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伯爵令嬢は竜騎士との婚約を解消したい  作者: 水瀬


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4.エリーゼの秘密 

 屋敷へ到着するとロクサーヌ様に言われていて気持ちが沈んだのを元に戻すために、一階の東側にあるアトリエへ向かう。

 足取り早くアトリエへ到着すると鍵を回して入室し、絵の具とパレットの準備を始めて目の前の絵と向かい合う。

 そして、しばらく絵を見つめ、気になった部分を水に浸した筆でゆっくりと丁寧に色を付けていく。

 

「…………」


 アトリエに筆を動かす音だけが響く。

 筆が掠れると水を含ませて直前まで描いていた色と違いがないか確認しながら少しずつ重ね塗りをしていく。

 それを繰り返し、繰り返し集中しながら丁寧に作業をし──ようやく筆を置く。


「よし」


 キャンバスに描かれる夏の森と小さな屋敷を見て満足する。まだ完成した訳じゃないけど、ここまでいい色合いで描けている。


「あとは屋根の色かな。太陽の光を描いているからもう少し光を……」


 じっとしばらく屋根を凝視し、さらに気になった部分にほんの少し色付けをしていく。妥協はしたくない。

 

「うん、屋根はこれでいいかな」

「エリー、終わった?」

「! お姉様」


 筆を置くと声をかけられ、驚いてびくりと肩を揺らす。危なかった、もし絵を描いていたら確実に終わっていた。

 振り返るとそこにはお姉様がいて、こちらへやって来る。


「お姉様、驚かさないでください」

「分かっているわ。だからずっと静かにしていたのよ?」

「……もしかして、ずっとアトリエに?」

「ええ。十五分くらい前から」


 告げられた内容に目眩がする。まさか、そんな前から待たせていたなんて。


「……申し訳ございません。お忙しいのにずっと待たせてしまって……」

「いいわよ。私が勝手に待っていただけだから」


 謝罪すると美しい笑みで流してくれる。宮廷魔術師の中でも有望株ということで非常に忙しいのに、静かに待っていてくれて優しいと思う。

 こちらへ近付いてくるとお姉様が私の名前を紡ぐ。

 

「ねぇ、エリー。絵、見てもいい?」

「もちろんです」


 尋ねてくるお姉様にこくりと頷くと、私と同じ水色の瞳がキャンバスの中の絵を見る。

 

「へぇ、森の中に屋敷があるのね」

「はい。夏の避暑地をイメージして描きました」

「そうなのね。──私は絵のことはよく分からないけど、とてもきれいね」


 キャンバスを見つめるお姉様を見る。その水色の瞳は柔らかく、心から言ってくれているのが窺える。


「締め切りが近いの? 屋敷に帰ったと思ったらすぐにアトリエ(ここ)に来て驚いたわ」

「締め切りはまだ半月あるので大丈夫です。ただ、私が描き足りなくて……」

「そう。急いでいるわけではないのならよかったわ」


 尋ねるお姉様に本音を濁して答える。描き足りななかったのは本当だけど半分は違う。だけど、お姉様に心配をかけたくないので微笑んで誤魔化す。

 描き足りなかったと理由を述べると、お姉様が再び私の絵を興味深そうに眺める。


「締め切りまで時間があるなら少し休憩しない? 久しぶりにエリーとゆっくりお話したいわ」


 お姉様が提案する。確かにお姉様は忙しい身で普段は仕事場である王宮に近い魔術師の寮で住んでいる。こうして屋敷に戻るのは一ヵ月ぶりくらいだ。

 

「そうですね。私もお姉様とお話したいです」

「なら私の部屋へ行きましょう。お茶を用意しておくから早く来てね」

「分かりました」


 アトリエから去るお姉様を見送るとパレットに付いた絵の具を水で丁寧に、だけど素早く洗い落とす。明日も早いって言っていたから待たせてはいけない。

 続いて筆も洗い落として丁寧に拭いてまだ途中のキャンバスの絵を見る。ほぼほぼ描き終わっているから、この調子なら数日以内には完成できるはずだ。

 完成する日数を予測し、鍵を開けてアトリエを出る。急いで向かわないと。


 やや早歩きで長い回廊を歩き、お姉様の部屋の前にたどり着く。

 そして数度ノックすると、返事が返って来てドアノブを回転して入室する。


「お待たせしました」

「いいのよ。それよりも早かったわね」

「お姉様を待たせるわけにはいきませんから」


 入室するとお姉様が笑いながらこちらを見て着席するように促す。なので向かいのソファーにゆっくりと着席する。

 目の前には既に湯気が立ったポットがあり、お姉様が人差し指を振るとポットが動いてティーカップにお茶が注がれる。


「やっぱりすごいですね」

「そう?」

「対象が軽いとはいえ、詠唱なしで物を浮かせるのは難しいに決まってます」


 不思議そうに呟くお姉様に説明する。やっぱり魔力が多くて宮廷魔術師の中でも有望だからできる技術だと思う。 


「どうぞ」

「ありがとうございます。……温かくておいしいです」

「よかったわ」


 感想を口にするとお姉様も同様に機嫌のいい声が返ってくる。

 大陸の北部側にあるアウスリング王国は冬が四ヵ月続き寒い日が長い。そのため、春だけど夜は昼の暖かさが嘘のように冷えるから温かい飲み物はとてもおいしく感じる。

 温かいお茶を味わっていると、お姉様が話し始める。


屋敷(こっち)に戻ってくるのは一ヵ月ぶりくらいかしら」

「それくらいだと思います。その前は三ヵ月くらい帰ってこなくて」

「魔物の討伐遠征ね。あれは骨が折れたわ。頭領が中々尻尾を出さないのだもの」


 思い出したのか、疲れた声で語る。

 人や動物に害を成す魔物の存在は知っている。だけど、一般人である私は生まれてから一度も見たことない。

 けれどお姉様は違う。任務とはいえ、危険な魔物の討伐をこなして尊敬する。   


「でも魔物を討伐するなんてすごいです。さすがは魔法に長けたお姉様ですね」

「ふふ、ありがとう」


 そうして久しぶりに会ったお姉様と近況やら色々とお話しをしていると、さっきの夜会の話になる。


「そういえばさっきの夜会でエリオットの名前を聞いたわ」

「お姉様もですか?」

「その反応だとエリーもなのね。王宮でも最近よく聞くわ。なんでも今、貴族の中で注目を集めている新鋭画家だとか」

「……嬉しいですけど、なんだか恥ずかしいです」


 お姉様の言葉にはにかむ。……少しずつ知られて、認められているのが分かって嬉しくなる。

 黙り込んでしまう私にお姉様が小さく笑う。


「もっと喜んでもいいのに。――でも、まさか誰も思わないわよね。平民出身の画家、エリオット・ケペルの正体が伯爵令嬢のエリーゼだなんて」


 頬杖しながらお姉様が言う。……確かにそうだと思う。

 平民出身の新人画家、エリオット・ケぺルはこの世に存在しない。そして──誰もエリオット・ケぺルの正体が伯爵令嬢だと思っていないだろう。

 

「私だって驚いています。……まさか、()()()()として二年も活動できるなんて」


 ポツリと本音が零れる。

 そして――話しながら遠い記憶を思い出した。

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