6話
「なるほどね。そういうことだったのかあ。いきなりあんな場面に出くわしたからびっくりしちゃったよ」
リリーはスープを飲みながら呟いた。
「ほんとにもうタイミングが悪すぎですよ。まったく、カレルが変なものを食べさせるのが悪いんだから」
「とか言って美味しいっていいながら食べていたじゃねえか」
「それは言葉のあやよ。せっかく作ってもらったのに不味いなんて言えないじゃない」
「その割には結構食べてたくせに」
「うるさいわね。食べ物を残さない主義なのよ」
リリーがカレル達の様子を見ながら安心したように微笑んだ。
「意外と仲良くやってるのね」
「「仲良くない」」
「ほら、そういうところが息ぴったりじゃない」
「どこをどう見たらそんなことを言えるんですか。私は一刻もはやく違う部屋に移りたいですよ」
エレナが不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「俺も一人部屋の方が楽でいいんだけどな」
「それって私と居るのが嫌ってこと」
エレナはムッとしてカレルを睨みつける。どうしてエレナが不機嫌な表情をしているのか理解できなかった。カレルに対して一緒にいたくないと言っておきながら自分が言われるのは嫌なのだろうか。なんという理不尽。
「そこまではいってないだろう。俺はお前と一緒に生活できて楽しいけど、俺がいることで迷惑になるなら一人の方が良いと思っただけだよ」
もちろん、方便だ。ここで反感を買うようなことを言ったらまたさっきと同じようなことの繰り返しになるからな。
「え、その、別にそこまで気にしなくても大丈夫だから。私も、えっと、そんなに嫌じゃないし」
エレナは先ほどまでの表情とは打って変わってしどろもどろと言葉を紡いだ。その様子を眺めながらリリーがにやにやと笑みを浮かべている。そして食べかけの夕食を一気に流し込むと、がたっと席を立った。
「ごちそうさま。それじゃ私はやり残した雑務があるから、これで退散させて頂きますよい」
カレルに向かって小さくガッツポーズを見せた。いやいや、なにか誤解をしてるんじゃないか。良いムードなんだから頑張れよ、みたいなことを思ってるんだろうけどそんなことは一切ないからな。いきなり褒められたことに戸惑って恥ずかしがってるだけだろ。カレルが声をかける間もなく、リリーは手際よく荷物をまとめて部屋から出ていった。嵐が去ったような静けさが訪れる。
「学園長ってなんか変わった人なのね」
「まあ、昔からあんな感じだからな」
「学園長と知り合いなの」
「ああ、まあ、ちょっとな」
カレルは内心慌てていた。リリーとは昔からの戦友なのだ。彼女との関係を伝えるということはカレル自身の過去を伝えることになってしまう。そうすれば任務内容についてエレナにバレてしまう可能性がある。どうしようかと考えていると、エレナが興味津々と身体を乗り出してきた。
「平民のあなたがどうやって学園長と知り合いになったのよ」
「昔、死にそうになった時に助けてもらったことがあってな。それがきっかけで学園にも入学させてもらったしな」
「そういうことね。というかコネで入学してきたのね。あなたが死にかけた話よりそっちの方が驚きだわ」
「別にコネじゃねえよ。ちゃんと実力があって入学したんだからな」
「魔術が使えない人間がどうやって入学できるっていうのよ。コネしかないでしょう」
「魔術だけがすべてじゃないだろ。体術と魔術知識は全学年でトップだと言っても過言ではないな」
「……何を持ってトップだと言い張ってるのかしら。もしそれが本当だとしても魔術師相手に肉弾戦で挑もうなんてただの馬鹿よ。それこそ魔術知識がちゃんとあれば、近づく前にやられるのは自明でしょうに」
エレナは首を振って溜息をつく。カレルの言葉をまったく信じてはいない様子だ。
「知識が浅い奴はみんなそう言うんだよな。何の装備もいらない体術こそが戦場で最も役に立つ武器だってことを知らないんだ」
