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45.落とした想いとチケット



 ――昼休み。

 賑やかな声に包まれている廊下で、一人で購買に向かう僕。

 部活のチラシを握りしめながら歩いていると、背中に女子の声を浴びた。


「高槻くん。またチラシ配りに行くの?」


 後ろから来たのは、俵さん。

 僕と歩調を合わせてきた。


「部員がまだ足りなくてね。俵さんは、なにかの部活に入ってるの?」


 ここ二日間、彼女はよく話しかけてくる。

 きっと僕が、一人でいることが増えたから。

 

「帰宅部だよ。あ、今度部活のない日に、クラスのみんなでカラオケに行かない?」

「えっ、カラオケ?」

「うんうん。気晴らしに。ねぇ、行こうよ〜」


 一人の時間はたっぷりあるけど、カラオケには行ったことがない。

 歌……、知らないし。

 視線を落としていると、俵さんはため息をついた。

  

「そうだ、聞きたいことがあるんだ。高槻くんって、鈴奈さんと付き合ってるの?」


 胸の奥がぎゅっとなる。

 美心と付き合ってるわけじゃないけど、どう答えればいいのか……言葉が出ない。


「付き合ってないよ」


 短く答えた。

 廊下のざわめきが、やけに遠く感じる。

 

「うっそ! マジで?」


 俵さんは赤く染まった頬を両手で隠し、驚きと喜びを混ぜた表情を見せた。

 

「てっきり、鈴奈さんのこと、好きなのかなって思ってた! いつも仲良さそうに喋ってるから」

 

 彼女の声が少し早口になり、弾むように響く。

 僕の心も、どこか落ち着かない。


「別に、なんとも……思ってないよ」


 それ以上、自分の気持ちは前に押し出せなかった。

 

「本当? じゃあ、好きな人はいる?」


 俵さんは、目尻を下げて微笑んだ。

 隙間のない質問に、僕は俯く。

 素直に答えれば、さらに質問攻めになるだろう。


「いないよ……」


 こんな嘘さえ、惨めに感じる。

 だが、その時、突然――。

 

「美心っ!!」


 聞き覚えのある声を浴び、一瞬立ち止まった。

 振り返ったと同時に、息が詰まる――いまの話、美心に聞かれた。


 美心の顔からは、血の気が引き、足が震える、瞳が滲んでいる。

 奥には佐知ちゃんの姿が。


 周りの視線が、僕たちに集まる。

 

「み、美心……。どうして、ここへ……」


 声が震えた。

 最後まで突き通そうと思っていた嘘が、彼女に本音として届いてしまうなんて。

 

 美心は指先から黒い紙を落とし、僕を避けるように背を向けた。

 その動きは、空間を切り裂くように鋭い。


 誤解、解かないと――でも動けない。

 

 美心は勢いよく走り去った。

 上履きの足音が小さくなっていく度、僕の胸は重く沈む。


「なんとも思ってないなら、放っておきなよ」


 俵さんが、僕の右腕を掴みながら囁いた。

 佐知ちゃんは困惑した表情のまま、僕に駆け寄ってくる。


「ねぇ……、なに突っ立ってんの。早く美心を追いかけなよ」


 でも、地面からつるが生えて縛り付けられたかのように、僕は動けなかった。


「あのさぁ、いまあたしが高槻くんと喋ってる番なんだけど」


 俵さんは優しく微笑み、佐知ちゃんの手をゆっくりほどいた。

 しかし、佐知ちゃんの視線は、美心の背中と僕を交互に見ている。

  

「でっ、でも……美心が! 早く追いかけないと手遅れになっちゃうよ」


 焦る佐知ちゃんに、俵さんは静かに首を振る。

 

「鈴奈さんが離れていった理由は、高槻くんじゃないかもしれないよ?」


 佐知ちゃんはゆっくり踵を返し、美心が落としていった黒い紙を拾った。

 僕の前に来て、それを見せる。


「美心はね……青空くんを探していたんだよ。仲直りできたら、一緒に映画を観たいって」


 差し出されたのは、鈍く光る映画の前売り券。

 僕はゆっくり受け取り、目線を落とした。

 

「一日でも早く青空くんの元気な顔が見たいからって、関係回復を心待ちにしていたんだよ」


 美心がどんな気持ちで持ってきたのか、想像するだけで胸が痛む。

 

「岡江さん。それってさ、ちょっと押し付けがましくない?」


 俵さんは足を一歩前に踏み出し、僕と佐知ちゃんの間へ。

 佐知ちゃんは、唇を噛み締めた。


「友達なら、心配するのが当然でしょ。それに、映画に行くかどうかを決めるのは……、青空くんじゃないかな」


 佐知ちゃんの眼差しは、美心のとのケンカの時よりも強く、僕の胸に真っ直ぐ届く。

 弱気な眼差しは、もうそこにない。

 俵さんは、少し寂しげに目を伏せた。


 僕は美心が先ほどまで立ち尽くしていた場所を、遠い目で見つめた。


 本音で言うなら、美心を追いかけたかった。

 僕が残り八日間で消えるとしても――。

 けれど、その一歩は、彼女の心をえぐる刃になる気がしている。



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