「モサナラ」<エンドリア物語外伝28>
「大型飛竜に乗り飽きた」
そういって店に入ってきたのは、魔法協会本部災害対策室長のガレス・スモールウッドさん。
「こんにちは、スモークウッドさん」
オレは、オレ的には最高の笑顔を向けた。
スモークウッドさんが店に来る理由は、たったひとつ。
桃海亭が何か問題を起こした場合だ。それも、オレ達を魔法協会本部に呼び出せない場合に限る。解決を急ぎたい事案や内密に処理したい事があるときなどだ。
スモークウッドさんに隠していることが、いつも2、3つあるが、先週、うっかり起こした事件はちょっと問題が大きかった。
バレたら、桃海亭は莫大な賠償金を請求され、オレとムーは牢獄行き、シュデルはロラム送還になるだろう。
「ウィル、実は困ったことになった。先週のことだが覚えているか」
「先週ですか…」
冷や汗が背中ににじむ。
先週、オレ達3人は地底でナメクジの大型モンスターに追われることになった。ひたすら逃げて、追いつめられて、しかたなく、ムーの魔法でモンスターを吹っ飛ばしたのだ。
「覚えていないのか?」
「何の話なのか、ちょっと…」
まさか、洞窟に亀裂が入り、そこからお湯が吹き出すとは思わなかった。場所は地底、お湯の温度も体温くらいだったので、そのままにして桃海亭に帰宅した。
「君たちに悪気がなかったのはわかっている。放置したのも、知らなかったのかもしれない」
知らなかった。
お湯が噴き出した場所の真上に、モサナラの栽培地があったなんて。
モサナラは麻薬の原料になる多年生の植物だ。カトヅ公国が栽培から製品化まで一括管理している。カトヅ公国は公国を名乗っているが、貴族が治めるいるわけじゃない。公国が作られたときに爵位をもっていた貴族はすでに絶え、現在では犯罪シンジケートが支配している。依存性が低いことから、高級嗜好品として貴族や金持ちに売られている。
「本当に何を話されているのか、わかりません」
お湯が噴き出た翌日、オレは仕事の報酬をエンドリア支部に受け取りに行った。その時、経理担当のブレッド・ドクリルから『とっておきの裏情報だ。カトヅ公国のモサナラが昨日の夜、全部枯れたんだってよ』と教えてもらった。その話をムーにしたところ『モサナラは暑さに弱いしゅ、寒冷地でしか育たないしゅ。お湯が出た場所はカトズ公国しゅ、もしかして、しゅ』ということになった。
モサナラの栽培地は極秘情報だ。翌日、オレとムーは2人で、お湯の出た場所の真上の地上に調べに行った。魔法探査にひっかからないように遠くから双眼鏡で見ただけだが、茶色く枯れたモサナラが広がっているのが見えた。
「君たちが知らなかったと言っても、済む話ではない。向こうは怒り狂っている」
犯罪シンジケートが支配しているのはわかっていても、表向きはカトヅ公国という独立国家だ。桃海亭に莫大な賠償金を請求してくるだろう。
牢に入るなら、この店も売って、賠償金の足しにするしかないかもしれない。
「ウィル、本当に気がつかなかったのか?」
「気がつきませんでした」
石の上にも三年。住めば都。
ボロい桃海亭でも、いよいよ別れるとなると寂しいものがある。
「なんということだ」
スモークウッドさんは額を押さえた。
「バジリスクを退治するときは、周囲を確認するべきだろう」
「バジリスク?!」
「先週、バジリスク退治をしたのではなかったのか?」
退治した。
ムーと2人で行って、すぐに終わったので、記憶からさっぱり消えていた。
「もしかして、今回いらしたのは、バジリスクのことですか?」
「そうだが、君は何を想像していたのだ?」
「いえ、なんでもありません」
ラッキーの文字が虹色に輝いて、オレの周りを回った。
モサナラの件はバレてないらしい。
「君たちがバジリスクの退治をしたときに、そばに人がいたことに気がつかなかったのか?」
「あの山奥にオレ達以外にいたんですか?」
「いたのだ」
魔法協会からエンドリア王国の隣国ダイメンにバジリスクが現れたから退治して欲しいと依頼があった。もちろん、断ったが、珍しい薬草1本でムーが買収されてしまったのだ。
