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4.心の隙間



 ――風が吹き抜ける屋上に座り、弁当箱を開いた。

 髪が顔に絡みつき、流れてきたサンドイッチの香りに胸がざわつく。


 目の端で、元親友 岡江佐知(おかえさち)の笑顔に揺れる。

 心臓の奥がひりつき、息が詰まった。


「……っ」


 お弁当箱の蓋を閉じかけた。 

 教室に戻ることを考えたけど、高槻くんから声をかけられるから、戻れない。

 我慢するか……。

 再びお弁当箱の蓋を開いて、イヤホンを装着し、箸で卵焼きを突っついた。


 ――お弁当の中身が半分近くになった頃、足元に黄色いバンダナが飛んできた。

 拾って見上げると、佐知がこっちへ駆け寄ってくる。

 バンダナを拾ったのが私と気づいたのか、彼女は歩くスピードを落とした。


「はい、これ」


 目線を落とし、追い払うようにバンダナを差し出す。

 言葉を吐き出すだけでも、いっぱいいっぱいに。

 佐知は手を伸ばして、なにかをためらうようにゆっくりと受け取る。


「あ、あの……。拾ってくれてありがとう」


 か細い返事が届いた。

 再び箸で白米を突っつくと、足音が離れていく。

 ふっとため息を漏らしたが、足音は二歩先で止まる。


 「美心。少し話、できるかな」


 箸を止め、見上げた。

 彼女は唇を震わせながら、覚悟を決めたような目を合わせてきた。

 瞳の中の光は、消えそうなほど弱々しい。

 

 ――でも、もう騙されない。

 震えた手で、お弁当箱を袋にしまい込んだ。


「あたしたち、あの日から話し合えてないよ」


 彼女の言葉を無視し、固く口を結んだまま立ち上がった。

 背中を向け、重い鉄製扉を引く。


「美心! 待って!」


 彼女の悲鳴混じりの声に、足が引き止められた。

 もう一生喋らない、反応しないって決めたのに。

 

「お願い! 話を聞いて。五分。ううん、三分だけでも……」


 扉を掴む手に力が入り、瞳が揺れる。

 

「あたしの言い分も聞いて欲しいの。多分、美心の認識とズレてると思う。誤解、解かなきゃいけないし」


 少し顔を傾けた。

 認識がズレているように見え、心の傷が増える。

 

 いまさらどんな話があるって言うの?

 それに私、そこまで心広くない。


「誤解……? でも、あの時のこと、どう説明するの?」

「だから、あれは……」


 言い訳なんて、聞きたくない。

 人の感情なんて目に見えないし。

  

「佐知ってさ、人を傷つけるの得意なんだね。もう二度と話したくない」


 喉の奥から絞り出した声で呟いた。

 佐知を信じた自分が、バカだった。


 

 扉の奥へ行き、階段を駆け下りた。

 足音は不規則に乱れ、小さな息が悲鳴のように漏れていく。

 逃げることしか考えられず、震えは止まらない。 

 

「はぁっ……はぁっ……」


 音楽室に入り、引き戸を閉め、壁に背中を当てた。

 乱れた呼吸だけが室内に響く。

 誰もいないここが、一番落ち着ける。

 

 いまさら佐知と話す価値なんてない。

 信じてたから、秘密を明かしたのに。


  

 ――あの事件から、五年。

 今さらどんな面を下げて、話しかけてきたの。

 私がどれだけ思い詰めたか、佐知にはわからない。


 目線を落とし、スマホの画像を見つめた。


「ふぅ……」

 

 こんな日は、いつも相談していた。

 答えが出ないことはわかっていても、フワフワな手触りが私を安心させていた。


 両手でスマホを胸に抱きしめて、グッと涙を堪える。

 

 もう、どこにいるのかさえわからない。

 ただ隣にいてくれればいい。

 しゃべらなくてもいい。

 親友の瞳は、私の心に光を与えてくれるから。


 夢でもいい。少しだけでいいから。

 ――また会いたい。


 遠い目で眺めていると、時計の秒針音が耳に届いた。

 その音が、止まらない心拍と混ざり合っている。

 


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