隣の席に最強クラスの女がいる。(但し日陰)
「ねぇねえ、セレブレット見た~?」
「めっちゃ面白かったよね~!」
「セレブレット、やっぱアニメも最高~!」
「だね~!」……………
女ってのは、俺とは別の生き物だ。
きゃあきゃあと可愛くもない笑顔を、誰に頼まれるでもなく振り撒く。
生憎というか、皮肉というか、俺は端から端まで男なので、女の気持ちはわからない。
勿論、分かる気もないが。
こんな時…………っても毎日学校に来るわけで、こんな時と言うより、こんな日常と言うべきか…………に、男でよかったと深く思う。
同じイキモノなのだと、今一つ認められない。
まぁ、あれが女の常識なのだろう。
そこは異性としてすっぱり諦めるべきだ。
ただ、『常識』があるってことは、必ず『非常識』もある訳で…………
隣の席に、コッソリと視線をやる。
そこは窓際なのに、大きな柱のせいで日陰の場所。
俺の隣の席。
女が座っている。
日陰と言う言葉が、ピッタリとはまる女が。
陽無 影華。
影で華やか なんて、よく娘にそんな名前をつけたもんだと、俺はある意味こいつの親に感心する。
第一、影なのに“華やか”ってどう言う事だよ。おい。
影が華やかって矛盾してるだろ…………
「………………すぅ………」
しかも等の本人寝てるし。
ガッツリもガッツリと寝てるし。
そういや、授業でも毎度熟睡してるよな………こいつ。
もう先生も慣れたもんで、起こそうとすらしないけど。
起こそうとしたら、殺意のこもった目で、睨まれる。
隣にいるだけで、背筋が凍りそうなんだから、教師たちは…………ま、そうなるな。
なんでこいつ、わざわざ学校に来るんだろうな。一日中寝てるなら、居ようが居まいが対して変わらねぇよ。
しかも笑えることに、テストの順位は不動の一位っての…………ホント、こいつは何なんだ?
「…………ぅ」
俺の視線に気付いたのか、陽無は僅かに身動いだ。
って、なぜ俺は、この女をジロジロ見てんだ。
こいつがこんな風にしてるのは、日常茶飯事なのに。
……俺も、血迷ったのか……………?
ガラッ
教室のドアが開いて、担任が入って来る。
「皆さん、おはようございまーす」
今日も、つまらない一日が始まるって事だ。
俺は微妙に冷めた目で、担任の女教師を見つめるのだった。
…………という訳で、この近くで超常力者と思われる、年齢不詳の男の不審者が目撃されています。皆さんくれぐれも気をつけて下さい」
「…………」
返事をしている奴もいるが、めんどくさいのでスルーしておく。
『超常力者』
超能力者の上位バージョン。
その力は、超能力者の“念力”とか、“テレパシー”とは『格』が全く違う。
より魔法のようで、人間離れしているもの。
例えば、火を操るとか空を飛ぶとか、そういうのだ。
ここ数年で突如出現してきた謎の力で、世界人口の約一割程度がその“超常力者”と言われている。
但し此処、日本は超常力者の人口が多く、国民の約三割だとか。
それでもレアだし、ほとんどの人は関わった事すらない力だが…………
気がつくとホームルームの時間は終了しており、教室内の人影も、かなりまばらになっていた。
「超常力持ちの不審者…………ね」
すぐ隣から、聞き慣れない女の声。
とても静かで落ち着いて、けれど冷めた声。
声のした方を見ると、あの女・・・陽無 影華が身を起こし、どこか遠くを見つめていた。
………こいつが起きたのを初めて見たかもしれない。朝は俺が来るともう寝てるし、帰りは皆がバタバタと去って行く中、のびのびと寝ている。
超常力者が、そんなに気になるのか…………?
いや、そうじゃないだろうな。
こいつ、この前の『超常力者について学ぼう!~超常力は怖くない~』とか言う妙にキラキラな特別授業、身じろぎもせず夢の世界に居たな。
「ねぇ」
いつの間にか、こちらを見ている。
目がとろんとしていて、眠たさをしっかり表していた。
初めて正面から顔を見たが、結構整ってて、はっきり言うと美人。
「なんだ?」
もしかして、こいつの事を考えていたのがばれたのか?………だとしたら、殺気が来そうで怖い。
「貴方、超常力者に興味ある?」
「………いや、別に」
嘘だ。
今、俺は嘘をついた。
お願いだからばれるな。これだけは誤魔化したい。
「あっそ」
案外あっさりと受け流された。
話は終わりだと言うように、また机に身をふせる。
なんかよくわからないが、とりあえず帰ろう。帰宅部の利点を、有効活用しなければ。
早く帰宅しようと焦る俺には、あいつの声が聞こえていなかった。
「…………嘘つき……ったく、なんでどいつもこいつも面倒なんだ…………。はぁ、今日ぐらいぐっすり寝たかったのに……………」
という、陽無 影華の呟きが。
細くて暗い裏道を、すいすいと通って行く。こっちの方が早く帰れるのだ。時短ばんざい。
ふと、目の前を影が通りすぎる。
一瞬だったが、隣の席のあの女に似ていたような……………いやいや、そんなわけあるか。第一、あんな目で追うのがギリギリのスピードで、人間は動けない。
あ、でも超常力者なら別か…………
そういえば、あの不審者は捕まったのか?
