生まれた村が燃えるのは、ただただ楽しいものだったけど、リリアーナは炎に魅せられてるわけじゃない。案外辛いのかも。


 あたしは隣にいるリリアーナの表情を見るために、顔を見下ろした。そして感じる違和感。

(あれ?)


 リリアーナの表情には苦悩が浮かんでいた。町を燃やしたからか?いや違う。リリアーナは町を燃やしたことに苦悩してるんじゃない。


 もしそうなら、なんでリリアーナはあたしを見て辛そうな顔してんだよ。


 チリリとした殺気があたしの頬を撫でる。殺気の出先は…リリアーナだ。あたしはとっさにリリアーナから距離を取る。


「アビアイ オン イウスウウ」


 それが良かったんだろう。リリアーナの手に水と風が混ざった刃が生み出される。その矛先は紛れもなくあたし。


「ごめんなさい」


 あたしが飛び退くよりもリリアーナの方が速い。でも致命傷にはならない。


「なんで…」


 リリアーナの声はちょっとだけ湿っていたけど、あたしの声も濡れていた。伸びるリリアーナの刃があたしの腹を抉り。


 燃え盛る世界は崩壊した。


   *


「失敗しました!援護を!!イウ!」

 いつも通りの王都を見下ろす丘の上で、リリアーナは上空に向かって火球を放った。リリアーナがフランに仕掛けた幻が解けたのだろう。フランは燃えていない王都を見て唖然としている。


「なんで…なんで裏切ったリリアーナ。あたしを…だましたのか」

 フランの声は傷ついていて、リリアーナの胸も張り裂けそうになる。目ににじむ涙を振り払って、リリアーナは叫んだ。


「私は!この国が大嫌いです!でも!」

 リリアーナは精霊を手繰りよせ、術を編む。生み出すのは六色の剣。色ごとに異なった破滅をもたらすリリアーナのオリジナルにして、致死の一撃を生む剣だ。


「リリアーナ…」

「壊すだけじゃダメなんです!壊して!作り直さないとダメだったんです!!だから!ネク オン イキスコル アウ ウアキボト イシト アウ イカス アテラタナウ オウィボロウ イン イケト アガレラウ イラ イン オコク アウ ウコイクウイス!!」

 リリアーナの周りに幽玄の剣が展開される。数は六本。透き通った刀身は赤、青、黄、緑、白、黒の六色にそれぞれ彩られていて、見る者を魅了する。見る者を魅了する致死の剣だ。


 剣が放たれる。向けられた剣にフランは泣きそうな顔をした後。

「くそったれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!イーウラ!!!」

 丘を埋め尽くすほどの炎を作りだして六色の剣を破壊した。



   ***   ***



 この国を壊したい。その真意をリリアーナは掴みかねていた。それは王都を燃やそうとしている組織に利するつもりということだろうか。だがその思考を先読みしたかのように、グランヘルムは首を振った。

「言っとくが、俺は別に王都を焼きたいってわけじゃねぇぞ。そっちはばっちし止めるつもりだ」

 先ほどまでの王族にふさわしい態度は消えて、今度は随分と砕けた態度になった。


 二転三転する王子の雰囲気に、リリアーナは困惑する。どれが本当のグランヘルムなのか分からなくなる。

 ただ分かることは一つ。グランヘルムがうつけものであるはずがない。彼は王族史上類を見ないほどの俊才だ。


「あぁ、ちなみにさっきまでのクソみたいな態度は他の連中を欺くためだ。俺の目指す国に無能はいらない。主の態度がいくら変でも顔色一つ変えない奴がいいね。そう言う意味じゃ騎士団長のサギタとか、その弟子のエクスってやつなんか中々いい感じだな」

「あ、あの…」

「ん?」

 グランヘルムの勢いに呑まれてばかりだったリリアーナはようやくのこと口を開くことができた。グランヘルムは話すのを止め、じっとリリアーナを見ている。


「な、なら王国を壊したいというのは…」

「このクソみたいな国を根っこから作り直してやりたいってことさ。オウルファクト王国は精霊術研究で他国より一歩勝ってるくらいで、他は劣ってるとこばっかの小国だよ。そのくせ慣習やら、貴族の選民意識やらが邪魔臭くてうざったい。もし仮に強~いお隣さんの帝国が攻めて来たらどうなると思う?あっという間に滅亡だよ。…そんなこと、認めてたまるか」

