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3話

どこまでも澄み切っている空を背景に、無数の桜が視界を鮮やかに染める。校門の前には、人が入り乱れ賑わいにあふれていた。カレルは着慣れない制服を着て、人を掻き分けるように校門を通り過ぎた。今日は入学式だ。


「なんで俺がこんなことをしなければいけないんだ」


校門にはウェルステッド魔術学院の文字が刻まれていた。国内で最高峰の魔術学園だ。才能のある選ばれた人物でなければ入学することができない。だがそれはカレルには相応しくはなかった。


才能があると言ってもそれは一般人においての話である。国の暗殺集団に従事していたカレルにとってはいまさら魔術学院に通う理由などなかった。


総帥の頼みというのもあってしぶしぶ承諾したが、いまとなって考えてみれば断った方が良かったかもしれない。


とりあえず、校長室に向かうか。総帥が一通り話はつけてあると言ってたからな。簡単に仕事の内容を確認するだけだろう。特に急ぐこともないから向かう前に一服しよう。カレルは人影のない校舎裏に行き、新品のタバコ箱のパッケージを開けた。


この年になって、はじめての学園生活か。少し遅い気がするけど。散々、血塗れの戦場を渡り歩いてきた俺には似つかわしいものだな。家もなく、帰る場所がなかった俺はある組織に拾われた。よくある話だ。孤児院の子供を親代わりに引き取って、組織の一員とする。


カレルもまた同じ境遇であった。組織に入ってから教わったのは、厳しい戦闘訓練だった。即戦力となるように鍛えこまれた。決められた時間を寝て、決められた時間に勉強をし、決められた時間で訓練をする。


途中で耐えられなくなり逃げ出すものもいたが、俺は無心に従っていた。自分で考えることができなかった。いや、何かを考えるというより組織の流れに抵抗する気力がなかった。ただ命令される内容を淡々とこなしていく。不満や文句をいうこともなかった。さすがに今は、そんなに従順という訳ではないが。


いつもより多く、タバコを吸っていることに気がついた。おっと、そろそろ行かないと遅刻しちまうな。カレルは手に持っていたタバコを地面に擦りつけた。校長室に向かおうと、校舎を右に曲がったとき突然、体に衝撃が走った。前を見ると、女の子が尻餅をついている。鮮やかな金髪が視界を埋める。


「どこに目をつけてるのよ」


長い髪の毛が腰まで伸びている。少し涙目になりながらも凛とした目つきでカレルを睨みつけていた。幼い顔つきがまだ残っているが、どこか大人っぽい印象もうける。


「悪い、大丈夫か」

「大丈夫なわけないでしょう、この変態」

「ぶつかってしまって申し訳ない。すまないが急いでいるので、ここで失礼させてもらう」

初対面に対していきなり罵声を浴びせるか。近頃のガキは生意気だな。カレルはひとつ溜息をついて立ち去ろうとする。入学して騒ぎを起こされると困るからな。こいつとは関わらない方がいい。


「そんな軽がるしい会釈で私が許すと思っているの」


この場を離れようとしていた俺を逃がさないかのように、彼女の手がカレルの右腕をすばやく捕らえた。そのとき、右腕から電流が走ったみたいに、激痛が体を貫いた。まだ治りきっていない右腕が悲鳴をあげる。


苦しみに悶えるカレルを見て、彼女はとっさにつかんでいた手を離した。先ほどの威厳のある態度とは裏腹に、おろおろと困惑した表情をして俺の様子を伺う。まるで叱られた猫みたいだ。