教えられた場所は、人里から獣道を通って2時間、山の谷間の石ころだらけの荒れ地だった。崖から落ちた村人が偶然バジリスクを見かけたという場所で、特別なことがなければ人が入いりそうもない場所だった。
「誰がいたんですか?」
「魔法協会の関係者…」
「今回は立ち会いの魔術師はいないと聞いていましたが」
「…の息子だ」
「息子?」
魔法協会の依頼の場合、終わった確認のために立ち会いの魔術師が同行する場合がある。だが、今回は村人の目撃証言だけだったので、空振りのことも考え、オレ達だけで行くことになっていた。
「君たちがバジリスクを退治することを魔法協会の知り合いから聞いて、わざわざ見に行ったそうだ」
「バジリスクを見たかったんですか?協会は研究用に何匹も飼っているはずですが」
スモークウッドさんは顔を横に振った。
「違うのだ」
「何が違うんですか?」
「彼が見たかったのは、バジリスクじゃない」
顔を上げて、オレと視線を合わせた。
「ムー・ペトリを見たかったのだ」
「ムーをですか」
「彼もエンドリア王国の桃海亭にくれば見ることが出来るのはわかっている。だが、桃海亭には魔法協会の監視が定期的に行われている。彼が桃海亭を見に行ったとなれば、父親の立場に影響する。だから、こっそり、ムー・ペトリを見に行ったようなのだ」
「なんで、ムーを見るんです。『ちっちゃくて、瞳が大きくて可愛い』という目と脳に異常がある人がたまにいますが、普通の人が見ても楽しくないと思いますよ」
「彼はムー・ペトリのシンパだ」
「シンパ……って、なんでしたっけ?」
「わかりやすくいうと、ムー・ペトリという存在を崇め奉っている人間のひとりだ」
「あれを崇め奉るんですか?」
崇め奉られている人物は、いま2階の自室で、腹を出して、ゴミ溜めの中で熟睡中だ。ヨダレを流して、時々腹をポリポリかいて、わけのわからない寝言をつぶやいている。
「敬愛するムー・ペトリを一目見たいと仲間と共に君たちがバジリスクを退治する現場に行ったそうだ」
「はぁ」
「ところが君たちがバジリスクを退治するのにミラーの魔法を使った。間違いないね?」
「はい、まだ子供で30センチくらいしかなかったので捕獲網では難しいと思い、ムーに魔法でミラーを出してもらいました」
30枚近い鏡でバジリスクを囲い、反射によりバジリスクを石化させた。
時間にして2、3分。あっという間に終わった依頼だった。
「ミラーで反射したバジリスクの石化の力が、木に隠れて見ていた彼に当たったのだよ」
「それは運が悪い、って、オレ達、関係ないですよね?」
「きちんと周囲を確認してやらなかったという問題がある」
「いま、木っていいましたよね。あの時、オレ達は荒れた平地にいて一番近い場所にある木は、オレ達の場所から100メートル以上は離れていましたよ」
退治するモンスターがバジリスクだとわかっていたので、オレもムーも近寄るつもりはなかった。荒れた平地の真ん中に何か見えたので、双眼鏡で確認した。トカゲの足が8本あるのを確認して、ムーが魔法の鏡で囲った。
「とにかく、反射したバジリスクの力で石化したのだ」
「石化しても治せるはずですが」
前に石化した人間をムーが魔法で治すのをオレは見たことがある。
「もちろんだ。ただ、石化したときに地面にたたきつけられて、両腕が折れてしまってね」
止まった冷や汗が再び流れ出した。
「石化で折れた場合は元通りにつけるのは非常に難しいそうだ」
「石化を解いてから腕をつける、っていうのはどうでしょう?腕のいい白魔術師ならば可能ではないでしょうか?」
「つけることは可能だが元通りにはならないそうだ。指は動かない可能性が高いと言われた」
血が巡らない頭で必死に考えた。
「いま、非常に難しいと言いましたよね。難しいということは、できるということですよね?」
「ルブクス大陸にひとりだけ、完全に修復する技術を持っている者がいる」
「その人に治療を頼めばいいのではないでしょうか?」