 グランヘルムの鮮烈な自我のこもった視線がリリアーナを射貫く。


「もちろん、わけのわからん組織に王都を燃やさせてなるものか。王都は俺の野望の拠点になる場所だ。潰させはさせん。そこで、だ。その組織の計画をぶっ潰すための力を貸してほしい」

「わ、私が…ですか?」

「そうだ。リリアーナ。お前が現状に不満を持っていることは知っている。調べたからな。そんで屋敷を精霊術使って抜け出して、偶然組織とやらの女とよろしくやってることも知ってる。お前さんがその女のことを慕ってんのも察しがついてる」

「そ、そこまで分かってるなら」

 自分にフランを裏切れというのか。グランヘルムはその問いに迷わず頷いた。


「そうだ。フランを裏切って俺につけ。そうすりゃこのくそったれな王国をぶち壊して、俺たちみたいな奴が住みやすい国にしてやるよ」

 そこでグランヘルムはふっとその表情を和らげた。


「この国は特出した才能の芽を潰しちまうクソ以下の国だ。だから俺は変えたい。リリアーナ。お前だって本気で王都を火の海にしたいわけじゃないだろ?だからさ、頼むよ」

 グランヘルムの頼みに、リリアーナは戸惑い、迷い、苦悩した。グランヘルムの言葉とフランの顔、そしてこれまでの人生がリリアーナの頭の中でグルグル回る。


「私は…」

 そうしてリリアーナはフランを裏切ることに決めた



 それからはフランから計画の詳細の情報を伝えたり、巨大な陣が発動しないように巧妙な罠を仕掛けることに尽力した。

 またフランと握手した際に幻覚を見る精霊術を仕込み、当日フランが王都が火の海に包まれる幻を見るように仕向けた。

 全てはグランヘルムの作戦通りに。けれどリリアーナは一つだけ我儘を言った。


 それがフラン殺害を自分の手でやられてほしいということだった。グランヘルムは長考の後、その願いに許可を出した。


   *


 空に火の玉が上がった。すなわち計画は妨害できたがフラン殺害は失敗したという合図。グランヘルムは数少ない仲間たちに素早く指示を出していく。

「エクス隊とカーディア隊は町の警備に当たれ!シイムリたち影衆は王城に報告だ!」

「王子。某はいかがいたしましょうか」

「そんなの決まっている」

 老齢の騎士団長は愚直に命令を待つ。グランヘルムは獰猛に歯を剥いて答えた。

「俺と一緒にリリアーナの手伝いだ。化け物退治としゃれこもうぜ」

「はっ!」

 語るグランヘルムの背後には、リリアーナとフランがいるはずの丘。そこが激しく燃え上がる。


   *


「うくっ!」

「どうしたどうしたぁ!!あたしを殺すんじゃなかったのかぁ!?精霊術には自信があるんじゃないのかよ!」

 フランの蹴りがリリアーナの腹部に刺さる。とっさに精霊術の鎧で防御したが、勢いまでは殺せず蹴り飛ばされる。リリアーナははっきり自分が劣勢に立っていることが、否応なしに理解させられていた。はっきり言って計算外だった。


 フランは強い。リリアーナよりもはるかに。


 フランが強いことは一月の中で何となく察しがついていた。だがフランは精霊術の中でも赤にしか適性を持たず、赤以外は苦手どころか使えないと聞いていた。

 だからもし戦いになっても、六色満遍なく使えるリリアーナが有利だと思っていたのだ。しかもフランは手負い。しかしそれは大きな間違いだった。


「げほっ!」

「そんなもんかよぉ」

 リリアーナは口から血を吐きだしながら、倒れたままフランを見上げる。フランは背後に炎を背負い、荒れ狂う赤の精霊を纏っていた。そして彼女自身が炎を発していた。

 手足の先から、髪の毛から、傷口から、吐いた息から。ありえない光景だ。いくら赤の精霊術に秀でていたとしても、体そのものが炎に変わるはずがない。

 しかしリリアーナの魔眼はフランの特異性を明確に伝えてきていた。


 精霊は通常世界の中に存在し、色のついた精霊は生物の中には存在しない。生物の中には無色の精霊と呼ばれるものが存在している。無色の精霊は外界に出ると同時に色が付き、有色の精霊も何かしらの理由で体内に入れば無色へと変わる。

 これもまた精霊術士の中での常識。しかしフランの体内は無色の精霊と赤の精霊が混在していた。これはありえないこと。あってはならないことだ。


(世界とフランさんが結びついてる?それともフランさんは本当に赤の精霊に愛されていると?)


