11.デート1
母と別れて部屋に戻るとどっと疲れが押し寄せる。
「ふぅ……」
部屋の天井を見上げる。予想外の展開の連続で、頭が疲れているのが感じる。
「お疲れですね。急にフェリクス様が訪れて驚きましたが喧嘩でもしたのですか?」
セルマが気遣うようにこちらを見る。……喧嘩ではないけれど、セルマは私が婚約を解消しようとしていたのを知らないから少し気まずい。
しかし、私を心配するセルマに秘密にするのは、と思う。……仕方ない、覚悟を決めよう。
案じた様子で質問するセルマに目を向ける。
「……喧嘩はしていないけど、少し大事な話をしていて」
「大事なお話ですか?」
「ええ。実は──」
そして先ほどの一連の内容を話すと案の定、セルマが仰天した。
「はい!? こ、婚約解しょ……!?」
「ふふ、いきなりこんなこと聞いて驚くわよね」
戸惑った様子のセルマに苦笑する。自分じゃない人が慌てていると逆に冷静になれる。
「セルマも知っていると思うけど、月に一度のお茶会、それだけが私たちのここ数年の交流よ。……お互いに望んだ婚約じゃないのに、結婚するのはどちらにもよくないと思ったの」
「エリーゼお嬢様……」
セルマが眉を下げて私の名前を紡ぐ。長く私に仕えているから私とフェリクス様の状況は知っている。
「……確かにフェリクス様は竜騎士のお仕事でお忙しかったですからね。で、でも婚約は継続に……?」
「そうなったわね。今すぐ結婚じゃないからひとまず継続してお互いに本当にこれでいいか考えようって感じね」
「そうなのですね。……エリーゼお嬢様は、フェリクス様のこと、どう思っているのですか?」
おずおずとした様子でセルマがフェリクス様について尋ねてくる。どう思っている、か。お姉様も同じこと聞いてきたなと思い出す。
「結婚相手ではないだけで、フェリクス様のことは嫌いじゃないわ。竜騎士として魔物から、他国から国を守っていて尊敬しているの」
謝罪するセルマに胸の内を零す。
恋愛として好きではない。でも、国のために尽くす姿は、素直に尊敬する。
「黙っていてごめんね」
「いいえ、いいんです。……エリーゼお嬢様がどんな選択しても私は仕えるだけですから」
「セルマ……」
優しい眼差しでセルマが告げる。セルマはいつだって私のこと思ってくれていて、彼女が私の侍女でよかったなと思う。
「……ありがとう。そうだ、夕食後のティータイム、一緒に飲まない?」
「ふふ、それはいいですね」
提案すると嬉しそうに頷く。
そして夕食後、セルマと一緒にティータイムをして楽しいひとときを過ごした。
***
それから数日後、フェリクス様と約束した個展へ行く日になった。
ちなみに、私──エリオット・ケペルの個展は予定通り先日から開催され、私も初日に訪れた。
エリオットの個展は初ということで、初期の作品や販売していない作品を展示していたけど、多くの人が訪れていては色んな感想を言っていて、聞いていて嬉しい気持ちになった。
セルマが張り切って私の髪や外着の用意する。今日は絵を見るだけなのに。
それを正直に言うと「フェリクス様とデートするのは久しぶりじゃないですか!」と言われた。私はデートだと思っていない、と張り切るセルマの前で口にする勇気はなかった。
準備を終えて部屋で待っていると、セルマからフェリクス様の来訪を告げられる。
「分かったわ、それじゃあ行ってくるわ」
「はい! 楽しんでくださいね」
自分のことのように嬉しそうにするセルマに笑って彼女と別れて正門へ向かう。
正門へ向かうとローギウス侯爵家の家紋の馬車があり、私を待つフェリクス様を見つける。
「エリーゼ、おはよう」
「おはようございます、フェリクス様」
お互いに朝の挨拶を交わし、フェリクス様の手を借りて馬車に乗る。
私たちが乗ると御者が馬に動くように指示を出してゆっくりと馬車が動き出す。
動き出すと同時に沈黙が嫌でフェリクス様に話しかける。
「それにしてもフェリクス様も絵に興味があるなんて。知りませんでした」
「……正直に言うと、エリーゼのように詳しいわけじゃないんだ。でも、入手できたからせっかくだからと思って」
絵について話すとそう返される。……詳しくないけれど、私が絵に興味があると知って誘ってくれたのか。
その優しさに、不思議と胸が温かくなる。
「ありがとうございます」
「ううん」
話題が終わる。でも、今は気まずい気持ちになっていない。
それから到着するまで短い会話を続けていると、減速し始める。
やがて完全に停車するとフェリクス様が手を差し出してくれ、その手を借りて降りる。……んん?
