1話 入学
「はぁ…、学園への登校初日から遅刻というのはさすがにマズいな」
永峰荒は今日から自分が通うことになる学園まで続く通学路を呟きながら走っていた。
彼の行き先である学園『霧宮学園』は知と術の総合点が基準に達していれば良いという学園長〈霧宮影沖〉が出した奇妙な基準で入学者が決められており、荒もそのうちの1人として入学生になったのである。
荒は息切れを起こすほど走り続け学園に到着し、息を整えながら自分のクラスの教室に向かう。
教室の前に到着すると授業中なので声がする教室の扉をノックする。
すると、中から「どうぞ」と声が聞こえたので扉を開ける。
「失礼します」
中に入ると、そこは40、50人は入れると思われる空間で窮屈な感じがせず授業を教える際には黒板ではなくスクリーンが使われるようだ。
そこにいる生徒全員が自分の方を見ており、スクリーンの前に立っている先生らしき女性が最初に視線に入った。
歳は22か23くらいだろうか、茶髪のショートカットで紫のスーツを着こなしている。
「初日から遅刻なんて感心しませんね。早く一緒に学ぶことになるクラスメイトに挨拶しなさい」
先生に怒られて少しテンションが下がりつつあるが挨拶をする。
「永峰荒です。皆さん、これから三年間よろしくお願いします」
それに先生が続く
「皆さん、永峰君は入学式は事情により出席出来ず二日後の今日から初登校という形になってしまいましたが仲良くしてあげて下さいね」
最初は遅刻するような生徒には冷たいように見えたが、先生は意外と優しかった。
「では、永峰君が空いている席に座ったら授業を続けます」
空いている席に座ると授業が再開される。
それから間もなく隣の席に座っている少女が少し身体をこちらに近づけて小声で話しかけてきた。
見た目はまだ中学生と思えるくらい小柄で肩まで伸びている綺麗な白髪が特徴の女の子だったので思わず目が釘付けになってしまった。
「永峰君、私は藤堂魅鎖だよ。隣同士だから分からない事とか教え合ったりしようね」
随分と初対面に対してフレンドリーな娘だな。まぁ別に構わないが。
とりあえず返事する。
「あぁ、よろしく」
授業が終わると早速、魅鎖が近付いて話しかけてきた。
「永峰君はどうして入学式に来れなかったの?」
なんてストレートな質問なんだ。そんなに知りたいのか?と思いつつも答えてやる。
「入学式当日に気分が悪くなって行けなかっただけ。俺は昔から体調があまり良くないんだ」
それを聞いた魅鎖は少し悲しそうな顔をしていたので言葉を付け加える。
「入学式に来ない理由くらい聞いて当然なんだから悲しそうな顔するなよ」
大して慰めにはならないと思うが、登校初日から女子を泣かせたなどと学園内で噂が立ったら面倒なので言わないよりはマシだ。すると魅鎖は少し驚いたような表情になり
「え…、あ…、ありがとう…」
と感謝の言葉を言った。
どうやら泣かせなくて済んだようだ。
それからすぐに次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、放課後まで授業をこなしていく。
放課後になると帰り支度を整えながら自分が新しく住むことになる寮の場所を思い出す事にした。
今まで住んでいたアパートから学園までの距離は通えない程ではないが入学が決まったと同時に思い切って寮に住むことを決心したのだ。
帰り支度を終え鞄を持って教室を出て廊下を少し歩いていると背後から声をかけられる
「おい、お前が今日から来た新入生だろ」
振り返って声の主を見てみると、背丈は荒より高く、手には竹刀を持っている男だった。口振りからすると上級生だろうから返答をする。
「そうですが、そういうアンタは誰だよ」
「あぁ!テメェ、新入生の分際でそんな態度取って良いと思ってるのか!」
どうやら本当に上級生のようだ。入学初日から波風を立てたくはないからここは無難な態度を取る。
「失礼しました。まだ学園のルールを知らなかったので」
「分かりゃいいんだよ。新入生は入学式からもう俺ら上級生の下僕になってるという事を今日テメェに言いに来たんだ、ありがたく思うんだな!」
「そうなんですか、それは知らなかったで……」
「残念ながら、テメェは粛清決定だ。失礼すぎる奴ってのは俺は嫌いなんでな」
どうやら上級生はご立腹のようだ。
生意気な新入生というのが許せないタイプなのだろう。だからと言って粛清など潔く受けてやる気は無いので荒は上級生に背を向け廊下を走り逃げ出す。
「待て!」
上級生は逃げた事に気付き追い始めるが、荒のダッシュのおかげかその差は縮まらずやがて逃げ切ったのだろう背後から気配は無くなった。
「はぁ…はぁ…、上手く逃げ切れたかな…。」
そう言って荒はズボンのポケットから古ぼけた懐中時計を取り出し確認すると現在の時刻は午後4時半を回ったところだった。
「こんな時間に逃げ切れたのは幸運だった。今の身体じゃまともに相手なんて出来やしない…」
荒は再度、上級生が追って来ないのを確認すると校舎を後にして学園から離れていない寮に向かう。
「ここが俺が住む寮か…。聞いていた以上に外観が綺麗だな…」
霧宮学園の良いところの一つとして学生寮の内容がある。
セキュリティー完備で食堂のメニューなどが高級ホテル並という学生には贅沢すぎるサービスがあり、それが理由で毎年入学希望者が後を絶たないと言われている。
「今日は疲れたし、早く部屋に入って寝るかな…」
荒は入口の指紋認証端末に手を置く。
『エラーです。あなたは登録されていません』
「……へ?」
何が起こったのか分からず荒は再度端末に手を置く
『エラーです。あなたは登録されていません』
どういう事か荒は寮に入る事が出来ない。
自分は新入生だからまだ登録されていないんだと一瞬考えたがその可能性は低いようだ。
なぜなら、周りを見渡すと自分以外の新入生が寮の前で立ち往生している様子がないからだ。
「明日までどうするんだよ…。学園に戻るの疲れるし…。明日みんなに聞いてみよ…」
荒は寮の中庭にちょうど良さそうなスペースを見つけると、そこで横になり静かに目を閉じた。