 答えは出ない。だが行動はしないといけない。


「エザク!」

「ぅおらぁ!」

 風を起こして場を飛び退くのと、炎がリリアーナのいた位置を埋め尽くすのはほとんど同時だった。詠唱すら必要としない火炎の奔流。飛び散った火の粉がリリアーナの純白の肌を焦がす。


「そこかぁ!イウ!」

「うっ…ウジム」

 ならば詠唱をこめた威力はどれほどのものか。リリアーナの視界が映すのは赤、赤、赤。赤の精霊だけだ。かろうじて水の膜を張れはしたが、まるで足りない。

「…っ!!」

 リリアーナは灼熱の炎に焼かれ、地面に墜落した。


「ぁ…」

「なぁ、リリアーナ。嘘だって言ってくれよ。本当は裏切ってない。あたしをだましたように見えたのは嘘で、王国の人間をだますためだったんだって言ってくれよ」

 炎に炙られ、リリアーナは指一本動かすこそすら叶わない。囁くように白の精霊術を唱える。


「頼むよ」

 フランは泣いていた。本当はリリアーナを焼きたくないと、殺したくないのだと、その声は伝えていた。リリアーナの心が震える。軋む。


 しかし。


「すみ…ません。私は、見たかったんです。私…みたいな人間でも暮らせるような、王国を」

「っつ…!」


 リリアーナははみ出し者だ。なまじ才に溢れてしまったせいで実の両親からも疎まれるような人間もどき。だから現状に文句ばかりつけ、周りから距離を置こうとした。

 しかしグランヘルムは違った。リリアーナ同様、人並み外れた才能を抱えていながら彼は現状に憂うのではなく、現状を変えようとした。住みやすい国に作り変えようとした。

 そのためにうつけを演じ、人を選別し、ひっそりと力をつけている。全ては父である王に反旗を翻すために。

 そんなグランヘルムの輝きにリリアーナは惹かれた。グランヘルムの作る国を見たいと思った。だからフランとの日々ではなく、グランヘルムを選んだ。フランを裏切ることを選んだ。だから。


