10話
「試合終了だ」
ゴードンの声が辺りに響き渡る。
「試合結果は……どうやら引き分けのようだな」
フェルミとエレナの腕輪が地面に落ちていてた。
「ちっ、これで終わりだと思うなよ」
フェルミは取り巻きを連れて舞台上から去って行った。それと入れ替わるようにエレナとサクラが駆けつけてきた。
「腕輪が外れても試合が終わらなかったから焦ったわよ」
エレナが目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。
「俺もビビったよ。腕輪が壊れたのに、攻撃してくるからさ」
「よく無事に生きてられたわね。それにフェルミの腕輪も外れてたし。どういうことなの」
「フェルミの攻撃を避けながら近づいて思いっきり蹴り飛ばしたんだ。そしたらアイツの腕輪も壊すことが出来てな」
「なにいってるのよ、つまらない冗談は後で聞くから」
嘘じゃないんだけど。俺ってそんなに信用ないのか。
「カレルさん、お怪我はありませんか?」
サクラが心配そうに尋ねてきた。
「平気だよ。傷一つないって」
「ごめんなさい、私あまり役に立てなくて」
「あんな状態じゃ仕方ないって。みんな無傷だったからそれで良いじゃないか」
「私もあんまり活躍できなかったんだから、気にしなくていいって」
「俺は頑張ったけどな」
「魔術を避けて蹴り倒したんだってね」
「そうなんですか。さすがカレルさんですね」
「そうだろう。久しぶりに頑張ったんだから、もっと褒めてもいいんだぜ」
「サクラったら、そんな訳ないじゃない。で、本当のところはどうなの」
「だから蹴り倒したって言ってるじゃん」
エレナが呆れたようにため息をつく。
「もしかしてフェルミの腕輪にも不備があったのかしら」
「そうかもしれませんね」
「サクラは俺のこと信じてくれたんじゃなかったのか」
「えーと、その、さすがに現実離れしてるかなって思いまして」
「まったく、そんなことを本気で言ってるあなたが心配だわ」
エレナが溜息をついて首をふった。
その後も、無事に試合が行われた。フェルミはいつの間にか闘技場から姿を消していた。
「これで本日の演習は終わりにする。自らの課題を見つけられただろう。魔道具を使ったグループがいたが、次から使用禁止だ。今日はこれで解散する」
「きっとフェルミのことね」
エレナがひそひそと話しかけてきた。
「だろうな」
「ふふ、怒られていい気味よ」
「あと、遅刻も厳禁だからな。次はいかなる理由でも減点するからな。今日はこれで解散だ」
「ほら、そんなこと言ってるからお前も注意されてるぞ」
「うるさいわね。あんたも同罪なんだからね」
エレナが顔を赤くして俯いた。
「今日はありがとうございました」
サクラがぺこりと頭を下げた。
「ん、何が?俺は何かした覚えはないけど」
「いえ、その、一緒にチームを組んでくれてとても助かりましたので」
「ああ、そんなことか。むしろ、俺の方が一緒に戦ってくれて助かったよ」
「そうそう、サクラちゃんがいなかったら、私一人で戦うところになったんだから。人数あわせのコイツに感謝なんてしなくていいのよ」
エレナが後ろからヤジを飛ばしてきた。
「俺だって活躍したんだからな」
「はいはい、その話はもういいですよ」
「お二人とも、仲が良いんですね」
「そんな訳ないでしょう」「そんな訳ないだろう」
二人の声が重なる。
「もうっ」
エレナの顔が僅かに赤くなった。
「たまたま一緒に行動する機会が多いだけだ」
「そういうことよ。何が嬉しくて魔術が使えない人と一緒にチームを組まなきゃいけないのよ」
「ふーん。それじゃ、フェルミみたいな奴らとチームを組んでもいいのか?」
「それは死んでも嫌よ。そんなことなら、足手まといのあなたと組んだ方が百倍マシよ」
「ほら、俺の方が良いってことなんだろう」
「それは言葉の綾よ。腐ったリンゴより腐ったオレンジの方が良いでしょう」
