53.雨に揺れる思い出
――青空くんが街から姿を消した、翌日。
朝のHRの時間に、担任教師から信じがたい言葉が伝えられた。
青空くんは転校した、と……。
一ヶ月にも満たない在籍期間。
教室内は、転入時以上のざわめきに包まれていた。
事実が湾曲された理由はわからない。
こんなことになるなら、記憶から消してくれれば――。
――次の休み時間。
肩を小さく丸めていると、誰かが私の肩にそっと手を乗せた。
「大丈夫……?」
見ると、佐知は心配そうに見つめている。
私は唇を噛み締めて俯いた。
室内の冷たい空気に、私の心も冷やされていく。
「青空くん、どうして黙って引っ越しちゃったんだろうね」
自分だけがその理由を知っている分、口を閉ざすしかない。
また余計なことをしたら、今度こそはクゥちゃん本体が消えてしまいそうな気がする。
「事故直後に引っ越すなんて変な話〜。実、大きな病が発覚したとか。それとも、家庭の事情が理由だったりして」
佐知は明るく振る舞ったけど、私は胸がチクッと痛む。
机の下で拳を握っていると、賢ちゃんが私の前に座って、見つめてきた。
「元気出せよ。あいつには、あいつなりの事情ってもんがあるからさ」
唇を強く噛み締めて、視線を逸らした。
「あいつさ、ついこの前、『いままで本当にありがとう』って、言ってきたんだよね」
びっくりした顔で、見上げた。
「変なこと言うなぁ〜と思っていたけど、あの時はもう別れが決まってたんだろうな」
賢ちゃんは、寂しそうな瞳で遠くを見つめた。
その時、思い知らされた。
青空くんが神社で『僕の気持ちなんて、誰にもわからない』と、言っていた言葉の意味を。
ふと思った。
青空くんは、近所の神社に何度も足を運んでいた。
それに、ケンカをしたあの日から、様子がおかしくなっていき……。
――放課後、神社へ向かった。
賽銭箱の前に立った。
建物の手前には、色褪せた灰色のうさぎのぬいぐるみが、一つ置かれている。
薄い雨雲に包まれている境内。
小学生くらいの子どもの笑い声が弾んでいる。
青々と生い茂る木々は、しっとりとしたそよ風に乗って、夏の香りを漂わせている。
境内を歩き回ってみても、ぬいぐるみ以外になにもない。
突然、頬にポツッと水滴が落ちてきた。
目線を落とすと、小さな雨粒が石畳に模様を描く。
青空くんとの思い出を、この雨に乗せているかのように。
雨粒が青空くんの涙のように思えて、喉の奥が苦しくなる。
次第に鼻の奥がじわじわと熱を帯び、心の中に暗い影を落とし込んできた。
「青空くん、会いたいよ……」
一緒に映画に行くって、約束したじゃない。
守れない約束なら、して欲しくなかった。
『じゃあ、これ使って』
青空くんが差し出した紺色の傘は、心の雨を防いでくれているようだった。
出会ったあの日の思い出が、蘇っていく。
『じゃあ、昔から知ってる……って言ったら?』
ずっと私を見ていた。
喜んでる顔や、悲しんでいる顔。
あの日から、もう始まっていた。
突き放して、傷つけたのに、それでも信じて、守ってくれて――。
苦しいこともたくさんあったけど、いつも私の心に傘をさし続けていてくれた。
『……また、明日ね』
もう、声が聞けないし、笑顔も見れない。
『……どうして、簡単に捨てられるんだろうね』
『こっちが、どんな気持ちで幸せを願っていたかなんて、知らないくせに』
クゥちゃんを拾った時から、胸に傷を抱えていた。
私は、気づいてあげれなかった。
それどころか、私のことばかり心配していた。
でも、応えてあげることができずに――。
助けることも、気持ちを伝えることも、全てが間に合わなかった。
「……っく。うぁっ……、うあぁぁぁん……」
青空くんが傍にいてくれた日々を思い返したら、嗚咽が止まらなくなった。
あの笑顔は、もう二度と見ることが出来ない。
私は、いつも青空くんの一歩後ろを歩いていた。
本当はそれじゃいけなかったのに。
冷たい雨は、容赦なく私の体に叩きつけた。
でも、手で雨を拭うことさえ、今はできない――。