「個展はこのすぐ近くだよ」
「え、えっとそうですか」
告げられて返事する。返事するけど、その道は先日、通った道だ。……これはもしかして。
フェリクス様に案内してもらいながら歩いて行く。いいや、違う可能性がある。この近くで別の個展が今日から開催されている可能性は捨てきれない……!
「──着いた、ここだよ」
「…………」
柔らかい声で紡がれて無言になる。……ここって。
「ここは……」
「新鋭画家、エリオット・ケペルの個展だよ。今回が初めてで王宮でも話題になっているんだ」
「…………」
隣でフェリクス様が話すも返事ができず、遠い目になる。
連れて行かれた個展はエリオット・ケペル──つまり、私の個展だった。
王宮でも話題になっているのは嬉しい。だけど、他の画家の個展だと思い切っていたので、気落ちする。
……いいや、そもそもフェリクス様は私がエリオット・ケペルだと知らないのだ。だからフェリクス様は悪くない。
だけど、もし誘ってくれるのなら他の画家の個展が嬉しかったのが本音だ。
「そうなのですね」
「ああ、早速行こうか」
「はい」
頷いて受付でチケットを見せて入場する。
ギャラリー自体は広くはない。だけど、入場すると初日と同じように色んな世代の人たちで溢れていた。
「人が多いですね」
「そうだね。彼の風景画は絵画好きの貴族や豪商たちの中で人気みたいだ」
フェリクス様が簡単に説明する。ええ、知っております。なんたって本人ですから。
しかし、そんなこと口が裂けても言えないので微笑むだけでとどめる。
微笑みながら頷くと機嫌がよくなったのかフェリクス様が饒舌に展示されている絵の解説をする。どうやら今日は体調がとてもいいようだ。
「これはエリオット・ケぺルの初期の作品らしい。この川はモデルがあるらしいよ」
「それはアルル川をモデルにしているみたいです。アルル川は川の名所として有名ですから」
解説するフェリクス様に付け加える。懐かしい。アルル川は景観が美しいから描いた作品だ。
「……そ、そうなのか。隣の運河の絵は確か、東部の街をイメージしたって聞いたよ」
「正確にはモデルは東部のデヌルという町で、運河の美しさを描いた作品なんですよ」
「へ、へぇ。……エリーゼはその、彼の作品に詳しいんだね」
「ええ、まぁ」
驚いた様子のフェリクス様に短く答える。ええ、詳しいですとも。なんと言っても描いた本人ですから。でも絶対言えない。
じっ、と展示されている絵を見つめる。今回、展示されている作品は古いものだと三、四年前に遡り、懐かしい気持ちになる。
眺めながら亡き祖母の言葉を思い出す。――大切に保管してよかった。おかげで当時どんな思いで描いたか、その時の記憶を思い出すことができるから。
目元を緩めて昔に描いた作品を見ていると、ふと、隣から視線を感じて見上げる。
見上げると灰色の瞳と視線がぶつかる。――フェリクス様だ。
そして気付く。思っていたより距離が近いな、と。
さりげなく適切な距離まで離れて歩いていく。昔の作品を見るのも悪くない。
そして振り返って動かないフェリクス様に声をかける。
「フェリクス様、次はあちらを見ませんか?」
「……ああ」
そして展示されている絵の解説は描いた本人である私が務め、フェリクス様と一緒に二度目のエリオット・ケぺルの作品を見て回ったのだった。




