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11話

カレルは校長室へと足を運んだ。

分厚いドアをノックすると、ドアの向こう側から幼い声が聞こえてきた。

部屋に入ると、リリーがお菓子を頬張りながら、書類の整理を行っていた。


「用事ってなんなんだ?」

「まあまあ、ソファに座ってゆっくりしなよ」


リリーが無駄な気遣いをしてくることに気持ち悪さを抱きながら革張りのソファーに腰かけた。


「お前がそんな気を遣うようなことを言うってことは、まためんどくさい案件を抱え込んできたのか」

「いやあ、カレルっちは目ざといなあ」

「お前は昔から嘘をつくのが下手だからな」

「10日後に新入生の合宿があるのよね」

「それがどうしたんだよ」

「その遠征先がゴルゴン遺跡なのよ」

「ああ、あそこか。懐かしいな」

「でしょー。一緒に訓練したのを思い出すね」

「お前が迷子になった時は、大変だったな」

「迷子になってないし。そっちが勝手にはぐれたんでしょ」


「モンスターにビビッて逃げ出した癖に。おかげでダンジョンの中を這いずり回る目にあったんだからな。ようやく見つけた時には声をあげて泣いてたし、散々な目にあったよ」

「泣いてないし」

「俺には泣いているようにしか見えなかったけどなあ」

「カレルっちの勘違いでしょ」

リリーがぷいっと顔を逸らす。

「泣きべそをかいて俺の裾を引っ張ってきたのが懐かしいな」

「そういう話はもういいの。それよりもゴルゴン遺跡について伝えなきゃいけないことがあるの」


リリーは引き出しから資料を取り出した。


「最近、変な噂が流れていてね。ゴルゴン遺跡の深層が発見されたっていうのよ」

「そんなバカな。ゴルゴン遺跡はもう最深部まで探索されたはずだろう」

「そのはずなんだけどね」

「その情報について確認したのか」

「色々と調べてはいるんだけど、明確な証拠を発見してないのよ」

「ガセネタを掴まされたんじゃないのか」

「うーん、そうなのかなあ。まあウソだとしても、それはそれで安心だから良いんだけどさ」

「そうだな。それに深層があったとしても大した問題じゃないだろう。最下層まで潜る訳じゃないんだから」


「それもそうね。万が一にも深層に落ちることがあったとしてもカレルっちがいればすぐに踏破しちゃうだろうし」

「魔術が使えればな」

「腕の呪いはまだ治らないの?」

「指を動かせるぐらいは回復したさ」

「その様子だと、完治するまでまだまだ時間がかかりそうね」

「どうにかして早く治す方法はないのか」

「それがあれば、今頃あなたの腕は治ってるわよ」

「それもそうだな」

「まあ、方法がない訳でもないんだけどね」

「本当か!?」

「呪術がかかっている腕を切り落としてしまえばいいのよ」

「…………」

「そうすれば呪術の威力が弱まって魔術が使えるようになるかもしれないわよ」

「お前に聞いた俺が馬鹿だった」

「そう思うなら、包帯をまいてゆっくりと完治させることね」

「気長に待つしかないか」

「という訳で、来週は合宿だから準備しといてね」

「俺も行かないとダメなのか」


「当たり前よ。特別扱いなんてしないからね。それに護衛の任務をしっかりと果さないとだめじゃない」

「ん、待てよ。ということは、合宿先であいつと同じグループを組むのか?」

「そういうことになるわね。……嫌なの?」

「別に俺は嫌じゃないけどさ。あいつが嫌がりそうだなと思って」

「そこら辺はもっと信頼関係をしっかりと結びなさいよね」

「俺は近寄る努力をしているんだけどな」

「努力のベクトルが間違ってるのよ」

「話も聞かないで勝手に判断すんな」

「カレルっちのことだもん。容易に想像がつくわよ」

「俺ってそんなに信用がないのか」

「信用しているからこそよ」

「喜んでいいのか、悲しむべきか」

「それがカレルっちの良いとこだと思うよ」


リリーはお菓子を頬張りながら呟いた。





「それで、俺を呼んだ本当の理由ってなんだ」


俺の言葉を聞いて、リリーは真面目な表情になった。


「やっぱ、カレルっちには適わないなあ」


リリーはひとつ息を吐いて言葉を紡いだ。


「組織内で暗殺事件が起こったわ」

「誰が狙われたんだ?」

「総帥よ」


その言葉を聞いて頭の中が真っ白になる。


「総帥はどうなったんだ」

「安心して。生きているわよ」

「そうか。総帥がそんな簡単にやられる訳がないしな」


「でもね」とリリーは視線を落として言葉を紡ぐ。


「暗殺者と対峙した時に、負傷したの。しばらくは現場に復帰できないみたい」

「総帥にそこまで傷を負わせるなんて。その暗殺者はどうなったんだ」

「全員、捕まえたんだけどね。隙をつかれて、自害されたわ」

