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5話

部屋に戻ってみたものの、エレナの姿は見当たらなかった。あいつ、どこにいったんだ。学園の敷地内から外に出るには手続きが必要となる。


適当に校舎を探索していれば見つかるだろう。少し探して見つからなかったら、素直に諦めよう。どうせすぐに戻ってくるだろうし。いくつか校舎の中を回っていると、外から騒ぎ声が聞こえてきた。


廊下の窓から外を眺めてみると、人影のない校舎裏でフェルミの姿を見つけた。フェルミは取り巻きを従えて何やらもめごとをしているようだ。何が楽しいのかね。カレルはそのまま立ち去ろうとしたが、視界の端に思わぬものを見つけてしまい思わず足を止めた。フェルミと対峙するように金髪の少女が取り巻きに囲まれている。エレナだ。


「なんだか、めんどくさいことに巻き込まれてそうだな」


カレルは急いで校舎裏へと向かった。柱の陰に隠れて彼らの様子を探った。エレナを助けに行こうと思ったが、ふと考えて足を止めた。


「俺が止めに入ったら余計に悪化しそうだな」


周囲には人影がなくて誰の姿もなかった。


「嫌よ。なんで私があんたなんかの妾にならなきゃいけないのよ」


エレナの叫ぶ声が聞こえた。いきなり話が飛躍している気がする。今の時代に妾なんてものが存在するのか。完全に都合の良い女っていう意味だろうな。


「悪い話ではないだろう。俺の傍にいれば無事に学園生活を過ごすことが出来るぞ」

「なにいってるのよ。あなたの傍にいる方がよっぽど危険よ」

「わかってないな。俺の頼みに拒否権はないんだ」

「あいにくだけど、強気な男は嫌いなのよ」

「手荒な真似はしたくないんだけどな」

フェルミが合図をすると、取り巻きの男達が詠唱を始めた。これは不味い展開になってきたな。

「こんな所で魔術を使えば、すぐに誰か来るわよ」

「ただの威嚇さ。それに魔術を使っても、傷つくのは君だけだからね。僕はただ、素直になって欲しいだけなんだよ」

「それはどうかしら。私だって魔術には少し自信があるのよ」


エレナの右手から風呂場で見たものよりも大きな球体が出現した。


「いいね。簡単に手に入ってはやりがいがないからね。そんなことされるとますます欲しくなっちゃうよ」


今にも一触即発の緊張感が漂っている。さすがにこれ以上放置していたら危ないな。


「その辺にしといたらどうだ」


校舎裏から出てきたカレルがエレナを庇うように立ちふさがる。


「またお前か。魔術が使えない下人は黙っていろ」

「見るに見かねる現場に遭遇してしまったのでな。素通りする訳にはいかないだろう」

「困ったな。そう言われてはこちらもただで見逃す訳にはいかなくなったな」


フェルミとその取り巻きは口角をあげた。


「ここは話し合いで解決してほしいところなんだけど」

「貴様が地に伏してから、彼女とゆっくり話し合いしてやるよ」

「おいおい、そんなことをしたらゴードン先生が黙ってないぞ」


カレルは薄ら笑いを浮かべて呟いた。


「……そういうことか。自分の身で何もできない下人野郎が。調子に乗ってられるのも今のうちだぞ」


フェルミは取り巻きを従えて校舎裏から姿を消した。

彼らの姿が見えなくなると、エレナはその場に座りこんだ。


「大丈夫か。あいつらに何もされてないか」

「ありがとう、私は大丈夫よ」

「それにしても、なんであいつと揉めてたんだ」

「知らないわよ。校舎裏にいたら、いきなり囲まれたの。あなたが先生を呼んでくれたおかげで助かったわ」

「あれは嘘だ。あいつらが勝手に勘違いしただけだ」

「よくそれで自信満々に登場できたわね。私の身よりも自分のことを考えるべきじゃないの」


「泣きそうな面をしてるお前をみてたらほっとけなくてな」

「別に泣きそうじゃないわよ。私くらいなら何人でも相手に出来るんだから」

「わかったわかった。そういうことにしといてやるよ」

「全然わかってないじゃない」

「話はあとで聞いてやるから。とりあえず、部屋に戻ろうぜ」

「先に帰ってて」

「なに言ってんだ。あんなことがあったばかりで一人にさせる訳にはいかないだろう」

「少し休んだら、私も部屋に向かうから」

「もしかして、腰が抜けて立てないのか」

「……うるさい」


エレナは顔を真っ赤にしてつぶやいた。


「しょうがねえな。連れてってやるよ」

「え、ちょっと待って。何してんのよ、変態」


エレナの腰に手をまわしてお姫様だっこの形でエレナを持ち上げた。


「こうすれば、万事解決だろ」

「私に触りたいだけでしょ。早くおろして」

「暴れるな。腕が痛むだろ」


その言葉を聞いてエレナは暴れるのをやめた。


「あ、ごめんなさい」


エレナが申し訳なさそうにうつむく。


「私が掴んだぐらいで痛めたのに、腕大丈夫なの?」

「新しい包帯で巻きなおしたから、しばらくは平気だ」

「そういうものなんだ。早く治るといいわね」

「時間が経てば勝手に治るさ」


しばらく歩くと夕暮れで赤く染まる学園量が見えた。夕日に照らされてエレナの顔も赤く染まっていた。


「もう立てるから大丈夫よ」


エレナは周囲の人目を気にしながら呟いた。おぼつかない足取りで地に足をついた。


「仕方ないから、今日だけは私の部屋に泊めてあげる」

「俺の部屋でもあるんだけど」

「私が先に来たんだから、私の部屋なの」

「はいはい、もうそれでいいよ」

「本当だったら、楽しい学園生活を満喫するはずだったのに」