「な、なに。そんなに痛かったの」

「ばかやろう。腕、怪我してるんだ」

「そういうことは最初に言いなさいよ。ちょっと、傷みせてみなさいよ」

「なんでお前に見せなきゃいけないんだ」

「これでも少しくらい魔術使えるんだから。私がちゃちゃっと治してあげるわよ」


そういうやカレルの右腕をめくって、あらわになった包帯を解こうとした。先ほど、カレルの右腕をつかんだときとは違い、肌白い繊細な指先が器用に俺の腕に触れる。


「おい、やめろ。お前が手当てできるもんじゃねえ」

「動かないの。また痛い思いするわよ」


彼女はがっしりと右腕を掴んで離さない。カレルが振り払おうとすると力を込めて脅してくる。人の話を聞かないで、包帯をあれやこれやとほどこうとしている。全く、なんてわがままなやつなんだ。素人の魔術で直るほどこの傷は易しくないっていうのに。


「あっ、取れた。どれどれ、私が治してあげ……よう。な、なにこの火傷!?」


包帯の下から現れた傷は、まるで荒れ狂う炎が腕を這いずり回ったような跡が刻まれていた。


「もういいだろ。そんじょそこらのかすり傷とは違うんだよ。そんな簡単に治せる怪我じゃねえんだよ」

「一体どこでそんな傷を負ったのよ」

「なんでお前にそんなことを教えなきゃならねえんだ」

「な、せっかく人が親切にしてあげてるっていうのに」

「親切で傷が治ればいいんだけどな」


カレルの言葉を聞いて少女は顔を真っ赤にする。


「あんたなんか、ずっと包帯巻いてればいいのよ」


そう言い残して校舎裏から走り去ってしまった。最近の若い奴は短気で仕方ないな。ああいう奴には、あまり関わらない方が得策だな。


「とりあえず、遅刻しないうちに校長室にでも行くか」


地面に落ちた包帯を拾って腕に巻きなおした。


校舎の中は新入生で埋め尽くされていた。人混みをかき分けながら校長室を目指した。

10分ほど彷徨ってようやく校長室を見つけた。どれだけでかい敷地なんだよ。カレルは悪態をつきながら装飾の施されたドアをノックした。校長室に入ると、豪華な椅子にひとりの少女が座っていた。


「久しぶりだね。カレルっち」

「なんで、リリーがここにいるんだよ」


リリーと呼ばれた少女は机の上に置かれた頬張りながらニヤッと笑った。


「実は私、この学校の校長なんだ」

「俺は何も聞かされてないぞ」

「そりゃあ、就任したのは昨日だからね」

「そういうことか。それで話ってのはなんだ」

「仕事の詳細について話そうと思ってね。君にはある生徒の監視・保護をお願いしようと思っているの」

「監視?一体誰を監視するっていうんだ」

「エレナ。総帥の娘だよ」


「なんで、俺がそいつを監視しなきゃいけないんだ」

「どちらかというと監視というよりは保護がメインだね。彼女が事件に巻き込まれないように見守って欲しいってことだよ」

「それだったらなおさら俺に不適格な任務じゃねえか。怪我してろくに魔術も扱えないんだぞ」

「確かに、いつもの実力を出せないのは痛いけど、それでも君なら一人ぐらい守ることはできるだろう」


「戦わないで逃げるだけだったら出来るだろうけどな」

「それで十分だよ。それに護衛はただの建前だろうし」

「護衛の任務がメインじゃないのかよ」

「総帥は君に、休暇をプレゼントしたかったみたいだよ。たまには身体を休めるのも必要だしね」

「まったく。いらぬお世話ってやつだな。俺は早く怪我を治して戦線に復帰したいってのに」


「時間経過でしか治らないんだから、ベッドの上にいても暇でしょ。それだったらここで勉強し直すのもひとつの手なんじゃないかな」

「魔術についていまさら習うことなんざ、なんもねえよ」

「ふふ、冗談だよ。魔術において君の右に出る人なんて総帥ぐらいだからね」

「まあ、気楽に学校生活ってもんを楽しんでみるさ」

「それくらいの気持ちで過ごすと良いよ」


リリーは微笑を浮かべて机の上にあるお菓子に手を伸ばした。

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