3.慣れた傷
フェリクス様とのお茶会から二日後。先日のお茶会で告げた通り、家族で父の友人が主催する夜会に赴いていた。
「エリー! 久しぶりね!」
「お姉様」
愛称を呼ばれて振り向くとお姉様がいた。
返事をするとこちらへ近付いてきて、私と対照的な薔薇色の髪に目が行く。
「ああ、エリーだわ。元気だった?」
「元気でしたよ。お姉様こそ元気でしたか? 今日だってお仕事の後に来ているのですよね?」
「ふふ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
笑顔を向けてくるお姉様に私も微笑み返す。
シャンデリアの光に反射して輝く鮮やかな薔薇色の髪に夏の若葉を彷彿させるような新緑の瞳を持つのはレイリア・リストン。二十歳になる、私の三つ上の姉だ。
そんな薔薇色の髪が印象的なお姉様は魔法の才能があり、王宮で宮廷魔術師として働いている。
魔法──それは、魔力を用いて行使する特別な力だ。
この世界では誰しもが魔力を持っているけど、実際に魔法を使えるのは少数で、魔力量が多くないと魔法は扱うことができない。
両親も私も魔力はあるけど、魔法を使うほどの魔力を持っておらず、そのため魔法を使うことができない。
だけどお姉様は膨大な魔力量を持って生まれ、宮廷魔術師の試験も突破するほど才能に恵まれ、将来は有望と囁かれている魔術師だ。
そんな優秀なお姉様は優しくて美人で、私の自慢の姉だ。
「エリー、このケーキもおいしいわよ」
「本当。生クリームが絶品です」
「こっちのフルーツの盛り合わせもおいしいわね。ほらエリー、いちごよ」
「ありがとうございます」
いちごを私のケーキに乗せる。
お姉様は妹の私に殊更甘くて、すぐに私の世話を焼こうとする。
「レイリアじゃないか」
「本当だ。よぉ、レイリア」
会場の端で仲よく話していると、お姉様の名前が聞こえてそちらへ向く。
声がした方向には数人の男女がいて、親し気に手を振ってこちらへとやって来る。
「お知り合いですか?」
「同期と後輩ね」
同期と後輩。それはつまり、お姉様と同じく魔法に優れた宮廷魔術師ということだ。
「レイリアも参加してたんだな」
「ええ」
「こっちは妹さん?」
「初めまして、エリーゼ・リストンと申します」
質問する宮廷魔術師の一人に微笑んで挨拶する。お姉様の仕事仲間だから失礼のないようにしないと。
「わぁ、レイリア先輩と似てますね! 瞳の色とかそっくり!」
「そうよ。かわいくてかわいくて堪らない私の自慢の妹よ」
「相変わらず妹が大好きだな」
「ええ。だからエリーに近付かないでよね」
女性の後輩魔術師には頷き、男性の魔術師には警告する。私の心配をしてくれるけど、私はお姉様の方が心配だ。だってお姉様はこんなにきれいなのだから。
「それで何?」
「見つけたから声かけたんだよ。つれねーな」
「姉妹の時間を潰したからよ」
ジト目で男性魔術師を見る。お姉様はこう言うけど、せっかく話しかけてくれたのだから離れた方がいいだろう。
「お姉様、せっかくですからお話ししてはどうですか?」
「エリー?」
「私は飲み物を貰って飲んでますから」
「……いい? 変な人に声掛けられても無視するのよ? 何かあればこっちに来なさい。そいつ、氷漬けにしてやるから」
「大丈夫です」
微笑んで即答して離れる。お姉様に言ってはいけない。本当に氷漬けにするだろうから。
***
飲み物を楽しみながら周囲から聞こえてくる話に耳を傾ける。
「最近は羊毛が人気なので生産に力を入れております」
「隣国は現在歌劇が流行っているみたいですよ」
「トルック男爵の噂聞きましたか? 今度は新たに貿易業に手を出したとか」
色々な話が飛び交う。夜会はあまり参加しないから参加すると色んな話が聞こえてきて新鮮で興味深い。
「──そういえばご覧になりまして? エリオット・ケペルの新作の絵」
「海の絵ですか? もちろん!」
のんびりと聞こえて来る話題に耳を傾けていると、絵の話題が聞こえて来て意識を集中する。
「ここ二年ほどで出てきた新人の画家ですよね? 繊細な色の変化は見ていてうっとりするわ」
「収集家の仲間の中でも最近よく聞く名前だ。彼はもっと活躍するだろうから支援したいくらいだ」
「そういえば今度、個展が開かれるって噂が聞きましたぞ。伯爵、ぜひ一緒に行きませんか」
「おお、それはいい!」
わいわいと絵画好きの人たちで盛り上がる。なるほど、今はエリオット・ケペルが貴族の中で人気なのか。
大好きな絵の話は心が躍る。他の画家の話もしてくれないだろうか。
そんな風に思っているとカツン、とヒールの音が近くで響く。
「貴女が、エリーゼ・リストン伯爵令嬢?」
「え?」
近くからフルネームで名前を呼ばれて振り返る。
振り返るとそこには華やかな雰囲気の令嬢が一人佇み、私を見る。……この人は、確か。
いつまでも無反応でいるわけにはいかない。なので挨拶をする。
「はい。リストン伯爵家の次女、エリーゼ・リストンと申します」
こくりと頷いて返すとじっとりと私の全身を見る。……なんだか嫌な気分だ。