「私は…もう、あの方を裏切れません」

「そっか」

 感情の抜けた声が響いた。フランは顔を伏せていて、その表情はうかがえない。


「ならもういい。死ね…オーノウ」

 フランがかざした手の上には燃え盛る劫火。もはや防御もままならない。リリアーナが覚悟を決めて目を瞑った時だ。


「…んなっ!」

 フランの喉元に滑り込むような穂先が迫る。フランは避けることができずに喉を槍で突かれた。



   ***   ***



 リリアーナからの決別の言葉を聞いて、心に隙が生まれてしまったんだろうか。あたしは横から迫る槍に気づくことができなかった。

「ごふっ…」

 激しい痛みがあたしを襲う。槍はすぐに引き抜かれ、今度はあたしの心臓を穿たんと迫る。


「ざっけんな」

 疲れた喉元は一端炎に変わって元通り。心臓狙いの一閃に合わせて炎を見舞う。


「死ねおらっ!」

 詠唱抜きの火炎の波をこいつは槍を振り回すだけで凌ぎやがった。そこでようやく槍使いの顔が見える。

「じじぃかよ」

 槍の使い手は老いぼれのじじぃだった。そのくせ槍の動きは見えないくらいに速い。

「かく言う貴様は化生の類か?」

「生憎人間だ…よっ!」

 炎を纏った拳で裏拳。気配を殺して迫って来ていた男にぶつける。


「ちっ!」

「くそ…まさか本当に化け物退治になるとはな」

 不意打ちかましてきた男が悪態をつく。化け物よばわりばっかしやがって。というか…。


「てめぇらがリリアーナをたぶらかしやがったなぁ!!!」

 不意打ちかましてきたクソ野郎。こいつだ。こいつがリリアーナにあたしを裏切らせた張本人だ。理由もなく、そう断言できた。ならばやることは一つ。


「ぶっ殺す!!!!」

「やってみろよ化け物」

 クソ野郎が、いきがる。


   *


 まさしく化け物退治だった。グランヘルムは表情には出さなかったが、背中には大量の冷や汗をかいていた。


「あああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「ふん!」

「だらぁ!!」

 フランが両手を振り回すと同時にばらまかれる炎を、グランヘルムとサギタはそれぞれ大剣と槍で凌いで反撃。サギタの神速の一撃とグランヘルムの精霊術をこめた大剣を振るう。


「ごふぁ」

 化け物はその両方を避けきれずにくらう。相手が人間ならそれで終わりだ。だがそれで終わらないからこそ、化け物の化け物たる所以だ。

「ざ…けんなぁ…!!死ねぇ!オーノウ エタナウ!!!!」


 傷口は炎に変わり修復される。お返しはこれまでにないほどの火炎。防御は難しい。二人は距離を取ってやりすごす。

 だがそれは化け物に詠唱の時間を与えることに他ならない。


「オレオム オレオム オレオム オレオム! エサイオム アイーウ!!」

 化け物の背から無数の火矢が放たれた。それはグランヘルムとサギタのみならず、魔の手は王都にまで迫った。


「燃えろよくそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「こんの…」

 燃える王都を見て、わずかにも動揺したグランヘルムとは違い、老騎士には迷いがなかった。残る火炎の隙間をくぐり、取った距離を詰める。それからさらに頭、首、心臓の三連突き。


「あっ!ぐえっ!ほぐぁ!」

「王子。攻撃は全く効いていないわけでは…ぬおっ!」

「あぁぁん!?」

 上がる火柱。その火力に押され、サギタは吹き飛ばされる。


「死ね。オーノウ」

 老騎士にとどめをさそうと化け物はひたすらに赤い火炎を放つ。

「エタト ウジム! エタト ウジム! エタト ウジム!」


 騎士をかばうためにグランヘルムは必死で水の盾を張る。それは化け物の炎を打ち消すことはなかったが、わずかなりとも弱めることはできた。そのわずかな時間で騎士は体勢を立て直し、がむしゃらに槍を回して炎を打ち消す。


「くそっ!くそがぁ…」

 そこで化け物が片膝をついた。そして苦しそうに息を荒げる。

「さすがに無尽蔵に再生ができるわけじゃないか」

 緊張を崩さぬまま、グランヘルムとサギタはゆっくりフランと距離を詰めていく。フランはげほげほとえずきながらもまだ目に闘志をにじませている。


 本音を言えば、グランヘルムは自身の持つ固有術式でフランを殲滅したかった。否、当初の予定では、リリアーナが失敗した場合、リリアーナの救出の後、グランヘルムのマグマを生み出す固有術式“紅蓮”でフランを焼き殺すつもりだったのだ。

 しかし現状グランヘルムは“紅蓮”を使わないでいる。いや、使えなかった。

(赤の精霊が言うことを聞かない)


 グランヘルムの“紅蓮”は赤の精霊が必須。だがフランの領域に入ってから、赤の精霊が操作を弾いてしまうようになってしまった。

 そんな現象がないわけではない。超一流の精霊術士と習いたての精霊術士見習いの『精霊引き』などで稀に見られる現象だ。極端に精霊操作の技術に差がある場合、精霊の支配を微塵にも破れずに起こる現象だ。しかしグランヘルムは精霊術士見習いではないし、フランも赤に特化しているだけで超一流とは言い難い。


 つまり、フランには単純な精霊術の技量以外の何かしらの力が働いている。


(だがそれはもう関係ない)