「まるで俺が元凶みたいな言い方だな」

「よくわかってるじゃない。あんたのせいで初日から大変だったのよ」

「じゃあ、お詫びに夜飯は俺が作ってやるよ」

「へえ、料理なんてできるんだ。どこで習ったのよ」

「色々と自炊する機会が多かったもんでな」

「ああ、そっか。平民だったものね」

「なんか棘がある言い方だな」

「そんなことはないわよ。気にしすぎだって」


他愛ないことを話しているといつの間にか学生寮に到着した。


「それじゃ俺は食材を買ってくるよ」

「わかったわ。それじゃ先に部屋に戻ってるね」

「はいよ」


フェルミとのいざこざで疲れたのだろう。エレナは借りてきた猫のように素直に部屋へ寮へ入って行った。これぐらい聞き分けの良ければ毎日が楽なのに。カレルは夕飯の食材を買いに学生寮から立ち去った。





「あら、意外とおいしいのね」


エレナがカレルの作った夕食を食べながら呟く。


「そりゃそうだ。戦場の料理屋と言われたぐらいだからな」

「なんで戦場なのよ。どれだけ野蛮な料理を作ってたらそんな名称がもらえるのよ」

「俺の手にかかれば道端に生えてる雑草でさえも一級品の料理になるからな」

カレルの言葉を聞いてエレナの顔が真っ青になる。

「まさか……この料理に雑草とか入ってないわよね」

「そんなもの入れる訳ないだろう。わざわざ買い出しに行ったのに、そんな面倒なことするかよ」

「そ、そうよね。びっくりしたわ。平民の食生活なんて知る機会ないからさ。もしかしたら、雑草とかぽいぽい入れるかもしれないなって思ってね」

「いや、俺が雑草を食べてたのは食糧が尽きて飢えをしのぐためだからな。普通の平民はもっとまともな料理を食べてるだろうよ」


「あ、ごめんなさい。そうよね。あなたがまともな生活を送れるような人間じゃないものね」

「おい、何か誤解してるんじゃないか。別に俺は金に困ってそういうの食べたんじゃなくて戦場で食糧が尽きたから食べたんだぞ」

「別に気にしないから、恥ずかしがらなくてもいいじゃない」


カレルの言葉をまったく信用せずに照れ隠しに言い訳してると思ってるようだ。カレルは溜息をついて肩をすくめた。これい以上何を言ってもエレナの耳には届かないだろう。


「あ、このお肉おいしいわね」

「おお、良いところに目をつけたな。今日の料理の中で一番の素材だからな。さすが貴族なだけはあるな」

「ふふん、そうでしょう。美味しいものしか私の舌は受け付けないのよ」


エレナがパクパクと料理を口に運びながら呟いた。


「このお肉、なんだかコリコリしてて少し特徴的ね。今までに食べたことがないお肉かも」

「ああ、その肉はちょうど買い出しの帰り道に見つけたんだ」

カレルの言葉を聞いて、エレナはハッとして手を止めた。

「一応、聞きたいのだけれど、このお肉って牛か豚のどちらかよね。それ以外に学園で売ってる肉はないもの」

「牛でも豚でもないぞ」

「じゃあ何なのよ」


エレナがか細い声で尋ねた。手に持ったスプーンが震えていた。


「カエルだ」

「…………」


少しの沈黙の後、エレナが真っ赤な顔で持っていたスプーンをカレルに投げつけた。


「なんてもの食べさせるのよ。馬鹿じゃないの」

「さっきまで美味しいって言って食べてたじゃねえか」

「それとこれとは話が別よ。ゲテモノを食べて喜ぶ人間がいると思ってるの」

「ただのカエルじゃないんだぞ。市場では滅多に手に入らないトラガエルだぞ。一匹10万以上の値が張る最高級品なんだからな」

「そんなの知らないわよ。ゲテモノには変わりないでしょうが」


まったく女ってのは料理のことを何もわかってないな。


「せっかくうまい料理を食べてもらおうと思ってた俺の良心を理解できないとは」


カレルはやれやれと首を振る。エレナはその言葉を聞いて額に青筋を張った。


「その右腕を思いっきり握りつぶすわよ」


女の子とは思えない言葉を発してカレルに掴みかかってくる。


「おい、いきなり掴みかかってくるな。危ないだろう」

「うるさいわね。あんたも同じ苦しみを味わいなさい」

「やめろ。触るな。だったら俺が代わりにカエル肉を食べてやるよ」

「それじゃただのご褒美じゃないの。同じ苦痛を味あわせるまで許さないんだから」


エレナと押し問答をしているうちに足が絡まって両者ともに床に倒れてしまった。エレナはその好機を逃さないかのように迅速にカレルの上半身に馬乗りになる。


「これでもう逃がさないんだから」


エレナはしてやったりという顔をしてカレルの右腕へと手を伸ばす。

その時、突然リビングのドアが開く音が聞こえた。


「やほー、トラガエルを食べに来たよ」


リリーが手土産の紙袋を片手に持って、部屋に入ってきた。カレル達はお互いに暴れることをやめてリリーの姿を直視する。突然の来訪に、エレナは固まった表情のままリリーを見つめる。


リリーはカレル達の姿をみると持っていた紙袋を床に落とした。視線をおろおろと彷徨わせている。


「あ、ごめん。えっと……お取り込み中だったよね。すぐに出てくからごゆっくりどうぞ」


リリーは見てはいけないものを見てしまったという表情をして急いで部屋から出ていった。


「待って、違うの。誤解だから」


そう言って、エレナは急いでリリーの後を追いかけて部屋から飛び出した。


「一体なんだっていうんだ」


誰もいなくなった部屋にカレルは床に寝転がったまま溜息をついた。


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