40.最高の思い出
――朝の教室は、ざわつく声が溢れていた。
僕が開きっぱなしの前方扉から、室内へ。
窓から差し込む日差しを浴びている美心は、椅子に座ったままカバンに手を突っ込み、焦ったような表情で何かを探していた。
「美心、おはよ。どうしたの? なにかを探してるみたいだけど」
隣について、首を傾けながらたずねる。
彼女は気づくと、手を動かしたまま僕を見た。
「進路希望用紙の提出日、昨日だったことを忘れてたの。……あ、あった! いまから職員室に行ってくるね!」
一枚の紙を片手に、騒々しく教室を出て行く。
僕はその背中を見送ってから、自分の後ろの席の佐知ちゃんに「おはよう」と声をかけた。
席に座ると、ふとあることを思い出し、後ろを向く。
「あのさ、そろそろ美心の誕生日じゃない?」
人間としての最終日は、偶然にも美心の誕生日。
今回は、目を見て、声を出して、お祝いをしてあげられる。
辛いことだけじゃない。最高の思い出が待っている。
例年は、美心がクゥの前にケーキを置いて、バースデーソングを歌っていた。
その時は心の中でお祝いしていたけど、今年は一緒に声を出して祝える。
「どうして、青空くんが知ってるの?」
佐知ちゃんは頬杖をついて、にやりと微笑んだ。
もしかしたら、僕の気持ちがバレているかもしれない。
自分から言うべきじゃなかったかな。
思わず鼓動が高鳴り、目線を逸らした。
「あ、えっと……、本人に聞いたから」
知っていた、なんてバレたら、もっとイジってくるんだろうな。
佐知ちゃんは「ふぅん」と言い、首を傾けた。
「もしかして、プレゼントを考えてる?」
「考えてるけど、どんなものが欲しいかな。佐知ちゃんなら、美心の好みを知ってるんじゃない?」
「仲直りしたのは最近だからね〜。パッと思い浮かばないな」
佐知ちゃんは、ため息をついて遠い目線に。
僕も腕を組んだまま考えた。
美心の部屋には、親が買い与えたものくらいしか置いていない。
物に興味がないのだろう。
唯一、興味があるとしたら――僕?!
い、いや……多分それだけじゃない。
赤面して俯くと、佐知ちゃんは眉間にシワを寄せ、じっと見つめられた。
「……もしかして、変なものを想像してない?」
僕は焦って首を横に振る。
「し、してないよ! まだ時間があるから考えてみるね。佐知ちゃんも、いいアイデアが思いついたら教えて」
「了解! あ、よかったら、みんなで美心の誕生日パーティしない? カラオケボックスでさ」
佐知ちゃんの提案に、僕は胸が弾んだ。
美心の嬉しそうな笑顔が、一瞬思い浮かんだから。
「それいいね! みんながお祝いしてくれたら、美心はきっと喜んでくれるよ」
「賢ちゃんにも相談しないとね。美心には、日にちだけ空けておくように伝えるからさ」
「ありがとう。賢ちゃんには、僕から伝えておく」
お祝いの言葉に、みんなからのプレゼントを受け取った美心の姿を想像しただけで、笑みがこぼれた。
「うん、その方が助かる。じゃあ、後でカラオケを予約しておくね!」
「そうだ! 部屋にバルーンやモールで飾り付けするのはどう? ホールケーキを用意したらバッチリじゃないかな」
最近、家電量販店で見たテレビの映像を思い出した。
テーブルにホールケーキが置かれ、年齢のバルーンが貼られていたことが脳裏に蘇る。
キラキラと輝くモールも飾られ、王冠をかぶった誕生日の人が、ろうそくの火を吹き消す。
これなら、誕生日の雰囲気が出ていいかも。
僕は佐知ちゃんの声以外聞こえないくらい、話に夢中になった。
「それ、パーティー感が出ていいかも! 美心、喜ぶんだろうなぁ〜」
佐知ちゃんは、頬杖をついて、にこりとしたまま天井を見上げた。
僕も空に浮かぶ太陽のように、胸の中が温かくなる。
今年は、美心にとって笑顔でいっぱいの年になって欲しい。
それは、これから先も、ずっと――。
僕の人間界のフィナーレは、美心に最高の思い出で満たせたらいい。
美心の笑顔を思うだけで、幸せな気分になる。
いつかその笑顔も胸に、僕は――ずっと見守り続ける。




