6.婚約解消の提案1
その後の展開は早かった。
夜会から帰宅した両親にお姉様と一緒に婚約の解消を考えていることを話すと、父がまず喜んだ。
「ああ、いいとも。もちろんだとも。お前が嫌なら逃げたらいい。我が家は別に侯爵家と縁組になりたいというわけではないからね」
笑顔で父が言い切る。どちらの娘も溺愛する父は早くに決まった私の婚約に不満を持っていたようだ。
「お母様もよろしいですか」
「そうねぇ……。フェリクス君が了承してくれるかは謎だけど……無理して結婚しても後から大変だもの。私の方は大丈夫よ、貴女の気持ちを大切にしなさい」
「お母様……ありがとうございます」
確認すると穏やかな笑みを浮かべながら頷く。母には感謝してもしきれない。
両親に話した翌日、フェリクス様に「大切な話があるから会いたい」と綴った内容を送った。
そして、その手紙の返信は私の予想より早く届いて驚いた。
一応、これまでも手紙のやり取りはしていた。竜騎士として活動するフェリクス様の業務は多忙で、休日の変更が結構あったから。
そのため、冷め切っていてもお茶会の日程を決めるために連絡を取り合っていた。
だけど今回は違う。今回は次回のお茶会の日程の相談ではなく、大事な話があるから休みの日を教えてほしいと認めた。
だからだろうか、すぐに返事をくれて内心ほっとする。
「複数あるけど、この日にしようかな」
提示された日付から一番近い日を選ぶ。
一番近い日は来週だ。その間に今制作中の絵を完成しようと決める。
「こちらの都合は大丈夫、っと……」
白い便箋にローギウス侯爵邸を訪問する日付を綴る。私は大丈夫だけど、フェリクス様は急な出勤がなければいいのだけど。
そして蝋を押し、フェリクス様に再び手紙を送った。
***
それから気がかりだった急な休日の変更の連絡はなく、約束の日が訪れた。
「いーい? 何かあったらすぐに私を呼びなさいね。お姉ちゃん、すぐに駆け付けるから」
「大丈夫ですよ、お姉様」
眉間に皺を寄せてお姉様が連呼する。起床からもうこのやり取りは既に三回はしている。
「お姉様、そろそろ馬車に乗らないと遅刻しますよ」
「平気よ。ギリギリ間に合うわ」
「でも御者がお姉様を何度も見ていますよ。そろそろ乗ってください」
再三伝える。ちなみに両親はいない。父もお姉様のように何度も同じやり取りをしていたけど母に屋敷の中へ連行されていった。
それにしても、フェリクス様に婚約の解消を提案するだけなのにどうしてそこまで心配するのだろう。むしろ、フェリクス様も快諾してくれるはずだから問題なんてないのに。
不思議に思いながらお姉様に出発を促すと、重くて長い溜め息を吐く。
「……はぁ、分かったわ。でも本当に何かあったら呼んでね。そうだ、私が以前渡したブレスレット形をした魔道具をつけていきなさい。攻撃魔法を付与していて、対象を火あぶりにしてくれるから」
「それ、私捕まりませんか?」
「大丈夫大丈夫。正当防衛だし、あいつもエリーを守るために頷くわ」
いや、絶対大丈夫じゃない。お姉様には悪いけど、王立騎士団に捕まりたくないから置いて行こう。
そしてどうにかお姉様を馬車の方へ連れて行くと渋々の様子で乗り込んでいく。御者が頭に下げられたけどお姉様には内緒だ。
そして出発するお姉様の馬車を見つめる。私もそろそろ準備しよう。
「セルマ、ローギウス侯爵家へ向かうから手伝ってくれる?」
「はい、エリーゼお嬢様!」
近くに控えていた侍女のセルマにお願いする。セルマは私と同年代の侍女で、私に仕え、同時にエリオット・ケペルだと知る数少ない存在だ。
部屋へ行き、侯爵家へ赴くのに相応しい服装に着替えると、セルマに手紙を渡す。
「セルマ、これをアルベルタに渡してちょうだい」
「アルベルタ様にですね。はい、かしこまりました」
「お願いね」
友人宛ての手紙をセルマに預けると馬車に乗り、御者にローギウス侯爵邸まで言ってほしいと告げる。
行き先を伝えると御者が馬に動くように指示を出し、馬車が動き始める。……制作中の絵も無事完成した。あとは、完成した絵を渡すだけだ。
「ギリギリだけど間に合ってよかったな」
