第一章5 神話のお話
着替え終わると、囲炉裏を四人で囲むように座る。
ココルクは、不機嫌差を表に出しているが、今すぐ襲う感じではなかった。
ルシルは、ぼーっとした様子に、何を思っているのかわからない。
キョウは、どう切り抜けるか、頭を回していた。
三者の様子を見るように、老人は髭を撫でながら、話し始めた。
「儂の名はウコル、こっちが孫のココルクとルシルじゃ。お主が、ルシルを助けてくれたこと、誠に感謝いたす」
ウコルと名乗る老人は、キョウがルシルを助けたと語る。だが、助けた記憶が無い。
この意味のわからない状況になってから、起きた事なんて怪物に殴られた事ぐらいだ。
ここは、話を聞いて状況整理した方が、良いだろう。
「俺は、キョウ・・・・・・申し訳ないですが、記憶があやふやなで、この子を助けたと言われても、何のことか・・・・・・分からないのですが」
いろいろな質問をしても、記憶喪失を装えば話がこじれないだろうと考えた。
幸いにもこの大けがだ、疑われることはないだろう。
「記憶が・・・・・・そうですか、無理もないでしょうな。魔物に襲われて、命があるだけ、良しと言えましょう」
キョウにとっては、後遺症もなく体を動かせてることが、何より上々と言えよう。
「記憶・・・・・・ない?」
「どうだか、毒の森にマスクも付けずに居た奴だ、こんな怪しい奴、さっさと追い出した方が良い」
「ココルク、恩人に何を言う」
「ぐぅ・・・・・・だけど、爺様」
ココルクは、キョウを目の敵にするように、追い出そうとするが、ウコルがそれを諫める。ルシルは二人の話とは別に、心配そうにキョウを見つめていた。
「あ・・・・・・えっと、『毒の森』とか『魔物』とか、もし良かったら教えてもらえませんか」
キョウの問いに答えるように、ウコルは静かに語り出す。
――それは、遙か昔の神話の時代。
人を生み出した神と人を殺す神で、覇権を争っていた。
人を殺す神は、殺戮のみを遂行する忠実な天使を作り、世界を炎で包み込む。
人を生み出した神は、様々な人種を世界に生み出し、天使と戦わせた。
生み出された七種族は、獣人種、黒羽種、白羽種、森人種、海獣種、鉱石種、妖精種と命名され、天使に対抗する術を授けた。
白羽種、妖精種には、魔法の力を与え。
獣人種、黒羽種には、特殊な肉体を与え。
森人種、鉱石種には、特殊な能力を与え。
海獣種には、広大な海を与えた。
幾重もの戦場が、荒廃した大地を作り上げ、無数の屍が、大気を穢れで覆った。
慈悲という言葉はなく、あるのは苦痛と嘆き。
戦いは終止符がないまま、神々は穢れた世界を見捨て、姿を消した。
殺戮しか知らない天使達は、主の居ないで世界に涙した。
天使は告げる。
神の帰還の日まで、殺し続けよう、終わる事の無い死で満たそう。
目的の無い戦が、永遠と思える時間続いたという。
愚かなる人類を拒むかの様に、大地が氷に閉ざされた時、戦争は終わりを迎えた。
天使達は、滅びる間際に、口にした。
それは呪いの言葉。
神の望む戦争を、終わる事の無い戦乱を、これは宿命なのだと。
天使の流した血は、魔物を産み落とし、世界を毒で包み込む。
毒は、空を赤茶色に染め上げ、大地を荒廃させ、木々を白く枯らす。
毒に包まれた森は、新たな魔物を生んでいく。
魔物は滅ぼせど、時の流れと共にまた現れる。
天使の残した言葉の通り、戦争に終わりは無かった。
各種族は、自分の種族だけの国を作り、自国内だけを守るように暮らした。
今では、自国の領土を広げる為、魔物の生息地域に追いやる為、人同士で争っている。
それは、神々を模倣するように・・・・・・。
「これが、神話の時代から続く、争いの話じゃ」
ファンタジー小説のような話を、真面目に語るウコルの様子から、事実なのだろう。
だけど、半信半疑でしか受け入れられない。
まだ何処かに、夢だという気持ちが残っているのだろう。
