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4話

校長室から出て、指定された教室に向かった。先ほどまで人混みでにぎわい溢れていた廊下は閑静としていて誰の姿もなかった。


「もうこんな時間か。少し急がないとな」


カレルは歩くスピードをあげて教室に向かった。道に迷いながらもどうにか遅刻する前に辿り着くことが出来た。


教室はたくさんの人であふれていた。自分の席を見つけて座る。確か、エレナって言ってたな。辺りを見回すと、一人の少女が視界に入った。さっき校舎裏でぶつかった少女だった。少女もカレルの姿に気が付いて驚愕した表情の後に、渋い顔をして睨んできた。


「今日はついてないな」

「私の顔を見て、呟かないでくれるかな」

「お前も新入生だったのか」

「残念ながら、あんたも新入生だったのね。今日はついてないわね」

「俺の言葉をまねるな」


教室のドアが開いて若い男が入ってきた。


「ほら、席につけ。ホームルームを始めるぞ」


担任の教師は寝癖の残ったぼさぼさの頭を掻きながら教室中を見回した。そして黒板の前に行くと細い筆圧で自分の名前を書きはじめる。


「まずは自己紹介からだな。俺はお前らの担任のゴードンだ。あまり不祥事を起こしてくれるなよ。俺の給料が下がっちまうからな」


早く帰りてえと言葉を漏らしながら生徒名簿を眺める。こんな教師で本当に大丈夫なのか。


「とりあえず、お前らに自己紹介してもらうか。そっちから順にやっていけ」


端っこから順番に前に出てきて自己紹介をしていく。何人かの自己紹介が終わると、先ほどの少女の番が回ってきた。


「エレナと申します。趣味は読書です。得意魔術は……」


右手を前に出すと、手のひらから球体状の水が現れた。周囲からどよめきが起こる。俺も思わず驚いてしまった。あいつが総帥の娘だっていうのか。


「水と風です。どうぞよろしくお願い致します」


俺の方を向いて自信満々に挑発的な笑みを浮かべた。もしかして、俺のことを分かっていたのか。


それから順調に自己紹介が終わっていくと、ついに俺の番が回ってきた。


「カレルと申します。趣味は鱗集めです。まだ魔術は扱えません。これから勉強していきたいと思います」


怪我のせいで魔術が扱えないのは事実だ。魔術が扱えると嘘をついてしまうよりは最初から正直に話した方が楽だろう。先ほどとは違う意味で周囲がどよめいている。魔術学園なのに魔術が扱えないという時点でおかしいもんな。


「おいおい、なんで魔術の素質がないやつがうちの学校にいるんだよ」


そんなことを考えていると、目つきの悪い男が机の上に足を投げ出しながら呟いた。


「これから学んでいきたいと思っている」

「魔術もろくに使えない低俗野郎に教えることなんざねえよな」

「弱いやつほどよく吠えるって言うのは本当だな」

「なんだと。誰に向かって言ってるのか分かってるのか」

「行儀もろくに知らない低俗野郎に言っているんだよ」

「まさかフェルミ家次期当主のフェルミ・クレイムの名を知らないなんて言わないよな」

「そんな名前聞いたこともないな。貴族って言っても腐るほどいるからな。お前のような口だけ野郎とかな」

「そこまで侮辱してただ済むと思うなよ」


フェルミが魔術を詠唱しはじめた。彼の手のひらに真っ赤な球体が現れる。


「魔術もろくに使えない低俗野郎に、『魔術』で戦いを挑むなんて貴族様のやることなのかな」

「言い訳ならベッドの上で呟くんだな」


火球が一直線にカレルに向かって飛んでくる。まったくいきなりトラブルに巻き込まれるなんてな。せまりくる火球をどうするか思案していると、ゴードンが間に入ってきた。


「いい加減にしろ。規則を犯すと厳罰処分だぞ。主に俺がな」


ゴードンの右手が火球に触れると、水蒸気が発生して火球が消え去った。水属性の魔術をぶつけて粉砕したか。さすが教師というだけあって、魔力の扱いには慣れているな。


「助かりました、ゴードン先生」


今の俺には魔術の精密な操作が難しい。相手の魔術を打ち破り、なおかつ相手を傷つけない魔力を操るのは高度な技術だ。ゴードンに感謝しているのは素直な気持ちの表れだ。ここで問題を起こして停学にでもなったら、総帥に合わせる顔がないからな。


「力がないのなら、むやみに喧嘩をふっかけるな」


そう思うのなら、フェルミに絡まれた時点で助けてくれたらいいのに。だけど、助けってもらったのは事実だから、ここは素直に謝っておくか。後々、また力を借りることもあるかもしれないしな。