「今回、石になった彼の父親は魔法協会の大物で、父親とその治療が出来る魔術師は非常に仲が悪いのだ」
「息子の為なら頭をさげるくらい…」
「下げたくないらしい。そして、相手も頭を下げたくらいでは治療はしてくれないだろう」
スモークウッドさんが、オレの目をジッと見た。
「オレに治療をするよう魔術師を説得してこい、とか言いませんよね?」
「実は、そう言うつもりだ。陰に隠れて見ていた彼も悪いが、周囲に注意を払わなかった桃海亭にも責任があるということで、説得を頼む」
「頼むと言われても、オレは一般人で魔術師の知り合い……」
頭にひとり浮かんだ。
攻撃魔法も使うが、専門はおそらく医療系の白魔術師。賢者の称号を持っているから腕が一流なのは間違いない。
「…まさか、あれ、ですか?」
「そうなのだ。あれなのだ。頭を下げたくらいでは、高笑いされて終わりになりそうだと彼の父親も頭を抱えている」
「仲が悪いんですか」
「知っての通り、あれは、礼節とは無縁に生きている。父親は名家の出身で、魔法協会の役員を代々務めている。あれのことを快く思っていないのはしかたないが、会議の席で礼儀を知らないと罵倒したのだ」
「父親が悪いです。この際、息子の腕はあきらめてください」
「両足をテーブルにのせて、干し肉をかじっていたのだ」
「たとえ、酒をラッパ飲みにしていても、そこは黙っておくべきでした」
「わかっている。こんことになるとわかっていたら、彼の父親も賢者ダップを怒らせはしなかっただろう」
賢者ダップ。暴力賢者と呼び名を持つ白魔術師。
容姿端麗、長身で彫りの深い顔立ちの美形だ。見た目は白皙の美青年だが本名がルイーザ・ダップというように、実は女性だ。
「その石化した息子ですが、美青年ですか?」
ダップは美形好きだ。美しければ治してくれるかもしれない。
「ウィル・バーカーと同レベルだ」
「それじゃ、無理ですね」
「無理だな」
スモークウッドさんが胃を押さえた。
オレもムーも頻繁に魔法協会に呼び出されてスモークウッドさんに怒られるが、オレ達の為に便宜をはかってくれるのもスモークウッドさんだ。
「時間をいただけるのなら、ダップ様がお茶を飲みに来たときにシュデルに説得させますが」
豪華な手料理を振る舞えば、うなずいてくれるかもしれない。
もちろん、材料費はスモークウッドさんに持ちだ。
「私も石化についてはよく知らないのだが、破損しなければ問題ないが、破損した場合は修復を急がないと元通りにつかなくなるらしい。できたら、急いで頼みたい」
「そういわれても、シュデルはハーン砦にはいけませんから」
あそこには魔法道具がたくさんある。シュデルを連れてはいけない。
「ウィル、こんなことは言いたくないが」
スモークウッドさんが声をひそめた。
「彼の父親は大金持ちだ。お礼に金貨100枚はかたい」
「はぅ…ここどこ、しゅ」
ムーが目をこすった。
熟睡していたが、ようやく目が覚めたらしい。
「どこだと思う」
「海の匂いがするしゅ」
「海に近いな」
ただいま、オレはムーを小脇に抱えて歩いている。
目的地はもちろん北のハーン砦。
スモークウッドさんに飛竜を手配してもらい、近くまで送って貰った。あとは砦に歩いて向かう。
右腕にはムー、左手にはダップ様の好物、モールさんのベーコンの塊を持っている。
海辺に建つハーン砦が見えてくる。
「婆の家が見えるしゅ」
「今日はダップ様の邸宅と言うように」
「………放すしゅ!」
「放さない」
逃げようと暴れ始めたムーを腕ごと脇に抱え込んだ。
「婆の家に行きたくないしゅ!」
「ハーン砦までは行かないから安心しろ」
シュデルの話だと、ダップは家にいるときは朝と夕方、必ず散歩をする。その時をねらって話しかけるつもりだ。
ダップが在宅しているなら、まもなく出てくるはずだ。
オレ達が林の小道を歩いていると、前でバキッと音がした。枝が折れる音に似ているが、もう少し大きな音だった。
「くそったれぇー!」
ダップの回転蹴りで、若木の幹がバッキリと折れた。