 勝敗はほとんど決した。フランは膝をつき、グランヘルム、サギタともに健在。特にサギタは王国最高峰の槍の使い手だ。並の相手では相手にならない。


「とどめを…」


「くそがっ。使ってやるよ」


 グランヘルムがフランにとどめを刺そうとしたその時、フランが虚空から一振りの刀を取り出した。装飾のない、武骨な刀。だがそれがただの刀であるはずがない。

 その正体に気づき、グランヘルムとサギタは即座に動きだす。


「サギタァァァ!早くとどめを…」


「『憤怒』ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」


 フランの絶叫。世界が炎に塗り替えられる。


   *


 追い詰められた。あたし火焔化は別に無敵化なんかじゃない。体を修復するにしても何にしても、えらく体力を使うものだ。

 火焔化すると目とか耳がどえらいよくなる。あたしの目は遠くの木の枝に腰掛けるセラの姿を捉えていた。


 相変わらず不愉快なことに、セラは暢気に手なんて振っていた。舐めてやがる。それにちょんちょんとあいつが持ってる『嫉妬』の剣を指さす。


 分かってるよ。使えってことだろうが。正直『憤怒』の剣は好きじゃない。あたしの全てをさらけ出すみたいで、気持ち悪い。


 だけどこのままだと死ぬのはあたし。あたしはまだ死にたくない。だから使わせてもらう。


「『憤怒』ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

 刀を取り出して叫ぶ。あたしの心に無造作に手を突っ込まれた感じがする。気持ち悪い。しかもジロジロ見られてる。吐きそうだ。


 チリチリと、あたしの周りが炎に変わっていく。その範囲はどんどん大きくなって、それは丘を包んで王都に触れるくらいで止まった。


「これが…」

 クソ野郎が何か言ってる。そうだよ。これがあたしだ。あたしの心だ。人の心をさらけ出して具現化する。それがこの原典『憤怒』の能力だ。


 あたしの心は炎で埋めつくされている。だからどこもかしこも炎だらけ。赤の精霊だらけ。他の精霊なんて全くいない。


「う…うがぁぁぁぁぁぁ」

「サギタァ!」


 じじぃが炎の中に落ちていった。当然だ。炎に足場なんてない。大地なんてない。ただ炎だけ。それがあたしの世界。あたしの心だ。

 じじぃはすぐに姿が見えなくなった。これで邪魔者は消えた。残るはクソ野郎ただ一人。


「くそっ」

 赤の適性があるからだろうか。クソ野郎は炎の上に立っていた。炎はクソ野郎の足を絶え間なく焼いてるけど、痛がる素振りも見せやしない。

 まずい。意識が朦朧としてる。力を使い過ぎた。早く倒さないと。


「あ…とはお前ぇぇぇぇ!」

「ぬぅっ!!」

 クソ野郎は動けない。立つことはできても歩くことはできないらしい。そんでここには赤の精霊しかいないから精霊術を使うこともできない。


 あたしは両手に赤の精霊を集めて火炎を生み出す。あたしの心の中だからか。体が火焔になってない。でもいいや。クソ野郎を殺すならそれでも十分。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」

 クソ野郎に火炎を放つ。クソ野郎の悔しそうな顔が見えた。その瞬間。


「がっ!」

 あたしの横腹を、一条の火線が通り抜けていった。それはあたしの心臓の近くを撃ち抜いて消えた。


「なっ…誰、が」

 ありえない。この世界はあたしの、あたしだけの世界だ。この世界に存在が許されるのはあたしと炎と、後は赤たちに好かれてる奴らだけ。


 そんなの…あっ。


「フラン、さん」

 顔を横に向ける。そこにいたのはリリアーナ。目に一杯の涙を浮かべたあの子は手にあたしとリリアーナで込めた、王都を火の海にするための装置があった。


 そういえばあの子も赤たちに好かれてたっけね。んでもまぁ。

「あの子にやられるなら…いっか」

 広がったあたしの世界が閉じていく。炎が消えて、元の世界に還っていく。



   ***   ***



「フランさん…」

 グランヘルムとサギタの戦いを、リリアーナは倒れながらもずっと見ていた。見ながら白の精霊術で体を回復させ、機会をうかがっていた。

 チャンスが訪れたのはフランが『憤怒』を使ってから。これまでの戦いで体力を消耗しきっていたフランは隙だらけだった。だからフランがグランヘルムに全ての意識を向けた瞬間に、装置に込められた精霊を使ってフランにとどめをさした。