「暗殺者は何人いたんだ?」

「五人よ。総帥が一人で全員を倒したみたい」

「さすが総帥だな」

「しかも全員がS級以上の魔術師だったらしいわ」

「戦場の悪魔と噂されるだけのことはあるな。俺でさえS級を一人相手にするのが精いっぱいだというのに」

「本当よね。S級の魔術師がいれば戦況が反転すると言われるくらいなのに、それを五人も相手にするなんてね」

「でも総帥が負傷して現場復帰できないということは、誰が総帥の後釜になるんだ」

「まだ決まってないわ。そのことについてあなたに伝えることがあるの」


リリーが紅茶を口に含む。一呼吸をおいて言葉を紡ぎだした。


「この事件は緘口令が敷かれているわ」

「総帥が倒れたとしれば、軍の指揮に影響が出るからな。良い選択だと思うよ」

それに他国にそのことが漏れてしまったら攻め入られてしまう危険性もあるからな。

「そうね。でもそれだけが理由じゃないわ」

「どういうことだ」

「そもそも暗殺者が総帥の所まで辿り着けたことに疑問を覚えない?」

「確かにな。総帥のところに辿り着くには何重もの魔導防壁が掻い潜る必要がある」

「普通ならそれを解除するのに、何十日もかかるはずよ。でも彼らは、ものの数分で防壁を潜り抜けたの」


明らかにおかしい。侵入してきた暗殺者はたったの5人。たとえ防壁を破るスペシャリストが居たとしても、数分で解除できる代物ではない。魔導防壁は外部からの攻撃に対して絶対的な防御力を誇っている。どう考えても数分で解除できるようなシステムではない。どうやって侵入してきたんだ。カレルはジッと考えて、一つの結論に達した。


「……内部にスパイが潜伏しているということか」

「その可能性が高いと踏んでいるわ」

「裏切り者を見つけるために緘口令を敷いたんだな」

「そういうこと。だから、必要最低限の人間しか、この事件は知らないわ」

「そういう割には、俺に色々と情報を漏らしているけど良いのか?」

「私が意味もなく、機密事項を漏らす訳ないじゃない」

「だろうな。大体、察しはついたよ」


総帥が狙われたということは、その周りにも危害が及ぶ可能性がある。


「エレナのことを頼んだわよ」

「そういうと思ったよ。でも俺一人じゃ厳しいぞ」

「分かってるわ。その対策はしてあるから心配しないで」

「対策?」

「そのうち分かるわ」


リリーが唇の端をあげてニヤりと笑う。


「なんかまためんどくさそうなことになりそうだな」

「まあ、期待して待っててよ」


リリーがクッキーを頬張りながら楽しそうに呟いた。


「エレナは総帥が倒れたことを知っているのか」

「まだ伝えてないわ。総帥から伝えるなと言われてるの」

「緘口令が敷かれるくらいだからな。家族とはいえ、むやみに情報を漏らす訳にはいかないもんな」

「そうね。それに知ったところで心配をかけるだけだもの」


カレルは懐から煙草を取り出した。


「それもそうだな。ゆっくりと休暇できると思ってたのに、なかなか休む暇がないな」

「休暇よりも仕事の方が好きって言ってたじゃない」

「それは昔の話だ。いまはのんびりと余生を過ごしたいって考えてるよ」

「余生っていうほどの年齢じゃないでしょ」

「他の奴らよりは過密な人生を生きてきたんだ。もう隠居してもいいんじゃないか」

「まあね。毎日が死と隣り合わせの生活をしてきたんだものね」

「今になって、お前がパートナーで良かったとしみじみ思うよ」

「急に何言ってるのよ」

「お前がいなかったら、俺は今頃死んでたなと思ってね」

「それはお互い様でしょう。私もあなたがパートナーで良かったと思ってるわ」

「そう言ってくれるとお世辞でも嬉しいよ」

「別にお世辞じゃないわよ。だって私が選んだパートナーだもの」

リリーは真っ直ぐにカレルの顔を見つめた。「だからね」と言葉を続ける。

「私は君に死んで欲しくないの。もし危険な状況になったら自分の身を第一に行動して欲しい」

「それは護衛対象を放棄してもか?」

「……ええそうよ」


リリーは目を逸らしながら呟いた。


「こんなことを言ってしまったら、上司として失格だけれど、君には何をしても生きていて欲しい」

「お前は心配性なんだよ。俺がそんな簡単にくたばる訳がないだろう。お前の気持ちは嬉しいが、任務は任務だ。俺は命を懸けてエレナを守る。それが俺の生き方だ」

「そういうと思ったわ。やっぱカレルっちは変わらないね」


リリーは真剣な表情から一変して無垢な笑顔を見せた。


「悪いな。俺は器用な人間じゃなくてね」


カレルはそういって校長室から立ち去った。


「そんなこと昔から知ってるわ」


誰もいない部屋にリリーの言葉がむなしく響き渡る。


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