「何しに来やがった」
まだ、かなり距離があるのに、オレに気づいたようだった。
オレは機嫌を損ねないように、小走りに近寄った。
「お久しぶりです。お元気ですか?」
「道具屋を蹴り殺すくらいの元気はあるな」
ご機嫌斜めらしい。
「あのですね」
「バカの息子の治療ならしないぞ」
すでに用件は知っているようだ。
他の人なら『腕が動かないのは可哀想です』とでも言って情に訴える方法もあるのだが、相手がダップとなるとそうはいかない。
「ベーコンいりませんか?」
「そいつは、もうオレのものに決まっているだろ」
目つきがグレた鷹のようだ。
シュデルが欲しい。
だが、代わりで我慢するしかない。
「ムー、いりませんか?」
「いらねえよ、そんなもん」
あっさりと断られた。
シンパがつくほどのカリスマ魔術師も、ダップには『そんなもん』らしい。
「何かあったのですか?」
「モサナラの供給がしばらくストップするんだとよ」
ひきつりそうな顔を笑って誤魔化した。
「モサナラって、麻薬ですよね。ダップ様、麻薬を使うんですか?」
「使うに決まっているだろ、オレ様を誰だと思っている」
「もしかして、モサナラは医薬品として使えるんですか?」
「痛み止めとしては一級品だな」
「魔法じゃ代わりにならないんですか?」
「今日も元気にバカだな。魔法で出来ることなど限られている。治療のほとんどは薬にきまっているだろ」
「はあ」
悪気はなかったが、モサナラを枯らしてしまって悪いことをした気になってきた。
「くっそっ、足元をみやがって」
ダップの足が幹を蹴った。
ミシリとイヤな音をたてる。
「カトヅ公国のくそったれ共は、しばらくの間、薬の値段を10倍にすると言ってきやがった。使えねえだろ、高すぎてよ」
「そんなに高くなるんですか?」
「元々高いんだよ。カトヅ公国が独占しているからな」
「他のところでは作れない植物なんですか。特殊な気候や土壌でも必要なんですか?」
「ちげぇよ。気温が低ければ、どこでも育つらしいが、モサナラは三倍体なんだよ。苗がなけりゃ、どうにもならねえ」
三倍体は種を作らない。増やすのにはモサナラの苗か球根や必要になる。
名案が浮かんだ。
「モサナラの苗を手に入れたら、治療してくれますか?」
ダップは一瞬目を見開いた。そして、爆笑した。
「ああ、してやるよ。腕をきれいに元通りにして、ついでに石化も解いてやるから、オレのところにモサナラの苗をもってこい」
「わかりました。では、これを」
ベーコンを差し出した。
「相変わらず、うまそうだな」
ご機嫌は直ったようだ。
「では、急いでもって参りますので、少々お待ちください」
「うまくやれよ」
「はいしゅ」
栽培地はわかっている。
今は枯れているかもしれないが、根ごと手に入れれば、苗として使えるようにできるかもしれない。
オレとムーは苗泥棒として、再び栽培地に向かった。監視があるのはわかっていたので、準備はして行った。
「これでいいしゅ」
栽培地から100メートルほど離れた場所に、魔法で鏡を出現させた。位置を調節し、石化したバジリスクを檻の中に入れた。
次に栽培地に向かって爆竹を投げ込んだ。
破裂音が響き、どこからきたのだろうかというほどの大勢の男たちが栽培地に現れた。
「侵入者がいるぞ」
「探せ!」
栽培地に数十人の男たちが散らばった。
ムーが小声でバジリスクの石化を解いた。
バジリスクの石化能力が並べられた鏡に反射した、放射状に栽培地に広がった。
男たちが石化した。
「よし、うまくいった。鏡の角度を変えろ」
再びバジリスクが石化した。
ムーが魔法の鏡を消して、オレは石になったバジリスクを背中のリュックにしまった。そして、代わりにリュックから大きな布の袋を取り出した。
「枯れた苗で大丈夫だよな?」
「大丈夫しゅ。がっぽりいくしゅ」
袋に詰められるだけ詰めて、逃げ出した。
3キロほど離れたところで、ムーが石化解除の呪文を栽培地の方に向かって放った。
安全圏からの長距離魔法。
ムーの巨大魔力バンザイ!
