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12話

「つまんねー」


窓の外を眺めながら大きく口を開けて欠伸していた。他の学生が真面目に授業を聞いている中で、カレルだけは教科書を開かずにただ外の景色を眺めている。今日もまた、教室の端っこの席に座って退屈な授業を受けていた。窓から差し込む日差しが眠けを誘う。こんなつまらない授業なんかよりもう一回模擬試合を行いたいな。カレルは溜息をついて机に顔を埋める。腹が減ってきた。昼飯は何を食べようか。


「ちょっと起きて」


昨日は学食のステーキセットを食べたから今日はあっさりしたものを食べようかな。


「起きてってば。先生が来ちゃうわよ」


気持ちよく眠りにつこうとしているのに、隣に座ってるエレナが無理やり身体を

揺すってくる。しかしエレナの呼びかけを無視して深い闇底へ落ちてゆく。


「おい、私の授業で居眠りとはいい度胸だな」


怒気を含んだ声と共にカレルの頭に衝撃が走る。一気に眠けが吹き飛んだ。カレルが顔をあげると怒りの表情を浮かべている教師が目の前に立っていた。せっかく気持ちよく寝ていたのになんだっていうんだ。思わず不満の声を言ってしまいそうになったが、ぐっと喉の奥で堪えた。


「いえ、眠ってなんかいませんよ」

「じゃあなんで机に伏せていたんだ」

「集中してる時はこういう格好になってしまうんです。先生の話が大変おもしろくていつもの癖が出てしまいした」


カレルの言葉を聞いて教師の眉間に皺が寄る。明らかにウソだとバレているのだろう。


「そこまで言うなら、貴様には次の問題を解いてもらおう。解けなかったら単位はやらん」


そういって教師が指を鳴らすと黒板に文字が浮かび上がる。ここの学園には頭の固い教師しかいないのだろうか。カレルは溜息をついて黒板に書かれた問題に視線を向ける。


『多くの生物が魔力を保有している中で人間だけが魔術を扱える理由を答えよ』


黒板にはそう書かれていた。隣に座っているエレナが教科書をパラパラとめくって解答が載っているページを探していた。


「まだ授業で習ってない内容よ。しかも教科書にすらのってないし」


カレルはしばらく思案してから口を開いた。


「すべての動植物は魔力を保有しています。魔力は生命が生きていくために必要な栄養素であり、魔力が枯渇してしまうと絶命してしまう可能性があります。そのため、他の生物にとって魔力を外部に放出するということは命の危険に関わる問題となってきます。小型の動植物では外部から魔力を供給することが難しいので、体内で魔力を生成することで生命を維持しています。反対に外部から魔力を供給することが出来る大型の生物は外敵から身を守るために体内にある魔力を変換する器官を保持しています。しかし、人間にはそのような器官を保持していないにも関わらず魔力を様々な形に変えて使用することが出来ます。その理由として人間の持つ魔力には特異な性質があり、心の中に思い浮かべたイメージによって四元素の性質をもった魔力に形を変えることが出来ます。そして体内で生成した魔力を皮膚の細かい穴を通じて外部に放出することを魔術と呼びます。従って、魔術とは四元素の性質に魔力を変化させる動作のことを言います。ちなみに魔術を使用する際に詠唱を必要とするのは、無意識化にある四元素のイメージを意識させることで魔力を具現化させるためです。これを極めると無詠唱で魔術を使用することも出来ます」


カレルの答えを聞いて教師は露骨に嫌な表情をした。


「……正解だ」

「これで俺がちゃんと授業を聞いていた証明になりますよね」

「もういい、席につけ」


教師は苛立ちを隠せずに舌打ちをする。隣に座っているエレナが目を真ん丸にして驚いていた。


「よくあんなにすらすらと答えられたわね。教科書にも載ってない内容なのに」

「こんな簡単な問題に答えられない方がどうかしてるぞ」

「……その余裕たっぷりの表情がムカつくわね」

「魔術が使えない分、知識でカバーしないといけないからな」

「進級するまでには魔術が使えるようになるといいわね」

「ああ、そうだな」


窓の外を眺めながらぶっきらぼうに答えた。そんな日が来るのはきっとまだ先の話だろう。魔術学園を卒業するまでには腕の傷をどうにか治したいものだ。こんな退屈な日常を過ごすくらいなら郊外の別荘でボーっと過ごしてた方が良かったな。気が付くと授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。