その様子を観察していると、全身を見終わったのか鼻を鳴らす。
「そう、貴女が。──どうしてフェリクス様はこんな冴えない子と婚約したのかしら」
その一言でああ、やっぱりと感想が零れる。やっぱりフェリクス様関係だった。
いきなり中傷されるけどそこに痛みはないのは、もう慣れてしまったから。
いつからだろう、フェリクス様関係で中傷されることに慣れてしまったのは。
攻撃的な目で私を見るのは確かロクサーヌ・シュレ様。二つ年上のシュレ伯爵家の令嬢で、きつめの目尻が私を捉える。
「見た目も地味でドレスも同じ。フェリクス様と並んでも全然釣り合わないのにしがみ付くなんて。我儘だと思わないの?」
「…………」
私を中傷するロクサーヌ様の言葉を無言で聞きながら観察してみる。
鮮やかな金色の髪に紅い瞳。確かに、私の薄茶色の髪と違って美しい色彩と思う。
それにスタイルに自信があるんだと思う。
貧相な私と違って女性らしい身体つきをしているし、布面積が少ないドレスも華麗に着こなしている。
華やかな雰囲気を持つ彼女と私なら、彼女の方がフェリクス様と断然お似合いだと思う。
「せめて宮廷魔術師の地位に就くレイリア様なら納得できたのに。どうしてこんな子が侯爵家で竜騎士であるフェリクス様と──」
「──私が、どうかした?」
黙って聞いている私を見ながらそう言うが、それは突然終わった。
そして突如割って入って来た声にロクサーヌ様がはっ、とそちらへと向く。
相手が狼狽えるのを見ながら私も声がした方向へゆっくりと目を向ける。
「お姉様……」
颯爽と駆けつけたお姉様が隠すように私とロクサーヌ様の間に入り込んで口を開ける。
「私の妹──エリーゼに何用かしら?」
「れ、レイリア様……!!」
「何やら騒がしいから来てみたのだけど、知らなかったわ。貴女、いつから侯爵家からの婚約の打診を批判ができる立場になったの?」
「そ、それは……」
「情報には気を遣っていたつもりなのだけど、ごめんなさいねぇ。それで? いつ陞爵されたの?」
頬に手を当てて不敵な笑みを浮かべたまま、再度尋ねる。……お姉様の周囲の魔力濃度が上がっているのは気のせいじゃないと思う。
ロクサーヌ様もそれに気付いたのか表情を青ざめる。将来有望で、宮廷魔術師として働くお姉様の魔力の圧を当たり過ぎると気絶もしかねない。
「……お姉様」
くい、とお姉様の袖を軽く引いて意識を霧散させると、ロクサーヌ様に見せた不敵な笑みとは対照の優しい笑みを向ける。
「あらエリー。どうしたの?」
「私は大丈夫ですから魔力を抑えてくれませんか?」
「魔力を? …………エリーがそう言うのなら仕方ないわね」
数秒の沈黙はあったけど、お願いを聞いて魔力を抑えてくれるお姉様は優しいと思う。
「わ、わたくしはここで失礼いたしますわ!!」
それだけ言うとロクサーヌ様が脱兎の如く逃げていく。高いヒールを履いているはずなのに早足だなと場違いかもしれないけど呑気にそう思う。
そんな風に後ろ姿を眺めていたらお姉様が振り向いて優しく微笑む。
「エリー、疲れたでしょう? もう帰りましょう」
「いいのですか?」
「私も明日仕事が早いもの。お父様から許可をもぎ取るから帰って休みましょう」
「分かりました」
肩に触れて優しく告げるお姉様に頷くと嬉しそうに笑う。ついさっきまで不機嫌に魔力圧を放っていたのが嘘みたい。
そして両親に帰宅の旨を伝えてお姉様と一緒に馬車に乗る。……今日は夜会だったから少し肩に力が入っていたのかも。
「遅れてごめんね、エリー。助けに入るのが遅くなってしまって」
「大丈夫です。さっきは助けてくれてありがとうございます」
「エリー……。やっぱり私の妹は天使っ!!」
微笑みながらお礼を伝えるとお姉様が叫んで目を瞬く。お姉様は時折そんなこと言うけどなんでだろう。
「それにしてもさっきの彼女……フェリクスのファンでしょう?」
そんなことを思っていると、フェリクス様をあいつ呼ばわりして吐き捨てる。ここには私しかいないからと言ってはっきり言うなんて、と思ってしまう。
「そうみたいです。フェリクス様のことが好きみたいで」
「文句を言うならあいつに言えばいいのに。エリーに言うなんて」
「……私が婚約者だから気に入らないんだと思います」
自分で言いながらまたひとつ、胸に棘が突き刺さるけど、そこに痛みはない。
母親同士の縁で決まった婚約で、これは良縁なのは分かっている。
だけど──。
『フェリクス様と並んでも全然釣り合わないのにしがみ付くなんて。我儘だと思わないの?』
ロクサーヌ様が言った言葉が脳裏に蘇る。
フェリクス様の様子からしてこの婚約を望んでいないのは分かっている。そして、私もフェリクス様に恋愛的な感情なんて持っていない。
それなのに、いくら侯爵夫人が望んだことがきっかけだとしても──このまま結婚していいのかと思ってしまう。
「……はぁ」
溜め息が零れる。……今までもフェリクス様を慕う令嬢に何回も言われているから慣れているけど、それでも疲れてしまう。
そうして屋敷に到着するまで席に背中を預けて目を閉じたのだった。