「………ウフフ、面白いもの見ぃーっけ!」
背後から、そんな声が聞こえた。
まるで子供のような楽しそうな声なのに、ざらりとした気味の悪い声。
嫌な予感をバシバシ感じるが、思わず振り返ってしまう。
「あ~っ!振り向いてくれた!やったぁ!アハハッ!」
ゾクリ
見なければ良かったと、全身に鳥肌がたつのを感じながら、あの不審者情報を思い出す。
……………なるほど。確かに年齢不詳だわ。
幼稚園に通っていそうな幼い顔なのに、髪の毛が中年サラリーマンを思わせるバーコードハゲ。成人男性ぐらいのがっちりとした体格に、年老いたおじいちゃんのようなしわくちゃの手足。
コレは間違いなく、人成らざるヤバイものだ。
ではどうするか?
A. 逃げる。
中学生時代は陸上部エースだった、自慢の足で全力ダッシュ。超特急で自宅へ帰宅。
「ちょっとぉ、逃げないでよ~。あ、それともおにごっこ!?」
……………帰宅できませんでした。ハイ。
よく見ると、年齢不詳化け物(雄?)の背中には、小さな羽が生えていた。それで上から追い越したのだろう。
ところでこの状況、完全詰みなんじゃ………?
「ねぇ~遊ぼうよぉ~。ボクとっても暇なんだよぉ。遊んでよぉ。」
じりじりと近づいてくる。表情は笑顔のようで、笑っていない。
俺としても笑えないけど。
「ねぇ~えぇ~あ~そ~ぼぉ~?」
どうやら俺の人生は、やりたいことが90%も出来てないのに終わりらしい。
せめて高校、卒業したかった…………。
まぁ、仕方あるまい。
俺が未練をきっぱり諦めたその時。
スパーン
小気味いい音が辺りに響き、年齢不詳化け物(雄?………名前が長い……)が地面に墜落した。
ついでに、年齢不詳化け物(雄?…………もういい。化け物だけでいい……)を蹴り飛ばした影も着地する。
髪を低い位置で束ね、ジーンズにデニムのジャケットを着ている。足は運動部が履いていそうなスニーカー。
顔立ちは整っていて、美人以外の何でもない。
だが、そいつは間違いなく…………………
「……………陽無。」
何処からどう見ようと、陽無 影華 本人。
ただ、この前のようなとろんとした目ではなく、肝の座った鋭い目をしている。
「どいつもこいつも面倒な奴ばっかね…………。ホント、嫌になっちゃう」
「おねーさんも、あそんでくれるのぉ~?」
「んなわけないじゃない」
「えぇ~~?」
陽無が動く度に、化け物の体に傷がついていく。
「ねぇ、邪魔しないでよぉ。ウザいなぁぁ」
「こっちの台詞よ、それ」
化け物も攻撃しているが、陽無にはちっとも当たっていない。
恐らく、陽無はこの化け物と同じように超常力者なのだろう。影がぶれ、もはや目で追えないスピードで動きまわる。
「なんで、遊んでくれないの?ねぇ、なんで?なんでえぇぇ?」
「はぁ、馬鹿ね。そんなの決まっているでしょ」
トンっと小さな音が響く。
次の瞬間、化け物の腹にすっぽりと丸い穴が空いた。
「ぅぁ、あ…………?」
「今度は、もっとマシなものになりなさい。」
化け物は崩れ落ち、陽無はそっとその化け物に手を当てる。
陽無の手のひらから赤い魔法陣のようなものが起こり、化け物はそれに吸い込まれていった。
……………よくそんな名前をつけたもんだと、俺はこいつの両親に感心する。
影華。
影の華。今考えると、本当にぴったりしっくり来る。影に生き、影で舞う一輪の華。それが、こいつなのか。
それが、陽無 影華なのか。
「ねぇ、昨日のお笑いチャンプ見た~?」
「見た見た~!」
「ホント面白かったよね~!」
「ね~!」……………
いつも通りの日常。平々凡々。
隣をチラリと見ると、これもいつも通り、ぐっすりと眠っている。
…………これだけ見ると、こいつがあの化け物を倒したとは、とても考えられないよな。
ま、事実は事実だが。
しばらくして、ぼそりと陽無が呟いた。
「…………机」
「え?」
机の中には、何か四角い物が入っていた。
ゴソゴソと取り出す。
……………………封筒?
それは、ATMにあるあの封筒だった。残念だが、お金は入っていない。
中に入っていたのは普通の手紙………飾り気も何もない真っ白な紙。(何か書いてあるけど)
『放課後、第二体育館裏に来い。
来なかった場合、二度と逆らいたく
無くなるような恐怖を与える羽目に
なる。
こちらとしてもそれは面倒なので、
素直に来る事。
陽無 影華 』
……………何だこれ。
強迫じみた呼び出しをくらった(しかも隣の席の女から)。
行ってみたら告白された とか言う素敵な展開にはどう捻ってもなりそうにない。
「おい…………」
どういうことだ。
そう聞きたかったが、もうアイツは寝入っていた。
わずかに寝息が聞こえてくる。
ガラッ
教室のドアが開いて、担任が入って来る。
「皆さん、おはようございまーす」
今日は、つまらない一日ではなさそうだ。
俺は、誰かに見られる前に手紙を仕舞い、放課後について考え始めた………………