58.君が残してくれたもの
――翌日の放課後。
私は、青空くんが抜けた後のバレー部が気になり、帰りに体育館を覗いた。
ボールがバウンドする音やかけ声が響く中、その光景に思わず見惚れる。
青空くんが入部した当初は、両指では足りないほどだった。
いまは十二人に増えている。
「賢ちゃん!」
扉側にいる私の方へボールが転がってきた隙をみて、賢ちゃんに声をかけた。
目が合うと、賢ちゃんはボールを拾って私の前へ。
「練習見に来てくれたんだ」
「バレー部が気になってて。……でも、部員ギリギリだったのに、もうこんなに集まったんだね」
私は笑みを浮かべ、館内を見渡した。
「青空が引越してから一気に増えたよ。チラシ効果と、あいつの人情のおかげ? ……いや、俺の人気かな?」
相変わらずな賢ちゃんに、クスクスと笑う。
賢ちゃんはそれを見て、安心したようにふっと微笑んだ。
「人数揃ったから、大会にエントリー出来たよ。新人ばかりでヘッタクソなチームだけど、まぁ……参加することに意義があるからね」
賢ちゃんは部員の方に振り返って、じっと見つめる。
先輩は新人に指導し、他の部員は仲間同士でトスやスパイクの練習をしている。
見ている私も、次第に胸が温かくなっていく。
「青空くんが残していったもの……大きかったね」
青空くんは、最初から自分が抜けることを想定していた。
私は何も知らなかったから、そこまで頑張っている理由がわからなかった。
「あいつは、俺らの救世主。……いや、縁を繋ぐ神様だったのかもな」
やっぱり、賢ちゃんもそう思ってたんだね。
瞳を潤ませたまま一緒に部員を見つめていると、賢ちゃんは突然ハッと見上げ、私を見つめた。
「ちょっと、待ってて」
そのひとことを残してステージ方面へ向かい、カバンから何かを取り出した。
戻ってくると、グーの手を差し出す。
「手ぇ出して」
「えっ?」
「青空から預かってたものがあるから」
素直に出すと、彼は私の手になにかを落とした――ブドウ飴だ。
「これを美心に渡してって言われてたのを、すっかり忘れてたよ」
「どうして、賢ちゃんがこれを……」
瞳に涙を浮かべながら、飴をぎゅっと握りしめた。
賢ちゃんはブドウ飴の意味を知らない。
「十日前に、美心と仲直り出来てなかったら、俺にこれを渡してくれって」
青空くんの思いに、胸がぎゅっとなる。
「私とそんなに長い間、ケンカしてるつもりだったのかな」
でも、仲直りする気があった。
喋らない時間も、ずっと私を気にかけてくれていたなんて――。
青空くんが、恋しい……。
会えないとわかっていても、胸の高鳴りは止まらない。
――夕方、チェストの上に置いてあるクゥちゃんと目を合わせた。
いつも通りなに一つ揺れ動かない瞳は、私に何度も暗い影を落としている。
クゥちゃんを見て、自身を振り返っていた。
ずっと青空くんの優しさに甘えていた。
振り返れば、青空くんという土台がなければ、いまの自分は確実にいない。
恩返ししたくても、もう間に合わない。
クゥちゃんをじっと見つめていたら、目の周りには、涙の跡のようなシミがあった。
その形跡が、私の心をさらに締め付けていく。
「クゥちゃん……。ううん、青空くん。いっぱい助けてくれたのに、なにもしてあげられなくてごめんね」
ぬいぐるみに戻っても、青空くんの想いはここにある。
「大好きだよ。いままでも、今日も、明日も、あさっても……」
クゥちゃんが喋れないなら、私が伝え続けるね。
その耳で、私の声を聞いてくれている。
クゥちゃんを胸に抱いて、青空くんを強く想った。
「あはは。クゥちゃんの腕、こんなに筋肉質だったっけ」
自主朝練も、通常練習も、チラシ配りだって。
本当に、誰よりも頑張ってたよね。
レースカーテンから夕日が差し込んでいる部屋で、クゥちゃんを見つめていたら――時間が止まったようだった。
「辛いの、辛いの、飛んでいけ〜……」
自分の頭を、そっと撫でた。
この呪文は、私が考えたもの。
青空くんがこの呪文をかけてくれた時は、もしかしたらこの呪文はありふれているものだったかも、と思って、言わなかった。
でも、いま思えば、彼がクゥちゃんだという決定的な証拠。
気づかなかった。……ううん、あの時は考えようともしなかった。
こんなに近くにいたのにね。
カバンからブドウ飴を取り出し、十日前の青空くんの想いを受け取った。
手に触れた瞬間、優しさが伝わってくる。
顎に流れた涙を拭い、飴をそっと口に含んだ。
しばらくその余韻に浸って、深く息をつく。
……私、もっと強くなって、青空くんに追いつきたい。
夢を見つけたら、きっと強くなれる――。