「最初に言っておく。話はひとつではない」
やってきたガレス・スモールウッドさんは、胃を押さえながら言った。
「まず、賢者ダップは壊れた腕を修復して石化も解いてくれた。君たちの働きがあったてのことだと思う。このことについては、彼と彼の父親共々心から感謝する」
礼金、礼金、とスモールウッドさんに向かって念じた。
命がけでモサナラの苗を盗んだのは慈善事業じゃない。
「君たちのことは前もって彼の父親に伝えておいた。気持ちばかりの礼だと金貨100枚を渡したと聞いている」
オレの頭にはてなマークが浮かんだ。
「いま、渡したと言われましたか?」
「言った」
「貰っていませんが」
「そうだろうと思った」
オレの頭に再びはてなマークが浮かんだ。
「ウィル、彼の父親は賢者ダップに礼として金貨500枚を渡したそうだ」
「500枚ですか。すごい金額ですね」
「治療前にさりげなく賢者ダップが金額を口にしたそうだ」
「子供を思う父親の気持ちにつけ込むとは、さすがダップ様、鬼です」
「500枚を渡そうとしたとき、賢者ダップから桃海亭にはよく行くから、礼金は自分が預かってやると言ったそうだ」
「まさか」
「礼も言いたいから自分で渡すと言ったそうだが……まあ、その後は察してくれ」
スモールウッドさんが顔をしかめた。手は胃を押さえたままだ。
「………わかりました」
ダップがその気なら、消えた100枚、別の方法で手に入れるまでだ。
「ウィル、最初にいったように大切な話がもうひとつある」
「なんでしょうか?」
「賢者ダップがモサナラの苗を手に入れたそうだ。栽培をするからモサナラの粉末を買わないかと、魔法協会に打診してきた」
「それで魔法協会はダップ様から買うのですか?」
「いま意見が割れている。先日、カトヅ公国がモサナラの粉末の価格を10倍に値上げすると連絡をしてきた。賢者ダップの価格はその半額だ。多少品質が悪くても見合う値段だ。だが、どうもすっきりしないのだ。カトヅ公国が苗を売るはずがない。苗を盗もうと考えた者は昔から数多くいたが、最高機密事項である栽培地の場所を見つけだした者はいない。なぜ、いま賢者ダップが手に入れられたのか。そこがわからない」
オレと視線を合わせた。
「ウィル、説明してくれないか?」
「なぜ、オレに聞くんですか?」
「君たちが賢者ダップを説得した方法がわからない。情に訴えてなんとかなる人間でないことはわかっている。それと、もうひとつ、奇妙な出来事があった」
オレから視線をそらさない。
「賢者ダップが治療を申し出でてくれた2日前、カトヅ公国の博物館に展示されていた石化した大蛇の、石化が解けて動き出したのだ」
「へっ?」
「ガラスケースに入っていたために被害はでなかったが、誰もいない夜間に起きたことを不審に思った博物館は、カトヅ公国の魔法協会支部に調査の依頼してきた。調べてみると奇妙なことがわかった。周辺の街の学校や資料保管所などにあった石化した生き物の石化が解けていたのだ。石化が解けた時間は博物館と同時刻。石化解除がおこったのが夜間で、どれもケースにはっていた為、こちらも被害はなかった」
被害なし。
優しい響きだ。
「誰かによって広範囲に石化解除の魔法がかけられた。ここまではすぐにわかったのだが、さらに調査を進めようとした時、カトヅ公国から調査中止の命令が届いた。理由を問い合わせたのだが、周辺の地域に協会関係者が調査に入った場合、殺害する可能性も示唆してきた」
スモールウッドさんがフゥと息を吐いた。
「ウィル、苗を手に入れたのは、君たちか?」
「はい、そうです」
「えっ」
即答するとは思っていなかったらしい。
スモールウッドさんは目をしばたいた。
