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48.一歩の勇気



 ――バレーボールのスパイク音が床に跳ね返り、かけ声が響く体育館。

 二階窓や開放扉から差し込む光で、みんなの笑顔がより輝いていた。


 僕は汗の香りに包まれ、賢ちゃんとトス練習をしている。

 堤先輩が一枚の用紙を持って、僕たちの間に入った。 


「賢、青空。市の大会にエントリーするから、申込用紙に名前書いとくよ」


 僕らは堤先輩の方に集まり、エントリー用紙を覗き込む。

 

「締め切りはいつですか?」

「再来週の水曜日。準備しておかないとと思って、さっき職員室で貰ってきた」


 賢ちゃんはパアッと笑い、堤先輩の肩をパシッと叩いた。

 

「楽しみっすね! 次期部長!」

「おいおい。賢、やめろってば!」

「へへっ! 本心じゃ喜んでるでしょ?」

「こいつめっ!」


 一年生は、これが初めての大会だった。

 二年生三人に、一年生四人。

 試合に出るには、相変わらずギリギリの人数だ。 

 でも、引退する先輩に頼らないで、試合に出場することができる。


 今日までやってきた部員集めに意味を感じて、自然と笑みが溢れた。

 

「でもさ、あと最低一人は欲しいよなぁ」

「僕、もう少し声がけを頑張ってみるよ。堤先輩、エントリーを少しだけ待っていただけませんか?」


 交代要員のことを考えると、あと一人は必要だ。

 最近は、バレー部に興味を持ってくれる人が増えたから、多分まだ間に合う。

 

「もちろんだよ。じゃあ、他のメンバーにも話してくるね」

「あ、はい。わかりました」


 堤先輩は、三橋先輩の元へ駆け寄っていった。


「市の大会に出れるなんて、全部青空のおかげ!」

「賢ちゃんに支えてもらわなきゃ、何も出来なかったよ。それに、昨日のこと、感謝してる」


 賢ちゃんがいつも手を差し伸べてくれるから、僕は頑張れる。

 温かい気持ちで、彼を見つめた。

 

「よせよ、照れくさいな」


 賢ちゃんは微笑み、軽く頭をかいた。

 

「一日一日を楽しむことって大事なのに、忘れてたよ」

「追い込まれている時ってさ、つい見えなくなっちまうんだよな。そういうの、早く気づかないと勿体ないじゃん」

  

 僕は、自分しか見えていなかったことを反省した。

 結局、茨の道に追い込んでしまったのは自分自身だと気付いたから。


「賢ちゃん、いままで本当にありがとう。出会ってから、いろんなことが前向きになれたよ」


 目を細めて、にこりと微笑んだ。

 賢ちゃんがいなかったら、いまの僕は、きっとひとりぼっちだった。

 

「……なんだよ、急にお別れみたいな言い方をして」

「全然そんなつもりじゃないよ!」

 

 試合に出られると思うだけで、ワクワク感が止まらない。

 それと一つ、賢ちゃんに伝えなきゃいけないことがある。

 練習中の床の振動が、僕の背中を押した。

 

「僕、近いうちに美心に告白しようかな」


 賢ちゃんにここまで自分の気持ちを明確にしたのは、初めてのこと。

 緊張で、思わず声が震える。

 史上最強の一大決心。

 もう自分を阻むものはない。 

 

「えっ、マジ?!」


 目を丸くして、嬉しそうに僕を見つめる賢ちゃん。

 きっと、これからも変わらず、目に焼きつけ続けるだろう。

 

「あとで冗談、とか言うなよ?」

「言わないって! でも、先に仲直りしないとね」


 今日は仲直りしようと決めていた。

 でも、なかなか言い出せない。


「大丈夫、大丈夫! 当たって砕けろ……、いや、砕けちゃダメか」


 賢ちゃんは、微笑みながら僕の腕を軽く叩く。

 

「あははっ。そんな気持ちで頑張らないとダメだよね」

 

 部員のかけ声が、僕にエールを送ってくれている――そんな気がした。

 

「あっ、そうだ! 賢ちゃんにお願いがあるんだけど」

「ん、なに?」


 僕はリュックからある物を取り出し、賢ちゃんに差し出した。


「十日後に美心と仲直りしてなかったら、これを代わりに渡してくれない?」


 手のひらには、ブドウ飴――美心と心を繋ぎ合わせてきたもの。

 賢ちゃんはそれを見て、ぷっと笑った。

  

「おまえが渡せよ。ってか、さっさと仲直りしろよ。誕生日近いんだし」


 僕は軽く俯き、ため息を漏らす。

 

「なんとも思ってないなんて言っちゃったから、仲直りするのは難しいかなって」


 今朝学校に来たら、美心に謝るつもりだった。

 でも、切り出し方とタイミングがわからない。

 友達に「なんとも思ってない」なんて言われたら、誰でも傷つく。

 この飴が少しでも仲直りのキッカケになれば……と考えていた。

 

「わかったよ。自分のペースで頑張れよ。これはカバンにしまっとくから」

「ありがとう。よろしくね」

「ただし、十日前に仲直りしたら、これは俺がもらうからな」


 賢ちゃんは、いつも相変わらず。

 僕がどんなに落ち込んでいても、そっと手を差し伸べてくれる。 

 これからも、ずっと友達でいたい。


 でも、本題はここから。

 胸の奥に残っている課題がある。

 あの日の言葉で、傷つけてしまったこと。

 

「ごめん、あともう一つ頼みごとがあるんだ」


 ボールの音が混ざる練習中のかけ声に、溶け込ませるように言う。 


「えっ、なに? マジなやつ?」


 僕は軽くまぶたを伏せ、頷いた。


「大事なこと。でもそれは、賢ちゃんからほのめかさないでほしい」


 扉の外から飛び込んできたすずめのさえずりが、決意した心に爽やかな風を送った。

  

 ――僕が、あの日からずっと後悔していたこと。

 これからも見守り続けたい、ある大事なお願い。

 

 それは、僕たちが手助けする問題じゃない。

 彼女が強い意志を持って取り組む問題だ。

 姿形が今のままじゃなくなったとしても、彼女の成長を見守り続けたい。



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