「・・・・・・具合・・・・・・悪い?」
表情の暗いキョウを、心配するようにルシルは訪ねる。
「あ、いや、大丈夫」
「魔物に襲われていた、ルシルを助けて頂いたと、伺っていましたが、思い出しましたかな?」
話の様子から、毒の森とは最初に見た光景のことだろう。
確かにあの時、怪物に追いかけられている子供を助けた気はする。
顔をマスクで覆われていたが、あれがルシルだったのだろう。
「あ・・・・・・あの時の子か・・・・・・あ、いえ、助けたも何も、俺は殴り倒されただけですし・・・・・・どちら
かと言えば、向こうが勝手に自滅しただけで、今は俺が助けられた感じですから、むしろありがとうございます」
「謙遜とは、慎み深いですな」
申し訳なさそうに、話すキョウに対して、ウコルは微笑みながら言葉を返した。
「それはさておき、他の事は何か思い出しましたかな?」
「いえ・・・・・・まだ何も・・・・・・」
騙しているようで心苦しいが、実際に記憶自体は曖昧だった。
昔の思いでは、進路のことを考えていた光景と、部室内の光景。
それ以外は、何も思い出せない。
両親が居たのかも、どんな町に住んでいたのかも、何も思い出せない。
向こうの世界も、こちらの世界も、キョウは何も知らない。
いっその事、何もかも忘れていた方が、楽だったかも知れない。
何故、中途半端な記憶があるのか・・・・・・この記憶のせいで、余計に今が苦しい。
「ゆっくり、思い出せば良いですじゃ・・・・・・それに、ルシルと夫婦になるのですからの」
深く頭を悩ませてる時に、忘れていた事を思い出させる。
「爺様! 俺はそんなの認めんぞ」
「ルシルが、決めたことなら、儂らは見守るべきでは無いか?」
「うん・・・・・・ルシル決めたこと・・・・・・」
「ぐぅ・・・・・・」
「あ、そのこと・・・・・・なん・・・・・・」
間違いだと、知らなかった事なんだと、伝えようと。
この世界では、合法的な考えかも知れないが、キョウの常識が拒む。
はっきり言おう、ルシルを嫁にするつもりは無いと・・・・・・知らなかったんだと。
「それに翼に触れた者が、夫婦にならない場合、殺さねばならなくなしの・・・・・・流石に、恩人を殺すのは忍びないとは思わぬか?」
「た、確かにそうだが・・・・・・何者か分からぬ者だぞ」
「そんなこと、些末な事よ。時間をかけて知れば良かろう」
断れる状況じゃ無かった。
断るなら死ねと、言われているも同然だった。
一つ学ぶとしたら、迂闊なことをするな・・・・・・と言うことだろう。
話を聞く限り、ルシルに断られていたら、キョウは死んでいたのだ。
命を救ったと思ったら、実は救われていて・・・・・・しかも得体の知れない男を旦那にしないといけないとか、ルシルにはどんな罰ゲームなのだろう。
キョウの為に、人生を左右されて良いものだろうか。
だが、キョウは何も言えなかった。
心の中で、申し訳ありません・・・・・・と、謝ることしか出来なかった。
ウコルとココルクを見る限り、本当に実行するだろうし・・・・・・死ぬ勇気は無かった。
怪物の時は、死ぬという選択肢しか無かったが、生存できる選択肢があるなら、間違いなくそれを選んでしまうだろう。
「じ、爺様がそこまで言うなら・・・・・・ぐぬ・・・・・・」
ココルクは苦虫を噛みつぶした様に、ウコルの言葉を受け入れる。
両者の同意と、本人の同意の下、夫婦になった。
ただ、キョウ自身は、謝罪で胸を募らせていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
話は変わりますが、最近TRPGのシナリオとルールブック作成に多忙の毎日で、小説投稿も遅れてしまい申し訳ありません。
なるべく急いで頑張りますので、なにとぞよろしくお願いします。
とは言っても一ヵ月に一回ペースは変わらない感じですけどね。