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1話

木製の扉が今にも壊れてしまいそうな音を立てる。古ぼけた店の中に足を踏み入れると、埃が舞った。店の中には誰も居らず、倒れた机や空っぽの酒ビンが散乱していた。カレルはわき目も振らずに乱雑に配置された机を避けながら店の奥に足を進める。


迷いなく店の一角に辿り着くと、古ぼけた壁に手を押し当てる。鈍い音がして木製の壁が回転して奥へつながる道を示した。カレルはひとつ溜息をついて隠し扉の奥へ足を踏み入れる。地下へ続く階段を下りていくと次第にアルコールの匂いが充満していった。


階段を抜けて狭い通路を歩いていくと、重厚なドアが立ちふさがった。金属を擦らせる音を発しながら金属製の扉を押し開ける。扉の隙間からこぼれ出た光がカレルの瞳を眩しく照らす。上階のみすぼらしいBARと瓜二つの部屋が視界に広がっていた。ただひとつ違うのは、机やいすが高級感のある革張り製のものに変わっており、小奇麗なスーツを着た店員がいるという点だ。カウンター越しの棚には新品の酒ビンがいくつも並んでおり、しっかりとお店として機能を保っていた。


「いらっしゃいませ」


カレルの姿に気づいて店員が一礼した。


「彼は来ていますか?」


カレルは辺りを見回しながら呟いた。


「ええ、いつもの席におります」


店員は困ったような笑みを浮かべて店の奥を示した。カレルは店員の言葉を聞き終える前に店の奥へ足を勧めた。入口からは死角となる机に目的の男が座っていた。大柄な体格とはうってかわって小さな小瓶に注がれた酒をちびちびと飲んでいる。


「こんな所にいたんですか、隊長」


隊長と呼ばれた大柄な男は言葉の出元に視線を向ける。


「カレルか。お前も飲みに来たのか」


カレルは身にまとっていた漆黒のフードを脱いで席についた。

「そんな訳ないでしょう。作戦会議を休んでこんなところでサボっている上司を呼びに来たんですよ」

「おいおい、少し言葉が悪いな。別にサボっている訳じゃないんだぞ」

「あなたの姿をみて誰がその言葉を信じますかね」


「それで一体なにをしにきたんだ?」

「酒の飲み過ぎですよ。隊長を呼びにきたって言ったでしょう。作戦会議に姿を現さないから探しましたよ」

「悪い悪い。ちょっと用事があってな」

隊長はグラスに残っている酒を飲みほした。

「酒を飲むのが用事なんですか」

「そう冷たいことを言うなよ。俺はお前らを信頼しているからこそココにいるんだ」

「そう思うなら会議に来てくださいよ」


カレルは深く溜息をついてから店員が運んできた冷たい水を口に含んだ。


「今回の任務、どうして少数精鋭なんでしょうか」


先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、張り詰めた空気が辺りを覆う。


「さあな。国の財政が厳しいのかもしれねえな」


隊長はカレルの視線から逃げるように空いた小瓶に酒を注いだ。カレルは心の中で小さく溜息をついた。隊長はいつも大事なことを教えてはくれない。もう5年もの付き合いだと言うのに、いつもはぐらかされて終わりだ。


