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60.引き換えの代償



 ――一年経った、夏の神社。

 青々と生い茂っている葉の色ツヤが、青空くんがこの世界から消えたことを忘れさせてくる。


 神社に手を合わせに来るクラスメイトや部活仲間は減っていき、いまは私と佐知と賢ちゃんの三人に。

 青空くんが結んだ絆は、私たちも同じように大切に守っている。

 

「はぁ〜……。青空くん、元気かなぁ。いま、どうしてるんだろうね」


 佐知は拝殿を見上げ、深くため息をつく。

 私も見上げたら、額にポツッと雫が落ちた――雨だ。

  

「あいつ、スマホくらい持っとけよ。こっちから連絡できねぇだろ」


 賢ちゃんはため息まじりで、腕を組んだ。

 次第に雨足は強くなり、バケツをひっくり返したような豪雨に変わる。


「げっ! 嘘でしょ! 誰か、傘持ってない?」


 佐知は肩にかけているカバンをあさったが、出てきたのはハンディーファン。

 「あぁ、もう!」と不機嫌に押し込む。


「とりあえず、コンビニで雨が収まるまで待とっか」


 私はみんなに声をかけ、頭を押さえながらみんなで走った。

 雨の重みでスカートが足にまとわりつき、思うように進めない。

 

 コンビニに到着。

 カバンからミニタオルを出して体を拭いた。

 しかし、首元に触れた瞬間、大事なネックレスがないことに気づく。

 

「ない……。ないっ!! うそでしょ」

 

 首筋や胸元も触った。

 でも、チェーンの感触がない。

 

「美心? どうしたの?」


 佐知の声にハッと我に返り、足元を見た。

 でも、そこにも見当たらない。


「ネックレス、落としちゃったみたい」

「えっ?! それって青空くんからもらったやつ?」


 私は眉間にシワを寄せたまま、首元に手をやる。


「マジかよ。最後に触ったのはいつ?」

「下校前。一時間以内に落としたのかも……」


 震えた声で辺りを見回した。

 でも、雨が反射していて、よく見えない。

 

「学校か、さっき歩いてきた道かの、どっちかだね。雨が上がったら、一緒に探そう」


 佐知の心配を横目に、ううんと首を横に振った。

 再び神社へ向かう決心をし、走って軒下を離れる。

 だが、賢ちゃんは、すかさず私の手を引いた。


「焦んなって。雨が少し弱まってからにしろよ」

「だめ! あれは私の宝物なの」


 びしょびしょの髪の毛の隙間から、賢ちゃんを見つめる。


「おまえが風邪を引いたら、青空が心配するぞ?」

「それでも、いい。探さなきゃいけないの……。だって、私にはあのネックレスしか――」


 青空くんがネックレスを首にかけた瞬間が、目に浮かぶ。


「気持ちはわかるけど、今探しても視界が悪いし、時間がかかるだけだぞ?」

「……それでもいい。雨でどこかに流されていっちゃうかもしれないから」


 賢ちゃんの手をそっと離し、瞳に涙が溢れたまま、神社へ走り向かった。

 頭の中には、ネックレスのこと以外、受け入れられない。


  

 ――鳥居をくぐり、石畳の階段をかけ上がる。

 息を切らせて、拝殿へ。

 生ぬるい空気に肌がまとわりつく中、賽銭箱付近を目でなぞった。


「ない……。ない、ない!!」


 水たまりの波紋で、地面が見えにくい。

 もう一度参道へ踏み出した途端――。

 ズサッ……。

 滑って砂利の上に倒れ、手足を打った。


「いったっ!」


 雨水は下着まで染み込んできて、体がひんやりとする。

 手で涙を拭っていると、青空くんの言葉がふと蘇った。 

  

『僕のことは心配しないで平気。ぬいぐるみに戻っても、ずっと傍にいるよ』


 拳をぎゅっと握って、俯いた。


「もう二度と美心を悲しませない。約束するって、言ってくれたじゃない。あれは、嘘だったの?」


 放射状の雨は、容赦なく私を叩きつける。

 景色に溶け込んでいるかのように座り込んでいると、突然目の前に影が現れ、雨が止む。

 見上げると、傘を持った二十代半ばくらいの黒髪の女性が、私に傘を傾けている。


「あなた。もしかして、美心ちゃん?」


 初めて見る顔に戸惑い、瞳が揺れた。


「どうして私の名前を?」


 彼女の問いは、確認そのもの。

 誰かが私の名前を伝えたことに違いない。

 でも、一体誰が――。

 

「どうしてだと思う?」

「えっ……」

「”特例”って、本当にあるんだぁ」


 彼女はふっと息を漏らし、遠い眼差しで私を見つめた。

 でも、私には彼女が言ってる言葉の全てが曖昧に聞こえる。


「……特例って、何ですか?」

「あ、ごめん……。私たちの夢なんて、関係ないのにね」


 テヘッと笑う彼女。

 私は首を傾げる。

 服に水の重みを感じたまま立ち上がると、彼女は何かを差し出した。

 

「探し物は、これじゃない?」


 指にぶら下がっているのは、私が先ほど落としたネックレス。

 手に取ると、青空くんの面影が広がり、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 心の中で、『おかえり』と呟く。

 

「ありがとうございます。でも、どうしてあなたがこれを?」


 彼女は一瞬よそ見をしたあと、私を見つめた。

  

「実は、美心ちゃんがここに来たら渡すように頼まれてたの」

「……えっ、誰からですか?」


 私がそう聞くと、彼女はサッと目を逸らした。

 期待してしまった自分に、少し喪失感を覚える。 

 一瞬青空くんだと思ったけど、もしそうなら――。

 ううん、期待しちゃだめ。

 青空くんに会いたくて、人違いしてしまったあの日が、どれだけ辛くて胸を痛めたことか。

 瞳を揺らしていると、彼女は前髪をかきあげて、口元を微笑ませた。

 

「……いいな。私も頑張らなきゃ。ちょっとだけ希望、もらったよ」


 彼女は温かい手で私に傘を握らせ、前へ進んだ。

 私は雨の中を歩いていく彼女の背中に言った。

 

「あのっ、これ、あなたの傘」


 彼女はゆっくり振り返ると、ニコッと微笑む。


「あげる」

「えっ、でもっ……」

「私からのプレゼント。その傘、あなたの方が必要だから」


 どこかで聞いたことのあるフレーズに、胸が震える。

 ネックレスをぎゅっと握り、雨に濡れている彼女の背中を見届けた。


 

 ――自宅に到着。傘を閉じて部屋に上がった。

 なぜか、この傘は見覚えがある。

 心の奥に引っかかる記憶が、なかなか思い出せない。


 玄関を上がり、洗面所からタオルを取り出し、体を拭いた。

 部屋に入ると、空気がひんやりしていた。

 悪寒がして、なんとなくチェストに目を向けると、チェストの上に置いたはずのクゥちゃんが消えている。

 

「う……そ……」


 走り向かってチェストに両手をつき、辺りを必死に探す。

 クゥちゃんが戻ってくるまで代わりに飾っていた写真立てが、倒れていることも気づかないくらい。

 でも、見つからない。


 一年前の大雨の日、青空くんがやって来た。

 もしかしたら、また会えるかもしれない。

 一瞬だけ期待したけど、耳に届くのは無情な雨音だけ――。

  

「偶然なんて、何度もあるわけないか」


 肩を落とし、再びチェストの前へ。

 窓の外から聞こえてくる車の走行音が、胸のざわめきに寄り添っている。


 青空くんからもらったネックレスだけが、胸元で冷たく光っていた。



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