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38.十二年越しの再会



 ――曇り空の日の放課後。

 部活が休みだった僕は、美心と並んで帰っている。


 人混みの中、美心の笑顔を見つめていた。

 残り時間は、せめて幸せで埋め尽くしたいし――。

 

 駅前のゲーセンの前で、美心はふいに足を止めた。

 開きっぱなしの自動ドアの向こうを、吸い込まれるように見つめている。


「クゥ……ちゃん……」


 口からこぼれ出た声に、僕は胸がドキンと鳴り、目を見開かせた。

 次の瞬間、彼女は走り、閉まりかけた自動ドアに体をねじ込み、店内へ。


「美心? どうしたの?」

 

 僕は慌てて追った。

 彼女は、頭上にクレーンゲームと書かれているコーナーで足が止まる。

 機械のガラスに両手をつき、青ざめた顔で奥をじっと見つめた。

 やがて手が滑り落ちて、深いため息をつく。


「似てるけど、やっぱ違う。当たり前……か」


 ガラスの奥にあるのは、ベージュ色のクマのぬいぐるみ。

 クゥの面影が、すぐそこに――。


 最近話題に上がってこないけど、美心の心の中にはクゥが少なからず存在している。

 喉の奥がキュッと苦しくなり、店内に流れるBGMを背に、彼女を見つめた。

 

「クゥちゃんって、無くしてしまったぬいぐるみだったよね」


 平静を装って、冷静に聞いた。

 彼女の瞳からは光が消え、遠い目をしたまま俯く。


「うん。クゥちゃんに似てたから、つい反応しちゃった。目も、鼻も、耳も、鈴も……、全然クゥちゃんじゃないのにね」


 僕は、隣にいても本当のことが伝えられない。

 世界一、弱虫なぬいぐるみだから。


「じゃあさ、このゲーム、やってみない?」


 彼女の気持ちが落ち着くならと思い、気持ちを切り替えて提案した。

 

「えっ」

「クゥちゃんの代わりになるかはわからないけど、これならゲット出来そうじゃない? あ、ちなみに僕は初心者だけど」

 

 もちろん、あのぬいぐるみにも魂が宿っている。

 迎え入れれば、美心の心が奪われるかもしれない。

 それでも、寄り添える場所はあっていいと思った。


「ううん、いい。クゥちゃんじゃなきゃ、意味がないの」


 彼女は静かに首を横に振って、寂しそうにまぶたを軽く伏せた。

 美心はクゥを求めてる。

 でも、僕がぬいぐるみに戻ったら、今度は人間の僕がいなくなる。


 本当は嬉しいはずなのに、素直に喜べない自分。

 こんなの、正解じゃないのに。

 諦めて出口に向かっていると、僕の耳にある声が飛び込んできた。


「さおちゃん、そろそろ帰るわよ~」


 この声……、あの時と同じ。

 テレビを見ながら、僕をゴミ袋へ突っ込まれていた時のことを思い出す。

 

 似ていた、元持ち主の声に。

 顎を震わせたまま顔を向け――間違いない。

 心臓が跳ね、息苦しくなる。

 

「ねぇ、ママぁ〜! あれがやりた~い」


 小さな女の子が指をさしたのは、ぬいぐるみが並んでいる、UFOキャッチャー。


「充分遊んだじゃない。もう帰ろうよ。ママ、夜ご飯の支度をしなきゃいけないし」

「いや! さおちゃん、このぬいぐるみが欲しいの! お願い〜!」


 僕の全神経が、自然と彼女へ向けられた。

 美心の存在が霞んでしまうほど――。


 元持ち主は、僕を捨てたことを、きっと忘れてる。

 そんな僕が、いまこの姿で同じ空間にいるなんて、想像すらしないだろう。


「えーっ、クマのぬいぐるみ?」

「欲しい〜!」


 女の子は両足をバタバタ床に叩きつけていると、元持ち主はボソッと呟いた。


「要らないわよ、ぬいぐるみなんて。どうせ、いつかゴミになるんだから」


 その言葉が、僕の中の世界を割った。

 手の力が抜け、息苦しくなる。

 遠く霞んだ目で見ていると、元持ち主は娘の手を引いて、僕たちを追い越した。


「っ!」


 僕のことを、そんな目で見ていたなんて。

 思い出したくなくても蘇ってくる――ゴミ袋に入れた、あの瞬間までを。

 

 居ても立ってもいられず、ゲーセンを飛び出した。

 元持ち主を追い越しても、現実から逃げ出したい。


「青空くん! 待って、青空くん!」


 美心の声が届いた瞬間、僕の足はようやくブレーキがかかった。

 置いてけぼりにするつもりはなかったのに。


「っ……はぁ、っはぁ、ようやく止まってくれた」


 この世界を閉じるかのように、僕は軽くまぶたを伏せた。

 

「一体どうしたの? いきなりゲーセンを飛び出したから、びっくりしたよ」


 美心は後ろから息苦しそうな声で言った。

 でも僕は、元持ち主の会話がどうしても忘れられない。


「……どうして、簡単に捨てられるんだろうね」


 誰にも言えなかった想いが、口からこぼれていた。

 美心には関係ない話なのに。

 

「えっ、なんの話?」

「こっちが、どんな気持ちで幸せを願っていたかなんて、知らないくせに」


 信じていた。

 ゴミ袋に入れられるあの瞬間まで、僕の瞳を見てくれることを。

 一度でもいいから、その手でギュッと抱きしめて欲しかった。

 そしたら、少しはいい思い出に変わっていたかもしれなかったのに。

   

 右手で顔を覆った。

 こんな顔は見せたくないし、彼女の残酷なひとことが、頭から離れていかない。


「もう、大丈夫だよ」


 左手が、美心の温かい手に包まれた瞬間、体中にじんわりと温かさが広がる。


「なにがあったか、よくわからないけど、私がここにいるから」


 美心の目を見ていたら、固い表情が溶けていくのがわかった。

 小刻みに揺れている鼓動が、美心に伝わりそうだ。

 

「私が辛い時、青空くんが傍にいてくれたように、私も力になりたい」


 放っておいてくれるのが、多分正解。

 でも、僕は美心が自分と同じ立場だったら、同じことを言ってたかもしれない。

  

「なにがあったか気になるけど、言わなくていい。その分、こうやって手を握っていてあげるから」


 美心の手は温かくて、離したくなかった。

 ――もう、誤魔化せない。

 これが叶わぬ恋だと知っていても、この気持ちを止めることが出来ない。

 僕の手は冷たくなっていたけど、美心は握り続けていてくれる。

 


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