「オレ達が盗んで、ムーの魔法で苗を元気にしてダップ様に渡しました。そして、石化した男性の修復を引き受けて貰いました」
「どうやってモサナラの栽培地を知ったのだ?」
「そちらは企業秘密です」
笑顔で誤魔化した。
「それより、魔法協会はモサナラの苗が欲しくありませんか?」
「あるのか!」
「あります。金貨100枚でお売りします」
ダップは苗を独占して莫大な利益を手にするつもりだっただろう。
魔法協会には無料で譲渡するつもりだったが、ダップに横取りされた金貨100枚、魔法協会からいただくことにした。
「金貨100枚で買ってもいいのだが、それよりも」
「大丈夫です。オレ達が盗んだ苗は、ダップ様、魔法協会、それとあともう1カ所の、全部で3カ所にしかお渡ししません。どこもモサナラがどのような植物であるかわかっていますから、麻薬の栽培は行わないと思います」
譲渡先には、苗を増やして販売する、とか、麻薬を大量製造する、とか、やらないところを選んだつもりだ。
「最後の1カ所が、どこなのかを話す気はなさそうだな」
「ありません」
「わかった。エンドリア支部に支払いをするよう伝えておこう」
「では、これを」
用意しておいた苗入りの保冷箱をスモールウッドさんに差し出す。
スモールウッドさんは中身を確認した。立ち上がって箱を抱え、店から出ていくときに振り返った。
「そうだ、ウィル、念のために言っておこう」
「なんでしょうか?」
「君は知らないかもしれないが…」
そこで一度区切ってから、話を続けた。
「カトヅ公国の殺し屋は非常に腕がいい。気をつけるように」
「これ、オレからのプレゼント」
「おぬしからプレゼントとは、どのような風の吹き回しだ」
「国に帰れると皇太子から聞いたんだ。よかったら、使ってくれ」
リボンのかかった箱を渡した相手は、ハニマン爺さん。
リュンハ帝国の前皇帝だ。
「息子たちが、帰ってこいとうるさくてな」
つまらなそうな顔で箱を受け取った。
「開けてもよいか?」
「もちろん」
皺だらけの手で器用にリボンを解いていく。
「桃海亭に、どこから依頼は入っていないのか?」
「いまは入っていないけど、爺さん、何かあったのか?」
「長期間の依頼とかないのか?」
「はあ?」
「留守にするなら、わしが桃海亭をしばらく預かってもいいぞ」
顔がひきつった。
リュンハ帝国の前皇帝の店番。
ハニマン爺さんなら、盗賊などものともしないだろうが、敬愛する前皇帝店番にしたと知ったリュンハ帝国の方々が、オレ達にどんな報復行動をとるか想像するのも怖い。
「バレなければ問題ない」
オレの考えを読んだかのように、返事を先に言われた。
リボンをはずして、箱の開いた。
爺さんの目が別人のように鋭くなった。
「………なんの苗だ?」
「モサナラ」
数秒の沈黙、そのあと爆笑。
しばらく笑った後、爺さんは目尻についた涙を袖で拭った。
「リュンハ帝国の前皇帝という存在を、このように使うのはおぬしくらいだ」
「勘違いしないでくれ。爺さんの国ならモサナラはよく育つだろうし、爺さんほどの力がないと管理できない代物だから爺さんに渡すだけだ」
「それだけか?」
爺さん、意味深な笑顔を浮かべている。
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけあるけどな」
万が一の保険だ。
現在モサナラの苗を持っているのは、本来の所有者カトヅ公国、オレ達が譲渡したダップ、魔法協会、そして、桃海亭のチビ魔術師ムー・ペトリ。
カトヅ公国は重視していない。苗の拡散を防ぎたいだろうが、すでに魔法協会に苗は渡っている。ダップだけならば殺せば取り返せるが、魔法協会に渡った以上独占は不可能だ。
