表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/65

43.冷たい背中


 

 ――放課後。私はバレー部の練習が行われている体育館に向かった。

 扉に手をかけ、中を覗くと、青空くんは仲間と一緒に練習している。


 昼食時はどこかへ行ってしまって心配していたけれど、普段と変わらない様子を見てほっとした。

 じっと眺めていると、背の高い男子と目が合った。

 さっと目を逸らしたが、足音がこちらへ向かってくる。


「何か用? 見学?」


 彼は首を傾げる。

 私は気まずくなって、さっと俯く。


「あ……、いや、その……」


 手に汗を握り、黒目が左右に揺れ動く。

 彼はふっと息をもらし、スッと指先を伸ばした。

  

「女子なら隣のコートだけど、向こうの部長に声をかけてこようか?」


 私はこのままでは予想外の流れになると思い、息を呑んで見上げた。


「あっ、あのっ……。高槻くん、いますか?」


 仲直りしたい気持ちが先立っていたせいか、つい名前を口にしてしまった。

 本当は自分で呼ぶはずだったのに。


「青空ー? 女子に呼ばれてるよ」


 彼は青空くんを呼ぶ。

 声に気づいた青空くんは、ボールをその場に置いて駆け寄り、彼はコートへ戻っていった。

 言いたいことは、まだ整理できていない。

 心臓が跳ねたまま、青空くんの到着を待った。


「なにか、用?」


 青空くんは私の顔を見るなり、ため息をつく。

 結局、朝と反応は同じ。

 真っ白な部屋に、ぽつんと一人残されたような気分になる。


「入部したいの」


 勢いで口走ってしまった自分が、一番驚いていた。

 こんないっときの嘘はすぐに見破られてしまうのに。

 

 青空くんになんて言われるのかな……。

 本当は、仲直りしたいだけなのに。

 青空くんに見つめられるだけで、胸が苦しくなる。

  

「ここは男子バレー部だよ」


 青空くんは冷静な声で言い、境界線を引くかのように目線を逸らした。

 でも、私は境界線なんて引きたくない。

 

「それでもいい。男子バレー部のマネージャーを、やらせて下さい!」


 突拍子もないことが口から飛び出た。

 自分でも驚いている。


「どうして?」


 青空くんの目は冷たかった。

 多分、私が本気で言ってないことに気づいている。

 拳を握るが、本音は喉の奥で詰まったまま。

 

「だって、青空くんも賢ちゃんもいるし、大会に出るって言ってたから、少しでも二人のお手伝いしたくて」


 ひどい志望理由に、声が揺れた。

 

「そんなのやりたい理由にならないよ。帰って」

 

 青空くんは、二階窓から差し込んでいる日差しを浴びながら、冷たい声で言った。

 私の拳は小さく震え、胸の奥に小さな針が刺さるような痛みが走る。

 

「青空くん、一体なにがあったの? どうして、そんなに冷たいの?」


 悲鳴混じりの声になってしまった。

 そのせいもあって、ボールが弾む音が消え、部員たちは互いに視線を交わし始めた。


 体育館に残る熱気だけが、私の心を温め続ける。


「別に普通だよ」

「だったら、どうして私の目を見て話してくれないの?! いまの青空くんは、いつも通りの青空くんじゃない!」


 言えば言うほど、気持ちが追い込まれていく。

 でも、心の中で留めていた気持ちが、もうパンパンだった。


 青空くんは、まともに取り合ってくれない。

 まるで私が、一人芝居の悲劇のヒロインのよう。


 すると、青空くんは、私に背中を向けたまま足を止めた。

 なにかを思い描いているかのように。

   

「美心は僕のことなにも知らない。それなのに、いつもの僕を押しつけないでくれる?」


 青空くんの声は小さいのに、やけに突き刺さった。

 心にできたささくれに、痛みを感じるほど。

 目の前に残されたのは、館内を泳いでいる汗の香りだけ。

 

 彼は再び歩き出す――そこへ思わぬ救世主が現れた。


「青空〜。なに言ってんだよ。マネージャーがいてくれた方が、効率がよくなるだろ」


 賢ちゃんはバレーボールを抱えたまま、困ったように微笑み、青空くんの方へ駆け寄った。

 私は思わずため息と共に肩が下りる。

 

「美心は、僕たちと目指してるところ、違うから」


 青空くんは冷たい目線を落とした。

 図星なだけに、私の心の傷は痛み始める。

 

「だからって、あんな言い方……。美心は手助けになると思って、言ってくれてるんだからさぁ」

「いまの人数で回せてるでしょ」


 私は青空くんが強く反論している光景を目の当たりにしたまま、目を霞ませていた。

 

「ちょちょちょっ……。なに怒ってんだよ。らしくねぇよ」

「別に怒ってない」


 賢ちゃんは、自分と正面になるように青空くんの体を向かせた。


「今日のおまえ、朝からちょっと様子がおかしいぞ」

「そう? 普通だけど。じゃあ、もう戻るね」 

「青空……、おいっ、青空!!」


 賢ちゃんの声が、館内に響き渡る。

 青空くんは、深いため息を落とし、再び練習へ。

 部員たちも、緊張感が解けたように再びボールを触り始めた。

 

 いままででは考えられないほど代わり映えした対応に、心がついていけない。

 青空くんの背中を見つめていると、賢ちゃんが駆け寄ってきた。

 

「あいつ、なんか調子悪いみたい」


 しゅんと俯いていると、賢ちゃんは顔を傾けた。


「あんまり気にしないほうがいいよ」


 青空くんが冷たかった分、賢ちゃんの優しさに、温かいものが込み上げてくる。

 鼻頭が赤く染まり、重い口を開いた。

 

「なにか嫌なことがあったのかな」

「多分な。青空って、黙り込む時はたいてい頭ん中ごちゃごちゃしてるんだよ。少ししたら落ち着くと思う」


 逸る気持ちと、抑えきれない衝動。

 そのアンバランスさに、私は気持ちがついていけない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