「申し訳ありませんでした」


深々と頭を下げた。カレルは心の中で溜息をつく。こんなことで相手が魔術を使ってくるとは思わなかったな。次は、もう少し慎重に行動しないと。


「最初からそうしてればよかったんだよ」

「フェルミ、君も大人気ないな。こんなことで退学処分になりたくないだろう。ここではすべてが平等だ。以後、気をつけたまえ」

「りょうかいしました。以後、『平等』に彼と接することにします」


フェルミは素直にゴードンの言葉を聞きいれると、席に座った。その後はぎこちない雰囲気の中、自己紹介が進んだ。最後の人物が自己紹介を終えると同時に授業終了を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。


「もうこんな時間か。今日はここまでだな。明日からは授業があるから、適度に頑張ってください」


ゴードンが教室から出て行った。同じくフェルミも取り巻きを従えて教室を出て行った。フェルミが立ち去ったことで教室の雰囲気が少し和らいだ。


「フェルミに喧嘩を売るなんて、あんた馬鹿なんじゃないの」


エレナが周りに聞こえないように呟いた。


「あいつってそんな凄い奴なのか」

「本当に知らなかったのね。よくそんなんで、いままで生きてこれたわね」

「他の奴とは育ちが違うからな」

「まあ、平民なら貴族のことを知らないのも無理はないわね」

「そういうことだ。多少のいざこざは仕方がないってもんだ」

「威張っていうことじゃないわよ。今回は良かったけど、次は助かるなんて思わない方がいいわよ」

「肝に銘じておく」

「フェルミは有名な貴族の出身なのよ。あまり言い噂は聞かないけどね」

「確かに、あの態度をみれば裏で何かやってそうな感じだもんな」

「権力もあるから、媚を売る人たちも多いのよ」

「お前は媚を売らなくていいのか」

「私はそういうの苦手だからいいの」

「本当はお前も権力のある身分だったりしてな」

「な、なに言ってるの。私は違うわよ」

「そうか。なんかお前の立ち振る舞いを見てると、そんな気がしてな」

もちろん、嘘だ。総帥の娘だってことは最初から分かっている。

「貴族なら当然のことでしょう」


顔をほのかに赤く染めながらも平然とした態度をとっているが、少し口元がニヤついていた。まだまだ子供だな。


「まあ、これからは慎重に生活することにしていくよ。じゃあ、俺はもう帰るわ」

「死なない程度に生きることね」


初日の余韻を残した教室から抜け出す。全く、入学早々からめんどくさいことに巻き込まれたな。こういう時はさっさと家に帰るに限る。これから無事に学校生活を過ごしていけるかなんだか心配だな。


カレルは夕暮れが差し込む廊下を歩いて玄関に向かった。靴を履きながら、何か大事なことを忘れていることに気が付いた。校門に辿り着く前に、もやもやの正体に気が付いた。どこに帰ればいいんだ。カレルは履き替えたばかりの靴を戻して、校長室へと足を運んだ。


「基本的には学生寮に住んでもらう予定だよ」


いつものごとく菓子を頬張りながらリリーが呟いた。来るたびに菓子を食べていることしか見ていない。本当に仕事をしているのだろうか。


「じゃあ、寮にいけばいいのか」

「ええ。家具や生活用品は揃ってるから何も準備しなくても大丈夫だよ」

「それは良かった。今から準備するのは面倒くさいからな」

「鍵はこれね。ちなみにルームシェアだから」

「一人部屋じゃねえのかよ。ケチだな」

「まあまあ、そう言わずに。時間もなかったし、君の編入も急だったからね」

「部屋があるだけ有難いと思うべきか」

「そうそう。野宿しないだけマシだと思いなさい。任務遂行、がんばってね」


リリーが不敵な笑みを浮かべて呟いた。こいつがこんな笑顔をしている時は、たいてい良くないことを考えている。カレルは嫌そうな顔をしながら鍵を受け取った。


学生寮は学園の敷地内にあるものの少し離れた場所にあった。見た目は質素な作りだけれど中に足を踏み入れてみると、豪奢な毛皮を使ったマットやよく分からないものが描かれている絵画などが飾ってあった。


金の使い道に余った貴族が住みそうな内装だな。カレルはエントランスを抜けて昇降機に乗り指定されたフロアに向かった。昇降機から降りるとリリーからもらった鍵を見ながら部屋を探す。


迷路のように入り組んだ廊下を彷徨って、ようやく目的の部屋に辿り着いた。鍵穴にキーを差し込むと鈍い音がしてドアが開く。


「ずいぶんと広いな。これなら二人で生活しても支障はなさそうだ」


リビング、キッチン、ダイニング、どこを見ても豪華という言葉が真っ先に思い浮かぶ。さすが、国の頂点にたつだけのことはあるな。細部に至るまで金がかかっている。カレルは脱いだ上着をふかふかのソファーに無造作に放り投げた。とりあえず、風呂に入ってゆっくりするか。


