第2章 一回だけ
最初の返信は、思っていたよりも早かった。
「ありがとうございます。
詳細をお伝えしますね」
文章は丁寧で、変な言い回しもなかった。
絵文字もなければ、妙に砕けた口調でもない。
大学の事務連絡と、ほとんど変わらない。
仕事内容は曖昧だった。
「指定された時間に、指定された場所へ行き、指示通りに行動するだけ」
危険はない。
短時間。
誰とも話さなくていい。
報酬額だけが、やけに具体的だった。
相場はよく知らないけれど、
時給換算にすると、コンビニのバイトよりは明らかに高い。
「今回限りでも構いません」
その一文が、妙に効いた。
一回だけ。
それなら、何かあっても引き返せる気がした。
そもそも、何かある前提で考えている時点でおかしいのかもしれない。
指定された日は、特に予定のない平日だった。
講義を一つ受けて、帰るだけの日。
場所は、普段あまり行かない駅だった。
でも、地図アプリを開けば迷うことはない。
当日、電車に乗りながら、ずっと考えていた。
やっぱりやめたほうがいいんじゃないか。
今からでも、既読をつけずにブロックすればいい。
でも、そうしなかった。
理由を探せば、いくらでも見つかる。
金が欲しかったとか、好奇心とか。
ただ一番近いのは、面倒だったという感覚だった。
ここまで来て引き返すほうが、なんとなく大ごとになる気がした。
指示は、駅に着いてから届いた。
「ベンチに座ってください」
「黒いリュックの人が前を通ります」
「その人が落としたものを拾って、三つ目のゴミ箱に入れてください」
それだけだった。
拍子抜けするほど、普通だった。
ドラマみたいな展開は何もない。
言われた通りにベンチに座り、
スマホをいじりながら時間を潰す。
確かに、黒いリュックの男は通った。
確かに、何かを落とした。
それを拾ったとき、少しだけ心臓が早くなった。
中身は見なかった。
見る必要がない、と強く思った。
ゴミ箱に入れて、少し離れた場所で立ち止まる。
「完了です」
そうメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
「お疲れさまでした」
それで終わりだった。
誰にも声をかけられなかった。
誰にも見られなかった。
トラブルもなかった。
帰りの電車で、現実感がなかった。
本当に仕事だったのかどうかも、よくわからない。
夜、口座を確認すると、振り込みがあった。
約束通りの金額。
画面を見つめて、しばらく何も考えられなかった。
「なんだ」
思わず、そう呟いた。
ニュースにもなっていない。
警察が来る気配もない。
スマホも鳴らない。
世界は、何も変わっていなかった。
一回だけ。
本当に、その通りだった。
少なくとも、この日は。
布団に入って目を閉じる。
胸の奥に、少しだけ残っていた緊張が、ゆっくり溶けていく。
大げさに考えすぎていたんだ。
そう思うことで、安心できた。
たぶん、誰にも気づかれていない。
その考えを、疑う理由はなかった。
ありがとうございました。
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