55.十六歳の約束
――誕生日、当日。
私は、佐知と賢ちゃんにカラオケボックスに連れてきてもらった。
部屋の壁には、キラキラモールに加え、『HAPPY BIRTHDAY』バルーンが貼られている。
テーブルには大量のお菓子と、ホールケーキ。
美味しそうな甘い香りが、部屋に充満している。
普段のカラオケボックスとは違い、とても華やかに。
「もしかして、私の為に準備してくれたの?」
ミラーボールの光を浴びたまま、ケーキを見つめている視界が歪んだ。
こんなに素敵な誕生日は生まれて初めて。
「あったりめぇだろ! 十六歳の誕生日はみんなで祝うって決めてたから。はい、これプレゼント!」
賢ちゃんは、カバンから出した小さな箱を私に向けた。
それを見た佐知も、大きなラッピング袋を差し出す。
「はい! これはあたしから」
「えっ、何だろう!」
プレゼントを順番に開けた。
賢ちゃんは、おしゃれな懐中時計。
佐知は赤いショルダーバッグ。手触りがしなやかだ。
「嬉しい……。二人とも、本当にありがと」
去年の誕生日は、こんな素敵な未来が訪れるなんて、想像していなかった。
クゥちゃんと二人きり、小さな誕生日ケーキでお祝いしてたっけ。
「青空くんがいてくれたら、最高だったのにね……」
佐知がため息混じりで呟いた。
賢ちゃんはハッとした目で、腕で小突く。
「ばっ、ばか! それ、言わない約束だろ」
「ごめん! ……つい、出ちゃった」
青空くんは、みんなの心の中にいる。
形は変わってしまったけれど、きっとこれからも私たちは青空くんのことを考えるだろう。
「大丈夫だよ。それより、ドリンク取りに行かない?」
しんみりとした空気を切り替える為に、グラスを持って立ち上がった。
「うん、そうしよっか!」
「二人で先に行ってて。俺、先に歌うから」
賢ちゃんは、テーブルのタブレットを指で操作する。
「じゃあ、あたしたち、賢ちゃんの歌が終わる頃に戻ろっか」
佐知が意地悪っぽく言い、私の腕を組んだ。
賢ちゃんは口を尖らせて、私たちに目を向けた。
「なんだよ、それぇ! 俺の美声、聞きたくないの?」
「そんなの知らないわよ」
「あはは。賢ちゃん、ごめんね。お先に」
私たちはドリンクバーでドリンクを注ぎ終え、あちこちの部屋から聞こえる歌声の隙間を縫い、部屋に向かった。
ところが、二つ先の部屋から出てきた、緑色の柄シャツを着ている男性の姿を見て、息が止まる。
「そ……ら……くん?」
後ろ背中が、青空くんにそっくりだ。
心臓の鼓動が耳の奥まで響き、指先がひやりと冷たくなる。
目を見開いたまま、グラスを床に落とした。
コーラの泡が、私の気持ちを後押しするかのように小さく弾ける。
走って彼の元へ行き、腕を勢いよく引いた。
「待って! 青空くん!!」
期待を込めて叫んだ。
……でも、振り返った顔は、青空くんじゃない。
彼と目が合った瞬間、廊下の空気が凍りつく。
「へっ? ってか、君、誰?」
彼は、見知らぬ顔を見て、言葉を失わせた。
私もよく見たら、全然違う顔だと知る。
気まずくなって、手を解いて、頭を下げた。
「人違いでした。ごめんなさい……」
顔をしかめ、軽く会釈してから廊下の奥へ足を進めた。
青空くんじゃ、なかった。
こんなところに、いるわけないのにね。
佐知はドリンクを持ったまま、私を抱きしめた。
「大丈夫?」
その瞬間、緊張が解け、涙が一粒こぼれ落ちる。
――寂しさが、もう我慢できなかった。
「無意識に青空くんを探しちゃうの。きっと、またいつか、突然現れるんじゃないかって」
カラオケボックスから漏れてくる声を浴びたまま、呼吸を整えた。
「美心……」
「わかってる。だけど、心がそっぽを向くの」
クゥちゃんは帰ってきてくれたけど、望んでいた形ではない。
感情のあるぬいぐるみだなんて知らなければ、こんな想いをせずに済んだ。
青空くんの声が聞きたい――。
「一度でいい。声を聞いて、笑顔に触れられたら、それだけで……。これ以上の贅沢は、言わないから」
恋しくて、涙が止まらなかった。
息が上がり、嗚咽を繰り返す。
「きっと、また会えるよ」
佐知は、私の髪を優しく撫でた。
青空くんの事実を知らないから、きっとそう言ってるんだ。
「ううん、会えないよ……」
青空くんに、もう一度魔法がかからない限り。
佐知は静かに首を横に振った。
「あたしはもう一度会えると思うよ。美心が信じていれば」
佐知は信じてる――青空くんが戻ってくることを。
私は彼女の香りに包まれ、そっとまぶたを伏せた。
熱い涙が、頬を赤く染めていく。
「そう、かな……」
青空くんが繋ぎ直してくれた友情は、私への心の贈り物。
この時間を手にできたのは、自分の力じゃない。
静まり返っている廊下が、涙を飲み込ませた。
私は、目を逸らして、佐知の背中に手を回した。