 グランヘルムは全身に大怪我を負ったサギタの容体を見ている。炎の中に落ちていったサギタは死んではいないものの重症だ。

 リリアーナは辛うじて動く足を使って、まだ息が残っているフランの元へ行った。



   ***   ***



「こひゅっ。こひゅっ」

 体から血がとめどなくこぼれていく。体が熱い。愛しの赤たちがあたしを抱きかかえているからだ。

 ざっざっと誰かの軽い足音。


「フラン、さん」

 頭上からかかってきたのはリリアーナの声。リリアーナは悲しみ、恐怖、歓喜、色んな感情がごちゃ混ぜになった声で言う。


「どうして…あなたは私のことをあんなに」

「どうして…かねぇ」

 考えてみれば確かに不思議だった。たまたま出会った貴族っぽい女の子。一目見た時から何となく放ってはおけなかった。

 貴族だったから?お人形さんみたいだったから?赤たちに好かれていたから?それとも妹みたいで嬉しかった?多分全部正しくて全部違う。


「理由…なんてない、さ。ただ…あたしはあんたのことが好きだった。それだけだよ」

 きっと、それだけ。深い理由なんてない。必要ない。あたしはリリアーナのことが気に入っていて、好きだった。仲間になってくれればもっと嬉しかった。それだけ。


 あたしの命はもうすぐ尽きる。ならせっかくだからリリアーナのためにかっこいい言葉の一つでも残してやるか。


「ほの…おは、さ」

「…はい」

「同じ…ようで、全部違う。ずっ…と違う、新しい炎…に、なって。いくんだ」

「はい」

 炎は揺らいで、大きくなって、小さくなって、だけど同じ炎は一瞬たりとも存在しない。常に炎は新しいんだ。

「だからさ。あんたも…立ちどまる、なよ。炎みたい…に変わり続けろ。大きくなり続けろ。永遠に、進み続けろ」

「…はい」

 リリアーナはボロボロ涙を流して頷く。そんな姿も可愛いね。もう見れなくなると思うと悲しいよ。


「永遠、目指して…頑張れ。それがあたしから、いと、しいあ…んたに贈るこ…とば」

「フランさん!」

 熱い。視界が真っ暗になる。えらくスッキリした気分だ。こんな気分、どんなに炎を焚いても味わえなかったな。


 そっか。これが壊して創り直すってことか。



   ***   ***



   ***   ***



「うん。やっぱり『憤怒』の適合者は面白いね。ひねくれてるくせに素直で、純粋だ」

 セラはフランの死に様を見届けて、木の枝から降りそのまま夜の町を歩く。


「『憤怒』は王国にあげるよ。さて、次の適合者はどんな人かな」

 人の心を弄ぶ女は夜の中に消えていった。クスリ、という囁くような笑いを残して。



   ***   ***



   ***   ***



「お久しぶりですね」

 あれからしばらく。リリアーナの身の周りでは色んなことがあった。


 フランは逝き、リリアーナの両親は誰かの告発によって更迭された。そのため13歳のリリアーナがウィンフィール家を継ぐことになった。とはいえリリアーナはまだ未熟。後継人は王家となり、リリアーナはグランヘルムの婚約者となった。

 王国も揺れている。負傷を理由にサギタは騎士団長を引退し、王都を狙った計画は明るみに出て、騒ぎになった。どこまでがグランヘルムの計画の内だったかは分からない。しかし大体はグランヘルムの手の平の上であるような気がする。


「私は進み続けますわ。とりあえず家のことが落ち着いたら、旅に出ようかと思いますの」

 リリアーナが今開発している精霊術が実用段階に至れば、長距離の移動も一瞬だ。転移の精霊術ができ次第グランヘルムを伴ってあちこちに足を伸ばすのもいいだろう。

 逃げるためではなく、前に進むために。


「ひとまず東部あたりがいいと思いますわ。あのあたりは帝国とも近いですし。それに…」



 フランはあのボロ小屋に埋めた。二人で過ごしたあのボロ小屋が墓代わりだ。多分フランも喜んでくれると思う。夏の熱い風が吹く中、リリアーナはフランの墓の前で言葉を紡ぎ続けていた。

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