俺ってそんなに信用ないのかな。カレルは手元にある水を一気に飲み干した。その横で隊長は小瓶の水面を見つめながら「ただ……」と言葉を紡いだ。


「今回の任務は失敗できない。それだけは言っておく」


真剣な眼差しカレルを見据える。いつもと違う様子にカレルは戸惑っていた。

その様子をみて隊長が小さく笑った。


「お前の考えてることは分かる。俺は誰よりもお前を信用している。だからこそ、何も言えない」


普段なら話題を逸らされて聞きたいことをあやふやにされてしまう。しかし今夜の隊長は少し様子が違った。


「隊長、酒を飲みながら言っても説得力ないですよ」


その姿に思わずカレルの方から話を逸らしてしまった。


「分かってないな。仕事前だからこそ飲むんだろうが。お前も大人になれば分かるさ」


隊長は呆れたように首を横に振った。


「いつまでも子供扱いしないでください。あと二年もすれば酒が飲める年になるんですから」


その言葉を聞いて隊長が軽快な笑い声をあげる。


「悪かったな。じゃあ、今日ぐらいは一緒に酒を飲むか」

「遠慮します。俺は隊長のように不真面目な人間じゃないですから」

「俺はいつだって真面目だぞ」

「それじゃ準備があるので、先に戻りますね」

「おいおい、俺を迎えに来てくれたんじゃないのかよ」

「集合時間には遅れないでくださいね」


カレルは隊長の言葉を無視して店を後にした。




街はずれの森の中。木々の隙間から月明かりが照らす。うねうねと入り組んだ森の中を人影が走り抜ける。眠りについている動物達さえ彼らの存在に気づかない。


木の葉が擦れる音だけが森の中に響き渡る。闇夜に溶け込むように漆黒のフードを羽織った集団が木々の合間を縫って駆け抜ける。


その集団の先頭には隊長の姿があった。隊長の服装だけ他の団員と異なっていた。フードの部分に幾何学的な形をしている国の紋章が刻まれており、背中には身の丈以上の大柄な刀を背負っている。カレルが所属する暗躍集団ダイダロスのリーダーに支給される一級品の装備である。誰もがそれを身に着けてみたいと憧れる。カレル自身もいつかはリーダーになることを密かに夢見ていた。


風でなびいたフードの隙間から隊長の横顔がちらっと見えた。先ほどの酒を飲んでいた時とは異なって真剣な眼差しで周囲を警戒している。


彼の後ろを複数の影が陣営を組みながら追随している。その小隊の中にカレルの姿があった。カレルは隊長の背中を眺めながら考えていた。漠然とした不安が胸の中で燻っていた。なぜこんなにも人員が少ないのだろうか。


いつもの任務ではもっと多くの隊列を組んで作戦を遂行していた。たとえ今回の任務が機密事項を含んでいるミッションだということを考えても、10人しか隊員がいないのは少なすぎる。しかも最低限の装備しか支給されていない。明らかにおかしい。


そんなことを考えながら進んでいると森の中を抜けて開けた場所に出た。大きな湖が視界を埋める。森の中のオアシスというところか。この湖を抜けると他国へ侵入することになる。しばしの休憩を挟んでから湖に潜って国境を超えることになる。各々が水分補給や武器の手入れなどをしており、緊張感のある雰囲気が漂っている。これから先は失敗が許されない。ひとつでもミスをしてしまえば自分の命だけではなく、他の仲間の命を引き連れにしてしまう可能性がある。決してミスはしない。カレルはいつものように何度も心の中で例の言葉を反芻する。ただのおまじないだ。何度も繰り返し呟くことで、精神を落ち着かせる。任務の前に必ず行う儀式のようなものだ。


