7.届かないトス
――四時間目の体育の授業中。
バレーボールの授業が行われている体育館の扉から、生ぬるい風が押し寄せている。
それを押し返すかのような力強い声は、館内を賑やかせていた。
館内はネットで仕切られ、女子は二人一組でトス練習。
美心は一人、黙々とボールを扱っていた。
「一緒に練習しない? 最近バレー部に入部したんだ」
僕は美心の隣に行って声をかけた。
「あの、ここは女子のコートですけど」
じろりと冷えた目が向けられる。
「知ってるよ。でも、まだ試合前だし」
「昨日言いましたよね。誰にも構ってほしくないんです」
彼女は僕を視界から外し、練習を続けた。
授業内なら接してくれると思ったのに、普段と変わらない。
そのせいで、僕は少し置き去りにされた気分に。
「でも、人と練習したほうが上達するんじゃない?」
「一人で十分練習しました。では、失礼します」
「ちょ、ちょっと……」
彼女は、これ以上近づくなと言わんばかりに離れていく。
僕は戸惑ったまま呼び止めようとした。
すると、彼女は三、四歩先で足を止め、少しだけ顔を傾ける。
「……美心って呼び捨てするの、やめてくれませんか?」
暗い影に、暗い声。
僕は戸惑った。
「えっ、どうして?」
「高槻くんとデキてるって勘違いされたくないので」
彼女はボソっと呟き、背中を向けた。
僕は伸ばしかけた手を、そっと引き戻す。
ため息をつき、佇んでいると、誰かが肩に手を回してきて体が揺れた――賢ちゃんだ。
「おいおい、そんな顔すんなって。モテ期逃すぞ〜?」
「そんなんじゃないのに」
賢ちゃんは、僕が美心に積極的に話しかけてる理由を知らない。
近づいたのは、恋心じゃないのに。
「冗談だってば。……ほら、それよりボール貸して」
賢ちゃんは、手を差し出した。
「もしかして、相手してくれるの?」
僕は自然と頬が緩んで、ボールを手渡し、少し距離を置いた。
「秋の試合に出るんだから、これからビシバシしごくぞ。弱音、吐くなよ〜?」
「賢ちゃん、ありがと」
バレー部に入部して、三日目。
二度目の昨日は、トスしてもらったボールに初めて触れることができた。
褒めてもらえる分、やる気も一段階アップしている。
賢ちゃんと練習を始めてから波に乗った頃。
女子コートからドンッと大きな音がした。
目を向けると、ネット下で美心が尻もちをついている。
「鈴奈さん、ごめ〜ん。大丈夫?」
近くにいる女子が、美心の前に屈む。
「平気……です」
「立ち上がれる?」
「ホントになんともないんで、気にしないで下さい……」
二、三人の女子が、美心を囲んで心配する。
美心はゆっくりと手をついて立ち上がった――が、次の瞬間。
額にシワを寄せ、すかさず足首を押さえた。
人に囲まれているのに、美心の目はどこにも向いていない。
恐らく、誰にも頼りたくないんだと思った。
美心は小さくため息をつき、手を支えにして立ち上がった。
僕は異変に気づいたと同時に、足が一歩進んだ。
でも、また拒絶されてしまいそうな気もして、それ以上足が進まなかった。
賢ちゃんはこのタイミングで僕の横につく。
「鈴奈って、怯えた猫みたいだよな。近づいたら牙を向くぞ、って脅しているような目をしてさ」
賢ちゃんは、僕の肩に手を置いて美心を見つめた。
美心は足を気にしながらも、目でボールを追っている。
「話しかけても逃げちゃうんだよね。さっきみたいにさ」
美心の拒絶の裏に寂しさが隠れているような気がして、どう接していいかわからない。
――いまは、遠くから見守るしかできないのだろうか。