婚約解消の手続きを始めたら忙しくなって絵を描く時間が減るのは目に見えている。だから婚約の解消を提案する前に描き終えることができてよかったと心から思う。
移りゆく景色から次の絵を構想する。前回は海の絵、今回は夏の避暑地の別荘と夏を連想させる絵が多かったから次は秋にしようか。手続きなどでどれくらい時間がかかるか分からないから秋をテーマにした絵にしてもいいと考える。
そんな風に大好きな絵について考えていると、いつの間にか侯爵邸へ近付いていたようで御者に声をかけられる。まだ構想を練りたいけど、今から婚約解消をするためひとまず保留にしよう。
完全に停車すると馬車から降り、降りると侯爵家の家令が私を出迎える。
「お待ちしておりました、エリーゼ様。フェリクス様が庭園でお待ちです。どうぞこちらへ」
「分かりました」
家令の発言に返事しながら少し驚く。いつもは休日でも侯爵家の後継ぎということで執務仕事をして約束の時間通りにお茶会が開けないのに。
珍しいな、と内心思いながら家令について行くと、数日前に見た美しい庭園が私を出迎える。
「いつ見てもきれい……」
「ありがとうございます。庭師にお伝えくだされるとお喜びになるでしょう」
小さく口にすると呟きを拾った侯爵家の家令が微笑んで告げるも、その発言にどう返事していいか分からなくて曖昧に笑う。……伝えたいけど、これからフェリクス様に婚約を解消することを提案するからそれは難しいだろう。
なんとか誤魔化してフェリクス様が待っている庭園へ到着すると、白銀の髪が視界に映り――その違和感に首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「い、いいえ」
傾げる私に家令が尋ねて小さく首を振る。
侯爵家の家令が言った通り、庭園には既にフェリクス様がいて灰色の瞳がこちらを射貫く。……気のせいだろうか、シンプルな服でも整った容姿のせいかキラキラとしているけど、今日はいつもよりもキラキラ度が強い気がする。
「エリーゼ、ようこそ」
「……ごきげんよう、フェリクス様」
数日前に交わしたやり取りを再現しながら挨拶をする。やっぱり違う。いつもより着飾っているのが分かる。
戸惑っていると着席を勧められ、気持ちを落ち着かせるために座ってお茶を飲んで喉を潤す。
そして一口含んでそのお茶が私が好きな茶葉だと気付いて少しずつ落ち着いていく。よく見れば、テーブルに並べられたお菓子も私が好きなものだ。
「食べたいのなら食べていいよ」
「いいえ、大丈夫です」
許可を取るフェリクス様に断る。今日はお茶会に来たわけではない。婚約を解消しに来たのだから。
向かいにいるフェリクス様を見ると、灰色の瞳と視線がぶつかる。
「まずはお礼を。本日はお忙しいのに私のお願いに応じてくださりありがとうございます。このようにお茶を用意していただき嬉しいです」
「いいや。いつも僕の都合に合わしてもらっているのだから当然だよ」
お礼を伝えると当然のように返される。よかった、急に会いたいと提案したけど、どうやら不機嫌にはなっていないようだ。それならいい。
緊張するのを抑えて、深呼吸をしてゆっくりと口を開く。
「実は、フェリクス様に相談がありまして」
「相談? 珍しいね、君がレイリアじゃなくて僕を頼るなんて」
相談を口にするとフェリクス様がお姉様の名前を出す。確かにいつも何か困ったことがあるとお姉様に頼っていたなと思う。
だけど婚約の解消くらいは、お姉様の手を借りずに解決したいという気持ちがあって。
「今回はお姉様では無理なお話なので」
「そうなんだ、嬉しいな。……それで? どんな内容?」
不思議と雰囲気が柔らかくなり、フェリクス様が微笑みながら問いかける。どうして機嫌がよくなったのかは分からないけど、伝えるのなら今だ。
フェリクス様の微笑みにつられて、私も口角を上げて微笑む。
「この内容は当事者である私とフェリクス様しか対応できないお話で……。――フェリクス様、どうか私と婚約を解消してくれませんか?」
そして微笑みながら婚約の解消を申し出ると、フェリクス様は石像のように固まった。