カレルは授業が終わると同時に食堂に向かった。昼休みの食堂は人混みに溢れており既に長蛇の列が形成されていた。


「しまった。少し出遅れたか」


午前の授業が終わると同時に駆け込まないとすぐに定食が売り切れになってしまう。いつもならば、悠遊と最前列を確保できていたのだが、今日に限ってはそうはいかなかった。


「はじめて食堂に来たけど、すごい混んでるのね」


エレナが学食の混み具合に驚いている。


「そ、そうですね。まさかこんなに人がいるなんて」


サクラが人ごみに萎縮してエレナの後ろに隠れている。教室を出る際に、この二人に捕まってしまい時間ロスしてしまったのだ。迷わずに振り切るべきだった。定食が売り切れてしまうか微妙なところだな。


「いつも授業が終わるとすぐに消えちゃうから、どこに行ってるのか不思議に思ってたのよね。まさか食堂に並ぶために、あんな必死だったとは」


エレナが呆れて肩をくすめる。


「でもそれぐらいしないと食べれないってことは、すごい美味しいんですよね」

「たかが学食なんだからそんな美味しいってことはないでしょう」

「そんな舐めた態度を取ってると後で後悔するぞ」

「ふーん。あんたがそこまで言うなら少し楽しみね」


しばらくするとようやく食券器の前までたどり着くことが出来た。


「随分と古い機械を使ってるのね」


食券器は魔力を原動力としない古式のものを使っていた。デンキというエネルギーを消費することで稼働しているらしい。カレルも文献で知識のみ知っていたが、実在している機械を見たのはこれが初めてだった。