エレナが吹き出しそうに笑いを堪えている。
「はいはい、わかったわかった。カレルはすごいねえ」
「何も分かってないだろう」
「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃないの。魔術なんてすぐに使えるようになるわよ」
エレナが無駄な気遣いをしてカレルのことを励ます。いますぐこいつをぶん殴りたい。カレルはもやもやした気持ちを押し隠すように食器を片づけはじめた。
「あ、片づけくらいは私がやるから大丈夫よ」
「そうかい。じゃあ頼むわ」
「どこに行くの」
「ちょっと外に行ってくる」
カレルは胸ポケットにしまってある葉巻を確認して部屋から出ていった。やれやれ、めんどくさい学園生活になりそうだな。
「なんで起こさないのよ」
エレナが鬼のような形相で騒いでいた。髪の毛がところどころ飛び跳ねていて寝癖を直す余裕がなかったのが見て取れる。寝起き姿のままリビングにやってくると、ソファでくつろいでいたカレルに向かって怒鳴りつけてきた。朝っぱらから元気の良い事だ。
「無断で部屋に入るなって言ったのはお前だろ」
「それでも遅刻してるのだったら、普通は起こすでしょ」
現在の時刻は9時45分。すでに始業のベルが鳴り響いて授業が始まっている。
「そう思うならドアのところに呪詛を仕掛けるなよ」
エレナの部屋の扉にはびっしりと大量の紙が貼ってあった。触れるだけ魔術が発動する簡易式のトラップだ。そのために、ドアノブに触れることすら出来なかった。仕方なくエレナを起こすことを断念したのだ。
「それはあんたが夜這いに来たら怖いからよ。変態と一緒に暮らしてるのだからこれぐらいの処置は当たり前でしょう」
「襲われたら魔術を使えば良いだろう。お前の方が強いんだから、夜這いなんてするか」
「そう言って私が油断した隙を狙っているんでしょ」
「そんな訳あるか。俺は合意なしにヤるほど野蛮じゃない」
「なななな、なに言ってるのよ。朝から変なこと言わないでよ」
「お前が夜這いとか言うからだろ」
「うるさいわね。……もしかしてそういう経験があったりするの」
「そういうってどういう経験だ?」
「夜這いというか、その、女の子と……」
エレナが下を向いて手をもじもじとしている。からかい甲斐のある奴だ。
「よく聞こえないけど、なんだって」
「もういいわよ。それより早く学校に行くわよ」
「朝飯は食わないのか?」
「そんなもの食べてる暇ないでしょ」
「もう遅刻してるんだから飯ぐらい食べてから行こうぜ」
「馬鹿。どういう考えしてるのよ。これだから平民はダメなのよ。私は先に行くからね」
「分かったよ。じゃあ俺も行くか」
「はやく起きてたのなら、先に行けば良かったのに」
「俺もさっき起きたばっかだからな」
「それならもっと焦りなさいよ。なんでソファでくつろいでいる余裕があるのよ」
「焦ったところで遅刻は確定だからな。それならゆっくりしてから行こうと思って」
「その余裕を少しでも分けて欲しいわ」
エレナが首を振って溜息をついた。
教室についた時には、エレナは息を切らしていた。
「よく、そんな平気な顔してられるわね」
「なにいってるんだ。こんなもんで息を切らす方がダメだろ」
「これでも体力には自信があったんだけどね」
「さっさと教室に入るぞ」
カレルが教室のドアを開いた。しかし、だれの姿もなかった。黒板には闘技場に来るようにメッセージが書かれていた。
「そういえば、今日は模擬試合を行うって言ってたわね」
「何だそれ」
「昨日、ゴードン先生が言ってたじゃない。新入生の技術を図るために、模擬試合をするって」
「じゃあ、俺は棄権枠ってことか」
「お気の毒ね。まあ、私の戦いを見て魔術の扱い方を学んでればいいのよ」
エレナが上機嫌でつぶやいた。
「しっかりと目に焼き付けてやるよ」
そう言って、カレル達は闘技場に向かっていいた。