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46.見つけた想い



 ――僕は購買前でチラシを配り終えると、一人で理科室に向かった。

 廊下の笑い声を、扉で遮った。

 理科室の薬品臭が鼻をくすぐる。

 窓に差し込む日差しが、冷えた体をそっと撫でた。


 窓を開け、窓枠に手をかけて空を眺める。

 真っ青な空に浮かぶ入道雲は、僕の悩みを小さく見せていた。


 僕はいま、本当に幸せなのだろうか。

 大好きな人たちから距離を取ったのに、胸の中に残されているのは、しこりのような後悔。

 正解だと思っていたことが、苦い結果を生み出してしまうなんて。


 ぼんやりと空を眺めていると、外から蜂が侵入し、僕に向かって飛んできた。

 慌てて首元を手で追い払っていると、ネックレスのチェーンに指が引っかかる。


 手を引くと、チェーンがほどけた。

 チリン……。

 ネックレスは、窓の外へと滑り落ちていく。

 すかさず窓枠に手をかけて、下を覗き込んだ。


「嘘、でしょ……」


 額が氷のように冷たくなる。

 ネックレスが落ちた先は、草木が茂る場所。


 慌てて理科室を飛び出した。

 一段飛ばしで階段を駆け下り、ネックレスが落ちたと思われる辺りへ向かう。


「この辺に、落ちたような」


 額に汗をにじませ、枝をかきわけて探した。


「ない……、ない……、ない!!」


 心臓が激しく波打った。

 赤い鈴付きネックレスは、美心からのプレゼント。

 クゥが拾われた後、彼女が変形した小さな鈴に気づいて、おこずかいで買ってくれた。


 彼女に嬉しいことがあった日は、チリンと鳴らして僕に報告。

 鈴が触る日は、僕もワクワクしていた。

 それが、唯一の生きがいだったから。


 キーンコーンカーンコーン

 五時間目の授業開始の本鈴が鳴った。


 これだけ探しても、見つからない。

 授業に行かなければ、みんなに心配される。

 でも、ここで手を止めたら、ずっと見つからない気がしていた。

  

 絶望の淵に立たされ、必死に探していると、隣から草木をかき分ける音がした。

 目を向けると、賢ちゃんがツツジの葉を手で除けて、中を覗き込んでいる。


「賢ちゃん、どうして、ここへ……」


 声を詰まらせた。

 僕が何を探しているかわからないものを、一緒に探そうとしている。 

 

「教室から、お前がなにかを探してるところを見かけたから、急いで来たの。で、なに落としたの?」

「……」

「もしかして、言えない感じ?」


 僕の手は、一瞬止まる。

 彼の時間を犠牲にしたくない。

 目を逸らすと、賢ちゃんは再び探し始めた。

 

「でも、俺は探すよ。その大切な何かが見つかるまでね」

「賢ちゃん……」


 喉の奥が、カーっと熱くなっていく。

 僕がなにかを探している背中を見ただけで、大切な物だと気づくなんて。

  

「さっさと見つけようぜ」

「でも、もう授業が始まってるよ。賢ちゃんだけでも戻った方がいいよ」


 本鈴が鳴ってから、どれくらい経ったのだろうか。

 次第に草木の香りが、緊張感を漂わせていた。

 僕は彼の時間を犠牲にしていることが、心に引っかかっている。

 

「なに言ってんの? 俺は諦めないよ」

「でも……」

「誰かに持って行かれると困るだろ? その前に見つけようぜ」


 なんだろ、この気持ち。

 嫌われても構わないはずなのに、離れたいほど人間が愛おしくなっている。

 

「困った時は相談しないと。俺らは遠慮する仲じゃねぇし」


 彼は白い歯をキラリとこっちに向けてきた。

 僕は無理やり唾を飲み込んで、揺れている気持ちを誤魔化した。

  

「この前さ、おまえは『自分が惨めだと落ち込むことなんてないよね』って言ってきたけど……。俺、あるし」

「えっ」


 思わずハッと目を見開いた。

 自分だけの問題だと思っていたのに。

 