問題なのは魔法協会の使い方に問題があったときだ。麻薬を作ることはないだろうが、ダップと手を組んで価格を操作する可能性はある。その時のために、モサナラの粉の価格を暴落させる手段が必要だ。
爺さんの国は栽培に適した寒冷地で、広大な大地がある。
「麻薬を作るとは思わないのか?」
「爺さんが?」
オレは驚いたふりをした。
ムーとの戦いを見てわかったことがある。
爺さんは最前線で戦っていた。
魔法という後方支援でも可能な力を持ちながら、爺さんは最前線で自分の命を危険にさらしながらギリギリの戦いをしていた。何度も傷つきながら、数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきたはずだ。それでなければ、あの戦い方はできない。
最前線に出た理由は、国を統治する者として敵国だけでなく自国の者にも力を見せつけるには必要なことだったかもしれない。戦略的な意味合いも多かったかもしれない。それだけならば、常に最前線に立つ必要はない。
たぶん、爺さんは自軍の兵士の傷つくのがイヤだったのだ。
「おぬしは本当に面白い。そうだ、ワシの代わりにリュンハに行け」
「はあ?」
「ワシが桃海亭を引き継ぐ。おぬしはリュンハでワシの代わりに働く」
「桃海亭にはオレだけでなく、ムーとシュデルいるんですが」
「安心しろ。2人ともワシが面倒をみてやる。チビのしつけもやってやる」
たしかにムーをぶっ飛ばせるのは、大陸広しといえども爺さんだけかもしれない。
「ついでに、オレの面倒もみてくれませんかね?」
爺さん、商才もありそうだ。
店は爺さんに任せて、店員としてのんびり働かせて貰えれば、いまよりかなり楽な気がする。
「ふむ、いいかもしれん」
爺さんが顎に指を当てた。
「そうだな。おぬしとムーで依頼を片づけ、ワシとシュデルで店をやれば、来年には支店のひとつも出せるかもしれん」
「いや、オレは店でのんびりと」
「なにをいっておる。おぬしの才能は命が消し飛びそうな状況で命が消し飛ばないところにあるのであって」
「やっぱり、店はオレがやります」
「安心しろ、ワシがいま最高のプランを考えてやる」
「あの、オレで遊ぶのはそれくらいにして、そろそろ出立の支度をしないとまずいのでは」
考え込んでしまって、オレの声は聞こえないようだ。
おれは爺さんをそのままにして店に帰ることにした。
プランを考えても、爺さんは明日にはリュンハ帝国に出立だ。別れは寂しいが、爺さんには戻らなければならない場所がある。
キケール商店街に入ったところで矢が飛んできた。それを避けると、青い革の鞭をもった5人組がオレの前に立った。鞭からはジュウジュウと革が焼ける音と匂いがする。いちおう名前を聞いたのだが、無視して襲ってきた。鞭の柄にはカトヅ公国の紋章。物騒な品だが支給品らしい。何本もの長い鞭が絶え間なく、落ちてくると、長縄を使った縄跳びをしている気になる。敵が疲れて息を切らせたところで、桃海亭に飛び込んだ。シュデルの魔法道具があるから、最近は店の中に入ってくる刺客はいない。
「店長、おかえりなさい」
「疲れた」
店の奥に入ろうとしたオレは、食堂から出てきた影に行く手を阻まれた。
「よう」
「ご機嫌いかがですか、ダップ様」
「いいと思うか?」
「疲れているので、話はあとで」
「今でも後でも、たいして変わらねえよ」
ダップが腰に差していた金色のメイスを抜いた。
「モサナラの苗をばらまきやがって!」
振り下ろされたメイスを後ろにジャンプして避けた。
「地獄に行きやがれ!」
ブンブンとメイスが音をたてて回り出した。
逃げる場所は店の外しかない。だが、店の外には鞭を持ったカトヅ公国の刺客が、オレが出てくるのを待っている。
前には暴力賢者、後ろには鞭の刺客。
どうやって逃げようかと、オレは必死に考えた。