「おい、例えがひど過ぎるぞ。しかもどっちも腐ってたら比較にならないだろ」
「リンゴよりオレンジの方が好きってことよ」
「まったく意味がわからないんだけど」
「うるさいわね。意図が伝わればそれでいいのよ」
「それが伝わってないから困ってるんだろう」
カレルたちのやり取りを見ていたサクラがくすくすと笑う。
「やっぱり仲が良いんですね」
「もうなんだっていいわよ」
エレナが諦めて肩をくすめる。
「ところで、エレナさんは寮で暮らしているんですよね」
「ええ、そうよ。もしかしてサクラも寮なの?」
「はい。昨日になって、ようやく引越しの片づけが終わったばかりなんです」
「引越しすると、意外と荷物が多くてびっくりしちゃうわよね」
「お前の荷物は、余計なものが多すぎなだけだろう。トカゲのぬいぐるみなんて実家においておけよ」
「私が何を持ってこようが、あなたに関係ないでしょう。それにトカゲじゃなくてドラゴンよ」
「どっちでもいいじゃねえか」
「よくない。トカゲとドラゴンじゃスケールが違うでしょう」
「カレルさんは、エレナさんの部屋に遊びに行ったことがあるんですか」
「ん?遊びに行くも何も、俺の」
エレナが俺の口を強引に塞いだ。
「引越しをしている時に、ばったり会っただけなのよ。たまたま廊下ですれ違ってね。そうよね」
エレナが鋭い眼差しで睨みつけてきた。
「ああ、でっかいぬいぐるみが置いてあったから印象に残っててな」
仕方なくエレナの話に乗ることにした。
「そうだったんですね。ということは、カレルさんも寮に暮らしているんですか?」
「ああ、そうだよ。サクラもか?」
「はい、私も寮で生活しています」
「そうか。じゃあ、寮まで一緒に帰るか」
「はい」
サクラは嬉しそうに呟いた。
その言葉を聞いて、エレナが焦った表情をした。
「ばか、私たちが同じ部屋だってバレたらどうするのよ」
サクラに聞こえない声で囁いてきた。
「大丈夫だって。同じフロアになる可能性なんて滅多にないだろう」
エレナは溜息をついて首を振った。
「どうしたら、そんな楽天思考になれるのかしら」
「まあ、俺は同棲しているのがバレても全然かまわないし」
「私が困るの。それに同棲って言わないで」
「ドウセイってなんですか?」
サクラが不思議そうに首をかしげる。
「えっ、いや、なんでもないのよ」
「そうですか」
サクラが少し悲しそうな顔をする。
「ドウセイっていうのはな、男と女が一緒に生活することだ」
サクラが顔を真っ赤にして俯いた。
「何勝手に話を広げているのよ」
エレナがカレルの頭を軽くひっぱたく。
「あ、ごめんなさい。あまり深く聞いてはいけない話題ですよね」
サクラがほのかに顔を赤くして俯いた。
「ほら、なんだか変な方向に話が転がって行ってるじゃない」
「それで同棲しているのか」
「何を馬鹿なことを言っているのよ」
「サクラが聞きたそうにしてたからな」
サクラは興味津々でエレナの顔を眺める。
「そ、そんなわけないでしょう」
「なんだか嘘くさいよな」
カレルはにやにやと笑いながら、サクラに話しかける。
「まあ、その、誰にも隠しごとがありますから」
サクラは言葉に詰まりながら、うつむいた。
「寮に住んでいる時点で、一人暮らしなのは自明でしょう」
「あ、確かにそうですね」
サクラはハッとした表情をする。
「えー、ほんとかなあ」
カレルが挑発するように呟く。
「怪我してる腕を握りつぶすわよ」
エレナは鋭い視線でカレルを睨んだ。これ以上、からかうと本気で怒りそうだな。
「じゃあ、俺は用事があるから、先に帰っててくれ」
「一緒に帰るってさっき、言ったばかりじゃない」
「悪い悪い。ちょっと用事があるのを忘れててな」
カレルは早足で学園の方に向かっていった。
「もうほんっとに天邪鬼なんだから」
「それがカレルさんの良いところだと思います」
カレルの背中を見ながら呟いた。