「親の再婚で、自分なんて放ったらかしだった。俺の心を置き去りにしていたことも気づかずにね」

「賢ちゃん……」

「あの時は透明人間だと思ってたよ。『賢はもう大きいから大丈夫だ』って、ひでぇ話」


 彼は手を止め、当時を思い返すように軽くまぶたを伏せた。

 その瞳が寂しそうに見えて、胸の綿がしぼんでいくようだった。


「でもさ、思ったんだよね。楽しいことを犠牲にしてまで、悩む必要があるのかなってね」


 彼は僕の目を見つめ、ふっと笑った。


「雨が止むのを待つより、濡れたまま笑っていた方が、自分には合ってるんじゃないかってね」


 僕は瞳を揺らした。

 

「いまは、俺が親代わりみたいなもんよ。妹と弟を押し付けて、あいつら二人で旅行に行っちゃうくらいだからさ」


 人の悩みは見えない。

 だから、僕は賢ちゃんが幸せそうに見えていたのかな。

 

「賢ちゃん……。意外と苦労しているんだね」

「まぁな。おまえもさ、なにがあったかわかんねぇけど、美心の誕生日、楽しみにしてたんじゃないの?」


 気付いてしまった。

 人間になった時に、美心を笑顔いっぱいにしてあげようと思っていたことを。

 誕生日には、最高に仲の良い友達に囲まれ、幸せな時間を過ごしてもらうつもりだった。

 

 空を見上げた。

 雲の隙間から覗かせた太陽が、僕の影をはっきりと作り出し、心に一筋の光を与える。

 

「賢ちゃん、もう戻ろう」


 僕は立ち上がって、呟いた。


「え、探さなくていいの?」


 彼は驚いていたけど、僕は首を横に振った。


「授業始まってるから、後でまた探しに来るよ」

「でも、お前の大切なものじゃ……」

「きっと見つかる。だって、僕も雨に濡れたまま笑いたいから」 


 僕は強くならなければいけない。 

 ネックレスは必ず自分の手で見つける。

 もう他の人を傷つけないようにしよう。

 

「あ! もしかして、これ? おまえが探してるやつって」


 彼は、足元からなにかを取って、目の前に掲げた――ネックレスだ。


「そう、それ! 僕の探してたネックレス」


 僕は目を丸くさせ、笑顔になる。

 

「良かった。ほら、もう二度と落とすなよ」


 彼はネックレスを僕の手のひらに滑らせる。

 僕は両手で包み込み、そっと額に当てた。

 

「賢ちゃん、ありがとう」


 戻ってきてくれてありがとう、と心の中で願った。

 もう二度と見つからなかったら、僕は――。

 

「そんなに大事なものだったんだな」

「うん……。たった一つだけ、残したいもの」


 美心からもらった、大切なもの。

 命の次くらいに。

  

「賢ちゃん。人間って、結構欲張りなんだね」


 ふっと息を漏らし、軽く俯いた。

 美心、そして、賢ちゃんや佐知ちゃんに、部活仲間。

 人間界に来てから、かけがえのない人や、胸に刻まれる思い出が増えた。 

 

 小さく肩を丸めていると、賢ちゃんは力強い手で肩を叩いた。


「あぁ、そうだよ。だから欲しいものが手に入ったら、何倍も何十倍も嬉しくなる」


 その言葉が、いま痛いほど身に沁みている。

 

「積み重ねてきた苦労は、成長の証。いい思い出も嫌な思い出も、振り返れば、全部大切な思い出に変わっていくよ」


 彼の優しい言葉が、傷ついた心を撫でていく。

 人間界に来て、後悔してない。

 だから、この瞬間から気持ちを切り替えて行こう。


 彼は腕時計を見ると、ビクッと肩を揺らした。

  

「やっべぇ〜……。もうこんな時間。ほら、授業に行くぞ! ……俺ら、ぜってぇ怒られるけどな」


 まるで太陽のような笑みを浮かべて、歩き出した。

 ネックレスをぎゅっと握りしめ、彼の広い背中を見送る。


 人間にならなければ良かった……なんて、もう思わない。

 いいことも、嫌なことも、全部素敵な思い出に――。

 


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