第一章3 目を覚ますと言うのは、生きている事だ。
もう目覚める事は無いと思っていた。あれだけの重傷だ、当然と言えば当然だろう。
眼を開くと、見える景色は知らない部屋の中だった。
部屋の構造もあまり見ない、しいて言うなら、京都とかで見る古い建築物の内装に似ている。日本らしい建物ではあるが、時代が江戸時代まで遡ってしまったかのように思える。
その部屋の中で、キョウは布団の中で寝かされている。
「アクチ!」
キョウの目覚めに反応して、横に座っていた少女が声を上げる。
14歳ぐらいの少女で、銀色の髪、大きな琥珀色の瞳で、キョウを食い入る様に見つめる。背中には蝙蝠の翼に似た、黒い翼パタパタと羽搏かせている。
「……ここ……ぐっ」
話を聞こうと声を出すと、電流の様に痛みが駆け抜ける。
「キリヂ……ヂウズエベ?」
少女は不安そうな表情で、声をかけ、優しく頭をなでる。
何を言っているのかは解らないが、仕草を見て何となくだけど言いたい事は、伝わってくる。
今は休ませてもらおう。静かに目を閉じて、眠りについた。
あの状況で生き延びてしまった……。普通なら喜ばしいところだが、今後を考えると不幸でしかないだろう。まずあの重症が治ったところで、体は普段通り動かせないだろうし、あの時見た光景は、夢ではないと言う事の証明でしかない。
現状病院とも思えない場所で寝かされているのも、不安でしかない。
医学が発展してるとは、とても思えなかったし、怪我が怪我だけに、体にマヒが残る可能性も考えられる。
見知らぬ世界で、障害を抱えて生きていく事になったら……。色々な不安が、頭の中を駆け回る。思考は悪い方向へと進み、絶望だけが残される。
『元の世界に帰れるんだろうか……。早く家に帰りたい……。そう言えば……家って何処にあるん
だっけ? 疲れているみたいだ早く寝よう』
誰かの話し声が聞こえるが、聞く事もなく意識は闇に沈んでいった。
――人は夢を見る時、記憶した出来事を元にしている。
――人は想像する時、体験した出来事を元にしている。
キョウは、高校の前で立ち竦んでいる。
あのRPGゲームの様な世界は、夢だったのだろうか?
今見ている光景が、現実なのか?
否、今見ている光景は、夢の光景。共演者の居ないただの幻。
何故、この様な夢を今見せるのか。
こんなにも胸を抉る痛みに苛まれているのに、この光景を夢だと感じてしまうのか。
出来る事なら戻りたい……皆にまた逢いたい……。心が壊れてしまう前に……。
光に導かれる様に目を覚ます。
窓から、さす陽の光が顔を照らしていた。
「体……痛む?」
不意に聞き慣れた日本語が聞こえてくる。
言葉を発したのは、銀髪の少女だった。
「日本語……喋れるのか?」
言葉を発すると、鈍痛が体に響く……。
少女は、キョウの質問の意味が解らないのか、首を傾げる。
「涙……体……痛む?」
再度同じ質問を少女は続ける。
言われて気付くと、キョウは泣いていた。
何故泣いているのか、夢に見た出来事は記憶にはなかった為、解らなかった。
「少し痛むかな……」
少女は申し訳なさそうな表情をして、キョウの涙をぬぐった。
口数の少ない少女だが、日本語が聞ける事に安堵する。
「ご飯……食べれる?」
「食欲はまだないかな」
「……そう」
「それより、話をして欲しいかな」
「……どんな話?」
誰かと言葉を交わす事が、こんなにも嬉しい事だとは知らなかった。
少女は喋るのが苦手そうだが、キョウの期待に応えようとしている。
「まずは、自己紹介とか……俺は……」
……名前が思い出せなかった。
頭に残っているのは、キョウと呼ばれていた事だけ。
自分が、何と言う名前なのか……解らない。
「大丈夫?」
困惑する様子に、少女は心配そうに顔を見つめる。
「……あ、いや、大丈夫……。な、名前だけど、俺はキョウって言うんだ……君の名前は?」
キョウが本名なのか、あだ名なのかは、解らないが、そう呼ばれていたのは事実だ。
怪我のせいで、一時的に忘れているだけかも知れない。
そう自分に言い聞かせるように、話を戻す。
「キョウ……キョウ……ルシルは……ルシル」
「ルシルちゃんか、ここって何処かな?」
「ここ……ルシルの家」
「ん~、そうじゃなくて……」
質問を吟味するように、思案する。
キョウの言葉を待つように、ルシルの黒い翼は、犬の尻尾の様にパタパタと動いていた。
意識してみると、本当に生えてるのか気になってくる。
何気なく、肌触りを確かめる様に、ルシルの黒い翼に触れてみると、人並程の体温があり、作り物ではないと言う事が解った。
「んぐぅ……」
「ご、ごめん……痛かったか?」
黒い翼に触れると、ルシルは変な声を出したので、キョウは急いで手を離した。
「……うんん……わかった」
ルシルは少し赤らめた表情で、何かを納得したように頷いた。
触って良いと言う事なのだろうか、今度は撫でる様に触れてみる。
「これは……触り心地がいいな」
「ん……んふ……んぐぅ」
翼を撫でる度に、ルシルは頬を赤らめて羞恥に身悶える、様子に変なスイッチが入りそうになる。
触るのを止めるのは簡単だ……。だが、触る、あえて、触る。
男性とは悲しいもので、美少女が身悶える様を自らの意思で、止める事が出来ない。
不安な気持ちも、何もかもふっ飛ばして、欲望という言葉に踊らされる。
口から出る吐息、微かに甘い芳香、そして美少女。
何も淫靡な事をしている訳ではない、翼を触っているだけだ。
実に健全、やましい事なんて何一つない健全な光景だ!
……健全だと……思いたい……。
障害を抱えて生きていくのと、あっさり死ぬのどっちが幸せかわかりませんよね。
残される側としては、もちろん生きてる方が良いのですが
本人はどうとらえるか、そこが問題だと思います。