「200年前から稼働してるらしいぞ」

「ここってそんなに年季のあるのね」

「それだけ料理が熟練されてるってことだ。しっかりと味わいながら食べろよ」

「カレルさんのおすすめは何ですか?」


サクラがどの料理にしようか迷っていた。


「K定食だな。激レアのリザード肉が100%のハンバーグ定食だ。ここでしか食べれない絶品だぞ」

「ほんとですか。私、リザードなんて食べたことないです。K定食にしようかな」


サクラがそういって機械にお金の入ったカードを挿入した。K定食のボタンを押そうとした時に、サクラの手が止まった。


「あ、あの、この料金って間違ってないですか」

「いや、そんなことはないぞ」


エレナが後ろからのぞき込んできた。


「何よこれ、さすがに冗談でしょう。たかが定食でこんな金額する訳ないじゃない。ボッタくりよ」


さすがにぼったくりは言い過ぎだろう。


「ごめんなさい。私の所持金ではさすがに買えそうにないです」

「仕方ないな。じゃあ今日は俺がおごってやるよ」

「え、いや、さすがにそんな金額を出してもらう訳にはいかないです」

「そんなに畏まらなくていいって。大した金額じゃないし」


そう言うとカレルは自分のカードを挿入してK定食の食券を3枚購入した。


「はいよ。どうせお前も食べるだろ」


エレナに食券を渡した。


「……ありがとう。っていうかどういう金銭感覚してるのよ」

「何言ってんだ。そんな大層な金額じゃないだろ」

「あんた本当に平民なの?」

「あ、当たり前だろう。ほら後ろも混んでるからさっさと行くぞ」


そういってカレルはそそくさとその場から離れていった。





「すごいおいしいわね」

「口に入れた瞬間にすぐに溶けちゃいます。こんなに美味しいの食べたことないです」


二人の皿に盛ってあった肉はあっという間に消え去っていった。


「そうだろう。俺も食べる前まで疑ってたけど、一度食べると癖になるよな。俺が毎日食堂に通う理由が分かっただろう」

「普通は毎日食べれるほどのお金はないけれどね」


エレナがぼそっと呟いた。


「まあ、それは色々あってな」

「色々ってなによ。一般の学生がほいほい出せるほどの金額じゃないでしょう」


仕事で稼いだ金だなんて言い訳はできない。しかも平民ということになっているから親の金だとも言えないしな。


「リリーから少し小遣いをもらってな」


困った時にはリリーの名前を出しておけばなんとかなる。幾多の経験で身に着けた回避術だ。


「……学園長を呼び捨てだなんて」


サクラが驚いた表情でカレルを見つめた。しまった。意外なところでボロがでてしまった。


「リリーとは昔から顔なじみでな。ちょっとばかり仲が良いんだ」

「そうなんですか。カレルさんって凄いですね」

「無駄に運があるのよね」

「まあ、そうだな」


カレルは話を打ち切るように素っ気なく返事をした。あまり話を深く掘り下げていくと、もっとボロが出てしまうかもしれないしな。





「午後の授業めんどくせえな」


カレルは食器を片しながら溜息をついた。


「今日はもう授業ありませんよ」

「え、そうなのか」


カレルは嬉しそうに呟く。


「先週から休講だって公表されていたでしょう。ちゃんと話を聞きなさいよ」


エレナが溜息をついて首を振った。


「そういえば、そんなこと言ってた気がするな」

「明日、ゴルゴン遺跡に遠征することも忘れてないでしょうね」

「さすがにそれは覚えてる。唯一の楽しみだからな」

「その好奇心は褒めてあげたいけど、死ぬ可能性だってあるかもしれないのよ。よくそんな無邪気に楽しめるわね」

「最近、座学ばっかりでツマらなかったからな。それにゴルゴン遺跡なんかで死ぬなんて後世の恥だぞ」

「魔術すら扱えないのに、どこからその自信が湧いてくるのやら」


エレナが肩をすくめる。


「カレルさんは凄いですね。私なんて昨日から怖くて怖くて身体の震えが止まらないです。夜も全然寝付けなくて。もしモンスターにやられてしまったらと考えたら……」


サクラが不安げに呟いた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だって。武器・防具を何も持たないでダンジョンに潜らない限りは、低階層で死ぬなんてことは滅多にないし」


カレルは残りのステーキを食べながら言葉を続けた。


「それに、もし危険な状態になっても俺とエレナが全力で守るから大丈夫だ」

カレルの言葉を聞いてエレナも頷いていた。

「そうそう。何かあったらお互いに助け合えるんだから、そんなに心配しなくて大丈夫よ。危なくなったら私達がサクラちゃんを助けるから安心して」

「あ、ありがとうございます。そういって頂けるとすごく心強いです」

「まあ、カレルは役に立たないだろうけれどね」

「俺だってやる時はやるんだからな」

「自信だけあっても仕方ないんだけどねえ」




食堂を後にして、カレル達は寮に向かって歩いていた。


「この後はどうしますか」

「そうだなあ。寮にもどって昼寝でもしようかな」


カレルは満腹になった腹をさすりながら答える。その様子をみてエレナが呆れた表情をしていた。


「何のために午後の授業が休講になったと思ってるのよ」

「昼寝をするためだろう」


エレナの眉間に皺が寄る。


「……明日の遠征準備のために決まってるじゃない。馬鹿じゃないの」

「ゴルゴン遺跡ぐらいで気を張りすぎなんだよ。手ぶらで行ってもどうにかなる場所だぞ」

「そんな考え方をしてると本当に死ぬわよ」

「冗談だよ。だけど、準備するものなんて何もないからな」

「あるでしょう。武器とか防具とかをしっかり品定めして、どれを持っていけばいいか吟味しないと」

「ああ、そういうことね。俺はもう用意してあるから大丈夫だ」

「え、そうなの。……そういう所はしっかりしてるのよね」

「あ、あの、もし良かったら私の装備を整えるのを見てもらえませんか」


サクラが遠慮しがちに答えた。


「ああ、俺で良ければ全然構わないよ」

「ありがとうございます。一人じゃ心配だったので」

「私も一緒に見たげるわ。カレルだけだと心配だし」

「エレナさんも来ていただけるととても心強いです」

「じゃあ、店が混む前にさっさと行くか」

「はい」


サクラが嬉しそうに返事をした。


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