「よお、そんな緊張しなくてもいいんだぞ」


隊長がニヤッと笑いながらカレルの背中を叩いた。


「別に緊張してませんよ」

「じゃあ神妙な顔を浮かべてどうしたんだ」

「今回の任務について少し気になることがありまして」

「任務の割には人員が少ないことだろう」

「……はい」

「今回の任務は上層部すら知らない極秘事項だからな。参加できる人員は限られてしまうんだ」

「そうだとしても、もう少し装備を充実しても良いんじゃないですか」

「まあ、それは俺も思ったけどな。国の財政が厳しいんだろう」

「俺たちが命を懸けて任務を行っているのだから、初期装備ぐらい充実して欲しいものですね」

「お前の不満は最もだ。そこで隊長である俺が自腹で魔道具を用意してやったぞ」


隊長が小さな宝石を自慢するように大きく掲げた。周囲から感嘆の声が漏れた。


「これでお前も満足だろう」


隊長が見せつけるように自慢しているのは、儀式魔法が込められた最高級の魔道具である。一般の人々には一生かかっても手に入らないくらい値が張るものだ。


「まさか隊長が自腹を切ってまで作戦のことを考えるなんて思ってもいませんでした」

「おいおい、俺はそんなに薄情な人間に見えるのか」

「作戦前にお酒を飲んでいる人ですからね。信用なんて元からないですよ」

「まったく。じゃあ今からその信用を取り戻してやるよ」


隊長は仲間を集めてひとつの場所に待機するように命じた。


「俺が用意してきたのは転移の魔法石だ。これで水の中を潜る必要がなくなる。気が付けばあっという間に国境付近だ」


先ほどよりも大きな歓声が沸き起こる。その様子を見て、隊長は満足そうに頷く。


「それじゃ今から使用するからこの円から内側に入ってくれ」


そう言って地面に落ちている木の棒を使って大きなサークルを描いた。


「よし、じゃあ発動するぞ」


隊長が右手を大きく掲げて宝石に力を入れた。耳触りのよい音と共に宝石のかけらが地面に降り注ぐ。地面に魔法陣が出現し、カレル達を取り囲んだ。

光が一層輝きだし、転移の魔法が発動する。その時、カレルは魔法陣の光に交じり薄黒い炎が混ざっていることに気づいた。


「避けろ」


本能的に危険だと察知し瞬時の判断で地面を強く蹴って後ろに飛びのいた。


魔法陣の範囲から逃れると同時に、どす黒い炎がすべてを飲み込んでいく。逃げ遅れた仲間は苦渋の声をあげて漆黒に染められていく。


カレルは現在の状況に混乱していた。一体、何が起こったんだ。周囲を確認すると隊長だけが魔法陣から逃れていた。


「隊長、大丈夫ですか」


隊長のもとに駆け寄ろうとした時に、異変に気が付いた。魔法陣からこもれ出た黒炎が隊長のもとに集まっていた。


「さすがに生き残ったか」


先ほどまでの笑顔と異なって、鋭い視線でカレルを貫いている。


「どういうことですか」

「見れば分かるだろう」


隊長は不敵な笑みを浮かべて背中の大剣を引き抜いた。カレルはその姿を見て懐に忍ばせていたナイフを構えた。


「いつからですか。いつから裏切っていたんですか」

「それを聞きたいなら俺を捕まえて尋問してみたらどうだ」


カレルはその言葉を聞き終えると同時にナイフに力を込めた。ナイフの切っ先が青白く輝きはじめる。そして懐から取り出した煙玉を地面に投げつける。煙の中に姿を隠しながら詠唱を始めた。


「白く輝く大地の王よ、わが身にその力を貸したまえ」


詠唱が終わると同時に隊長が振り下ろした大剣が視界を埋める煙幕を吹き飛ばす。


「ふむ、準備は万端ってところか」


カレルの様子を見て隊長が呟いた。


「あなたを殺してでも国に引きづり戻す」

「やれるものならやってみな」

「言われなくても」


カレルがナイフを振るう。その軌跡に沿って見えない刃が空を切り裂いて隊長に向かって飛んでいく。


「ほう、上位魔術の無詠唱か。さすが団員で一番の実力を持ってるだけあるな」


カレルの放ったショックウェーブが轟音をあげて地面を削り突き進む。隊長はその場にたたずみニヤリと口角をあげて片手を前に突き出した。ショックウェーブが大きな音を立てて隊長に直撃する。


砂埃が舞いあがり、地面にぽっかりと大きなクレーターが出来た。砂埃が消え去るとクレーターの中心に隊長の姿があった。隊長の右手から出現した黒い炎が壁となり、カレルの攻撃を防いだ。


「これで終わりか。次は俺の番だな」


隊長が手を掲げる。何もない空間に漆黒の穴が出現した。その穴に無造作に手を入れると黒い棒状のものを引っ張り出した。禍々しい炎が切っ先に集まり漆黒の鎌を形作っていく。


「……まさか」

「国宝級の武器だ。お目にかかれるだけ有難いと思え」

「機密区域には王族以外だれも立ち入れないはずだ。どうやって手に入れた!?」

「今から死ぬ奴に話す必要はないな」

「そうかよ」


国宝級の武器を相手にしては立ち向かう術など何もない。たった一人で何とか出来るレベルではないのだ。1000人規模の部隊を複数もってしても打ち勝てるかどうか分からない。カレルはナイフの柄を強く握りしめる。


「これ以上、抵抗されると厄介だからな」


隊長はカレルに向かって鎌を振るう。切っ先から放たれた漆黒の炎がカレルの身体を飲み込もうと直進してくる。ぎりぎりまで引きつけてカレルは地面を蹴り上げて後ろに下がる。轟音をあげて地面が焼けこげる。


カレルはナイフに魔力を込めて反撃を行おうと体制を整えた。


しかし、その判断が間違いだった。


「しまった」


気が付いた時には背後から襲ってきた黒炎がカレルの身体を飲み込んでいた。寸での所で防御魔術を発動し直撃を免れた。しかし、攻撃を完全に防ぐことが出来ずにナイフを握っていた腕が炎に包まれてしまった。


「……こんなもの只のかすり傷だ」


右腕には黒い炎が付きまとっている。


「ただの火傷だと思っているのか」


隊長が口角をあげて嬉しそうに笑う。


「魔力が練れない!?」

「そうだ。お前の右腕には呪いがかかっているのさ」

「ここは一旦引くしかないか」

「この状況で逃げられると思うのか」

「こういう時のために、大金をはたいて買っておいたんだよ」


カレルは懐から隠し持っていた結晶を取り出し地面に投げつけた。カレルの身体が次第に透明になっていく。


「転移の魔法石か。お前だけは始末しておきたかったんだがな」

「逃げ足だけは自信があるんでね」


「始末出来なかったのは残念だが、その身体で何が出来るというのだ。お前はもう魔術すら使えないんだ」

「命がある限り、どんな怪我を負おうと、関係ない。首を洗って待っていろ」


魔方陣がまばゆい閃光を発するとカレルの身体を包み込んだ。消えゆく意識の中で、最後まで隊長の姿を刻みつけた。

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