脱衣所のドアを開けるとシャワーの音が聞こえる。既に同室者が部屋に来てたのか。カレルは踵を返そうと思った矢先にシャワーの音が止んた。浴室のドアが開くと、そこには金髪の少女が立っていた。エレナだ。


身体から湯気を発しながら一糸まとわぬ姿で呆然と立っている。濡れた髪の毛から水滴が垂れている。シャンプーの匂いがほのかに漂い鼻腔をくすぐる。


「よ、夜這い!?なんなの。なんであんたがここにいるのよ」


エレナは口をぱくぱくと開けて、近くに置いてあるタオルを取って豊満な胸を隠した。


「お、落ち着け。俺だって驚いている」

「人の部屋に無断で入るなんて。挙げくに風呂場を覗こうなんて、やっぱり変態だったのね」


『やっぱり』という言葉に引っかかりながらもカレルは必死に反論した。


「これは事故だって。お前こそ、なんで俺の部屋にいるんだよ」

「そんな嘘で、私を騙せると思っているのかしら」


エレナの右手から球体状の水を出現させた。


「ちょっと待て。落ちつけって。いきなり武力行使なんて貴族のやることか」

「覗き趣味の変態に人権なんてないのよ」


大きな音を立てて風呂場が爆発した。




興奮状態のエレナをどうにかなだめてリビングで一息ついていた。威力を抑えたのか、はたまた部屋の材質のおかげなのか、風呂場には傷一つ付いていなかった。


「まったくもって、あなたの言ってることがわからないのだけど」

「だからここは俺の部屋だって言ってるだろ」

「そんなウソは聞き飽きたわ」

「ウソじゃねえって。鍵だってあるんだから」

「その鍵、どこから盗んできたのかしら」

「学園長からもらったんだよ」

「ふうん、じゃあ学園長の部屋にいって事情聴取してもいいのね」


エレナが疑いのまなざしで俺を見る。


「ああ、それで構わないよ」



二人は無言のまま、学園長の部屋へ足を運んだ。

「あ、ごめんね。説明不足だったかな」

リリーが悪びれた様子もなくつぶやいた。


「えっと、じゃあ私たちは同じ部屋ってことなんですか」


エレナが信じられないという表情をして愕然としていた。


「そういうことになるね。まあ、仲良くやってよ」

「いやいや、さすがに同棲はめんどくさいだろう。どうにかなんないのか」

「同棲って何を言ってるのよ」


エレナが顔を赤くしている。


「こちらの手違いで申し訳ないけれど、ほかに空いてる部屋はないの。準備するにも時間がかかるし」


リリーが口元を緩めてつぶやいた。最初から同じ部屋にさせるつもりだったな。


「わかったよ。じゃあ、しばらくはお互いに我慢するしかないな」

「嫌よ。なんで私がこんな変態と一緒に暮らさなければならないのよ」

「俺は嫌じゃないけどな。綺麗な女性と一緒に過ごせるのは素直に嬉しいよ」

「え、ちょっと。なに言ってるのよ」

「思っていたより胸も大きかったしな。服の上からは分からなかったが、着やせするタイプなんだな」

「ほう、もうそんなところまで関係が進んでいたか。さすがカレルっちだな」

「俺にかかれば余裕だ」

「……やっぱ嫌。こんな変態と一緒にいるなんて絶対に無理。私は認めないんだからね」


エレナが校長室のドアを勢いよく開けて外に飛び出していった。


「せっかく褒めてやったのに、何を怒っているんだ」

「女心が分からん奴だな」


リリーはあきれ顔でつぶやいた。


「どうせ鍵はあるんだし。時間が経てば、なんとかなるだろう」

「君がそれでいいなら、私は構わないけれど。これから一緒に過ごすんだからせめて謝罪ぐらいはした方が良いんじゃないかな」

「それもそうだな。ぎくしゃくした関係で過ごすのはめんどくさいしな。少し遊びすぎたか」

「やはり確信犯だったのね」

「裸を見たのは不本意だったが、あいつに言った言葉は嘘じゃない」

「君のそういう素直なところ、私は好きだよ」

「学園長殿に褒めて頂き、大変光栄です」

「本当はもっとゆっくり君と話がしたいのだけどね。どうにも忙しくて」

「学園長も大変なんだな。お菓子を食べるのが仕事だと思ってたよ」

「主に君が作ったトラブルが原因なんだけどね」

「トラブル?なんかあったかな」

「そういう無自覚なところは考え物だね。フェルミのことだよ」


リリーが溜息をついて書類をバサバサと見せつけてくる。


「ああ、あいつか。別にそんな大したことはしてないと思うけど」

「大したことをしてるから問題になってるのよ。あまりトラブルを起こさないでくれよ。私個人としては君に助力したいのだけど、貴族のしがらみがあって立場上どうすることも出来ないからね」


「はいよ。次から気を付けるさ」

「それならいいんだけど」

「じゃあ、俺はエレナを探してくるわ」

カレルは足早に校長室から出ていった。

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