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41.声にならない願い



 ――二十一時。夜の神社。

 暗闇に照らされている境内は、虫の音に包み込まれている。

 小雨がぱらつき、髪をしっとり濡らす。

 

 僕はいつものように賽銭箱の前に立ち、そっと手を合わせた。

 ここへ来る時間帯が毎日違うのは、街に出て人間観察をしたり、新しい情報を学んでいるから。

 でも、そんなことしなければよかった。

 人の笑顔を見るのが、いまは辛い――。

 

 残り十日。 

 願いが叶って幸せなはずなのに、残りの時間はどう過ごせばいいかわからない。

 楽しみにしていることはあっても、この一日一日がそれを上塗りしていく。

  

「神様。僕はいま幸せです。このままずっと続けばいいのに」


 唇をきゅっと結んで、俯いた。


「……でも、叶わないよね」

 

 日を追う事に、弱気になっている。

 美心のことが好きでも、必ずお別れしなければならない。

 それに、みんなとお別れすることが怖いし、欲張りになっていくばかり。

 

「ぬいぐるみに……戻りたくない」


 いままで誰にも吐き出せなかった本音を口に出した。

 

 どうすれば”特例”になれるのだろう。

 ぬいぐるみに戻れば、もう二度と動けなくなる。

 最悪、美心がいなくなるのを、ただ見届けるしかない。

 

 両手の震えが止まらなくなった。

 こんなひと時さえも、大事な時間は奪われていく。

 

「うわああああっっっ!!」


 声がひっくり返るくらい叫んでみても、満たされるものはない。

 自分というぬいぐるみは、無力だから。

 でも、胸の内をどこかで吐き出さなければ、おかしくなってしまいそうだった。

 

「青空くん! 一体、どうしたの?」


 突然背中から浴びた、美心の声。

 人間界が恋しいあまり、ついに幻聴まで聞こえてくるなんて。

 ぎゅっと拳を握ると、風が僕の前髪を揺らして額を撫でた。

 遠くから足音が近づいてきて、美心は僕の目の前に立った――幻聴じゃ、ない。

  

「もしかして、泣いてるの?」


 美心は心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

 僕は、腕で涙を拭って、そっぽを向く。


「なんでもないよ。目にゴミが入っただけ」


 こんな情けない顔なんて、見せたくない。

 

「叫んでいたように聞こえたけど、なにかあったの?」

「……僕のことは気にしないで」


 この優しさが、僕の本音を突っついてくる。


「私でよかったら話、聞くよ」


 安心する声。このまま永遠に聞いていたい――。

  

「別にいいよ。それより、どうしてこんな時間に神社へ?」


 前回ここで会った時と時間帯が違うのに、どうしてここへ。


「コンビニへ行ったら、青空くんが神社で願い事をしていたことを思い出して。ついでに、クゥちゃんが帰って来るようにお願いしようかなと思って」


 気にかけてもらうだけで期待してしまうし、彼女の瞳を見ているだけで、気持ちが引っ張られていく。

 僕がバケモノだと知ったら、がっかりするだろう。

 ずっと見守っていたと知れば、気持ち悪がられるだけ。

 

 わかってる。

 元持ち主にゴミ袋に突っ込まれたあの日の気持ちが、心の奥底に根強く残っている。

 弱っている自分を隠したくて、息を強く飲み込んだ。

 

「そういうの、やめてくれない?」


 言葉とは裏腹に、針と糸で破れた体をつなぎ合わせているかのような痛みに襲われた。

 

「えっ」

「僕だって、一人で悩んだり、考えたい時もあるんだよ」


 どんなに努力しても、欲しいものが指の間からすり抜けていく感覚なんて、美心にはわからないだろう。

 人間界での思い出が、どれだけ厚みがあったか。

 

「……放っておいてくれないかな」


 十日後に、いままで積み上げてきたものを、全部手放さなきゃいけない。

 僕の気持ちなんて、誰にも理解してもらえないだろう。

 

 美心が、初めて僕の手を取ってくれた喜び。

 佐知ちゃんと仲直りした時の美心の笑顔。

 一枚のチラシから始まった部員増加の感動。

 元持ち主からの屈辱から救ってくれた美心の優しさは、冷えきった心に希望の光を灯した。

 

 すべて順風満帆だったのに、もうすぐでお別れに――。

  

 次第に雨足が強くなり、美心の髪が肌にまとわりついた。

 同時に、瞳から滴る雫が、雨と一体化して冷やされていく。

 こんな感情など、無意味と知らしめているかのように。


「その気持ち、わかるよ……。私だって辛い時期があったし」


 彼女の声が震えている。

 きっと、僕に失望しているだろう。

 

「でもね、青空くんが助けてくれた。温かかったよ……あの時の手のぬくもりがとても」


 彼女は寂しそうな瞳で、僕を見つめている。


「青空くんがいなかったら、未だに私は……。今度は、私の……番。だから、だからっ……」


 彼女の優しさが伝わってくる度に、僕の心臓は押しつぶされそうに。

 本当の気持ちを伝えたら、僕は間違いなく気持ちが楽になる。

 

 でも、彼女の手を取ることができない。

  

「美心には、わかんないよ。僕の気持ちなんて……」


 木々のざわめきによって、僕の心は弱くなっていった。

 もう、後戻りできないくらい。

 

「えっ……」

「もう、放っておいてくれないかな」


 軽くまぶたを伏せ、背中を向けた。

 

「……迷惑、だから」


 荒くなった呼吸を抑えるのに、必死だった。

 残念なことに、心の中も大粒の雨が心臓を叩きつけている。


「待って……。青空くん。ごめん、そういう意味で言った訳じゃ」


 震えた声が、背中に届いた。

 でも僕は、歯をくいしばり、彼女を残して神社を離れた。


 

 彼女は、ただ雨に濡れたまま立ち尽くしていた。

 

 僕は怖かった。この世から自分の存在が消えてしまうことが。

 最初からわかっていても、時を刻み続けていた砂時計の最後は空っぽに――。

 

 彼女を突き放していれば、きっといつか僕のことを諦めるだろう。

 佐知ちゃんとの喧嘩で、それが証明されている。

 

 鳥居の奥で、膝から崩れ落ちた。

 冷たい雨がスラックスにはねつけていても、気にならないくらい。

  

 でも、残された十日間で、自分の気持ちを守ることにした。

 再びぬいぐるみとして生きていく為に、大切なものを手放すしかなかった。

 ――もう、守れない。

 いまは彼女の光が眩し過ぎる。



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