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6.光る汗の向こうに



 ――放課後。

 汗とボールの音が響く体育館。

 カーテンネットの向こうに、男女それぞれの練習が続いている。

 僕は入口付近に荷物を置いて、ボール拾いをしている賢ちゃんに声をかけた。


「賢ちゃん、おまたせ!」


 ボール片手に駆け寄ってきた賢ちゃん。

 キラリと白い歯を輝かせる。

 

「おぉ、青空! 練習見に来てくれたんだ。めちゃくちゃ待ってたぞ〜!」

「ほんとに?」

「あったりめぇだろ。こっちに来て、よく見ていけ」


 僕は手を引かれ、体育館内を見渡した。


「パッと見た感じ、部員は六人いるように見えるけど、バレーボールって何人で試合ができるの?」

「六人だよ。……でもさ、肝心な交代メンバーがいないんだよね」


 賢ちゃんはため息をつき、練習風景を眺める。

 

「えっ、交代って必要なの?」


 僕はバレーボールのルールがわからない。

 

「怪我や体調不良もあるからね。市の大会にはエントリーできるんだけど、先輩は夏の大会で引退するし、一人でも欠員が出たら出場が厳しいし」

「……つまり、僕が入部しても、まだ人数が足りないってこと?」


 賢ちゃんは、うんうんと頷く。

 僕が気になっていたのは、その瞳の奥に引っかかるもの。

 

「最低でもあと二人。廃部にリーチがかかってるからね」


 賢ちゃんはボールを脇に抱え、部員たちの表情を記憶に刻み込むように見つめていた。


「そんな……」

「部を存続させる為に、ポスターを貼ったり、友達に声がけしてるんだけど、なかなか興味を持ってもらえなくてさ」

「他に呼び込む方法はあるの?」


 僕が心配する気持ちが、賢ちゃんの方に傾いているのがわかった。

 

「いま考えてるのは、ビラ配りくらいかな?」

「そうなんだ。……で、その部員不足が、賢ちゃんの悩みなの?」


 顔を向けて聞くと、賢ちゃんは目を丸くした。

 

「あ……うん。もちろん、俺の悩みでもあるし、チームの悩みでもあるよ」


 二人でコートに目をやると、一つの影が駆け寄ってきた。


「キミが見学の人?」


 声をかけてきたのは、ひときわ背の高い青年。

 

「あ、はい。高槻青空です」

「高槻くん、ゆっくり見てってね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 僕は上目遣いのまま、頭を下げた。

 

「僕は部長の山下拓。見ての通り、部員が少ないって、思ったでしょ」

「さっき、交代メンバーがいないって聞きました」

「秋の大会まで人数が集まらなければ、僕は引退を保留にする。部長として最後まで責任を背負うよ」


 部長さんは、遠い目をしながら練習風景を見つめていた。

 

「部長が引退を保留にしてくれても、欠員が一人でも出たら全てパァだよ」


 賢ちゃんは、転がってきたボールを拾って、仲間に投げる。

 

「そんな……」

「二年の高林先輩と堤先輩は、中学で県大会に出た実力者。正直、彼らがいなかったらこの部はもっと苦しかったぜ」

 

 彼らは部に対するそれぞれの想いを抱えたような眼差しで、メンバーを見つめていた。

 僕は隣でその様子を目に映す。

 

 走る、踏み込む、ボールを叩きつける。

 床に突き抜けた音が胸に響いた。

 フォームの美しさに見惚れ、胸を踊らせた。

 

「廃部になんてさせねぇ。二十二年間、先輩たちが守り抜いてきたバレー部は、俺らが守る」

「誰だって最初は不安で当然。どう輝くかは、自分次第だから」


 部長さんはそう言って腕を組み、目を輝かせていた。

 

「俺も、雰囲気や熱意に押されて入部したけど、あの時の決断は間違ってなかったよ」


 賢ちゃんの声のトーンでわかる。部活での充実度が。

 それに、こんな活気ある世界があったなんて。

 胸がトクンと鳴った。


「……やって、みようかな」


 そう言ったものの、僕は初心者。

 いまから始めても、みんなのレベルについていけるのだろうか。

 でも、みんなの熱意を目に映していたら、逃げ出すわけにはいかなかった。


「えっ? いま、なんて?」

「賢ちゃん! 僕、やってみるよ。ルールとかわからないし、上手くできないかもしれないけど」


 口に出した自分が一番驚いている。

 もちろん不安は拭えない。

 けれど、こんな僕でも必要としてもらえるなら、頑張りたい。


「マ、マジか!!」


 賢ちゃんは僕の肩を掴んで嬉しそうに言う。


「本当に?」


 部長さんは、嬉しそうに僕へ顔を傾けた。

 

「あ、はい。僕でよければ」

「よっしゃぁぁああ! ってか、やる前からなに弱気なこと言ってんだよ」


 賢ちゃんは、僕の腕をバシバシと叩く。

 

「高槻くん。ようこそ男子バレー部へ。みんなで教えながらやっていくから心配しないで」

「はい、頑張ります」


 僕は体操着に着替え、館内へ戻る。

 部長の隣に立ち、みんなの前で自己紹介をした。


 「よろしく」「仲良くしようぜ」と言った歓迎を浴びる。

 新しい未来が切り開かれたような気がした。

 

 拾ったボールを賢ちゃんにパスして、トスを上げてもらった。

 未経験者だから、ボールを取ることすら難しい。

 実際コートに入ると、ボールの勢いがより身に沁みた。

 

 そんな僕に、部員たちが交代で、ボールの受け渡しから、ジャンプの仕方まで丁寧に教えてくれる。

 

 腕にボールが当たった衝撃で痛みが走る。

 でも、不思議とその痛みが、体が動いている喜びに変わったように心地よかった。

 汗が目に入る。世界がじんわりと滲んで、光がひときわ強く見えた。

 

 大変だと思っていたのは、最初の一時間程度。

 帰る頃には、もうちょっと練習したいという気持ちに切り替わっていた。


 ――部活が終わり、賢ちゃんと肩を並べながら学校を出た。

 へとへとの体。自然と口数が減っていく中、賢ちゃんは僕の肩に手を置いた。

  

「青空。バレー部に来てくれて、本当にありがとう」


 賢ちゃんの笑顔は、不思議と一日の疲れを吹き飛ばしてくれた。

 やけに胸があったかい。

 

「ありがとう……か。なんか温かいね、その言葉」

「ばーか! 二週間後には、ビシッとレシーブ決めさせてやる。覚悟してろよ?」

「うん! 頑張るよ」


 バレー部は七人になった。

 人数はまだ足りない。

 どう輝かせるかは、これからだ。

 

 僕がまた逃げそうになることを、この時はまだ知らなかった。

 このバレー部が、心の弱さと立ち向かうことになるなんて。


 

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