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44.チケットの約束



 ――翌朝、ひやりとした空気に包まれている教室。

 窓の外は朝日が照らしているのに、私の心は凍りついたまま。


 教室にまだ来ていない青空くんの席を、つい見てしまう。

 霞んだ目で空席を見つめていると、「ヘアピン落ちたよ」という青空くんの声が聞こえてきた。

 心臓がトクンと鳴り、声が聞こえてきた出入り口付近に目を向ける。

 青空くんは、クラスメイトの俵さんにヘアピンが乗った手を差し出していた。


「うわぁ! 拾ってくれてありがと〜」

「あぁ、うん」


 青空くんの、穏やかな声。

 久しぶりに感じ、不思議と耳が反応してしまう。


「ごめん、この辺につけてくれない? 自分じゃ留めにくい場所なんだよね」

 

 見ていると悟られたくなくて、うつ伏せになり、ゆっくり目線だけを上げた。

 俵さんは、耳の少し上の方へ指をさす。

 青空くんは手が少し震えながらも、俵さんの笑顔を見て、必死に落ち着かせているようにピンをつけた。

 

「これでいい……かな」


 青空くんは、首を傾ける。

 俵さんはにこりと微笑み、スマホカメラでヘアピンの位置を確認する。

 

「上手! もしかして、誰かの髪につけたことがあるの〜?」


 甲高い声で、青空くんの肩に触れる。

 それを見た途端、口角がピクッと揺れた。


「あはは。からかわないでよ……」


 そんな二人を横目に、人差し指が勝手に机の上でリズムを刻んでいた。

 私には怖い顔をしてきたクセに、俵さんにはああやって楽しそうに喋るんだ。


「ほんと、無理……」


 無意識に言葉が漏れてしまった。

 神経を尖らせていた肩を、誰かがポンポンと叩く。 

 振り向くと、佐知の人差し指が、私の頬にプニっと食い込む。


「どうしたの? そんな怖い顔して。もしかして、ヤキモチ?」

「えっ、そんなことないよ」


 佐知は私の心を見透かしたように微笑んだ。

 思わず視線を落とす。


 ヤキモチなんて……、全然そんなことないのに。

 佐知は、私の耳元に顔を近づける。


「ねぇ、あの二人、なんかいい雰囲気じゃない?」


 小声で囁きながら、二人の方へ顎をクィっと傾ける。

 その先は、可愛く微笑む俵さんと、少し照れながら話す青空くん。

 それを見ているだけでも、なぜか胃の奥がうずうずと揺れる。


「べっ、別に! 普通だと思うけど?」


 口を尖らせてそっぽを向く。


「俵さん、きっと青空くん、気になってるよ」


 佐知の言葉が引っ掛かり、思わず前のめりに。


「佐知もやっぱりそう思う?」


 俵さんは、昨日から青空くんにやけに絡んでくる。

 きっと、青空くんが私に冷たい態度を取っていたのを見て、話しかけるチャンスだと思ったのかもしれない。


「あはは、美心の気持ち、バレバレだよ。気になるなら、仲直りしなきゃね〜」


 その言葉が胸に刺さった。

 確かに……、気になってはいる。

 けれど、それはいま青空くんと微妙な空気感のせいだ。

 

「あ、そうだ! いいもの持ってるよ!」


 佐知は、腰を低くしたまま自分の机に戻った。

 脇にかけているカバンから取り出したのは、映画のタイトルが印刷された二枚のチケット。


「美心と一緒に行こうと思ってたんだけど、渡しそびれててさ。でも、いま一緒に行く相手は、あたしじゃないなってね」


 佐知の優しさが胸に広がり、目頭が少し熱くなる。

 

「でも、悪いよ。佐知が観たい映画でしょ。受け取れないよ」

「なぁに言ってんの! あんたたちの仲直りが先でしょ。はい、どうぞ!」


 チケットを握らされ、ぼんやりと眺めた。


 青空くんの心の中は見えないけれど、きっと葛藤しているはず。

 仲良くしてきたのに、急に嫌いになるなんてありえないよね。

 私が一歩引けば、少しは気持ちを楽にしてあげられるかな。

 ふっと息を整えて、ここ数日間の自分を思い出す。

  

「……そ、だよね。仲直りが先だよね」

 

 窓から差し込んできた日差しが、黒いチケットを輝かせている。

 

「美心くらい、味方でいてあげないとね」


 佐知の言う通り。

 友達なら、味方でいなきゃいけない。

 なのに、私は自分の気持ちを優先してばかり。

  

「私、絶対に青空くんと仲直りする! 仲直りしたら、この映画を一緒に観たい」


 チケットを握りしめ、勇気を出す自分を思い描いた。

 

 ――いつしか忘れていた。

 相手の心の声に、耳を傾けることを。

 佐知とケンカをした時は、私が耳を傾けなかったことが原因だったのにね。

 簡単に見えることほど、実は一番難しいのかもしれない。


 せっかくチャンスをもらったんだから、青空くんと仲直りしなきゃね。

 映画、一緒に観に行けるかな……。


 頬杖をついて、外を眺めた。

 太陽の光が中庭の新緑を輝かせ、胸の奥まで温かく染まっていくように感じた。



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