33.僕の課題
――花火大会から二日後の月曜日の朝。
学校の廊下で、ざわついている教室に向かうと、前方扉で美心とばったり顔を合わせた。
二日前のキス……いや、ちょっとした事故から、頭の中はそれで埋め尽くされていた。
美心と顔を合わせたらどんな話をしようなんて、考えていたところ。
「おは、おはよう」
「あああ……。うん、おはよう。きょ、今日もいい天気、だね」
彼女は目を泳がせたまま、ロボットのような声で答えた。
もしかして、僕と同じく、意識せずにはいられないのかな。
自然と目線が彼女の唇へ向く。
あの柔らかい感触を思い出すと、心臓がドキンと跳ねた。
……なに、この反応。
「うん。わっ、私も同じことを、思ってたの」
「あっ、あれから、ちゃんと帰れ……た?」
一刻も早く話題を逸らさなければ、僕の顔面は火の海に包まれてしまう。
「も、もちろん……。あのっ、もう、席に行くね」
「あ、うん」
右手と右足が同じ動きになったまま、席へと向かった。
カバンを机の脇にかけ、うつぶせ寝をする。
笑い声や、イスを引く音などに包まれる中、遠くから佐知ちゃんの声が届いた。
「ねぇ、美心。青空くんと何かあったの?」
「へっ?!」
佐知ちゃんのピンポイントな質問に、再び僕の心臓が暴れ始めた。
「なんか、二人の様子が変だし」
「なっ、なんにもないって」
美心の動揺した声が、耳の奥を突く。
「あの日、『青空くんに会えたよ』ってLINEが送られてきてから、トークが途絶えたし、いまはお互いギスギスしてるし」
「あ、あの時は、花火始まっちゃったし、時間が中途半端だったから、あれからかち合うのはちょっと大変かな……と」
「でも、連絡待ってたのに、どうして……」
「ごめん。もっ、もう席に戻るね!」
「ちょっと、美心〜! なんか、怪しいんだけど」
二人の会話は、そこで途切れた。
美心は逃げてしまったのか――。
僕は小さくため息をつくと、「おいおいおい!」と、賢ちゃんの声が降り注ぎ、肩を叩かれた。
見上げると、賢ちゃんは前の席にドスンと腰を落として、椅子の背もたれに両腕を置く。
「あれから、どうしたの? 美心と、ラブ、な感じ?」
冗談だとわかっていても、笑えない。
あの事故は、間違いなく僕の心を刺激していたから。
僕は再び組んだ腕の隙間に、顔を突っ込む。
「二人で花火見ただけだよっ」
「ん、怒ってんの?」
「そう聞こえたなら、ごめん」
小さな声で謝り、ゆっくりと起きる。
後ろの席の佐知ちゃんが、「お二人さん、おはよ」と声をかけてイスを引く音が聞こえたので、振り返った。
「うっす!」
「佐知ちゃん、おはよう」
「おとといは、楽しかったね。青空くんたちと一緒に花火を見れなかったのは、残念だったけど」
「うん、誘ってくれてありがとう」
佐知ちゃんは、カバンを机の横にかけ、ニコリと微笑んだ。
「青空くん……。本当にありがとね」
「なにが?」
「美心と仲直りできたのは、青空くんのおかげ。アドバイスをもらえなかったら、あたしは変われなかったから」
彼女は小さくため息をつき、遠い目をした。
空白だった美心との五年間を、振り返っているかのように。
「じゃあ、これから美心のことをよろしくね」
僕は決心した。
美心の笑顔を輝かせ続ける役割を、彼女に託すことを。
これが僕の本当の願い。
すると、彼女はぽかんと口を開けた。
「……なによ、突然」
「おまえ、美心の父親かよ」
二人は不思議そうに見つめてきたので、僕はサッと目線を落とす。
「そ、そんなんじゃない。美心とは、とっ、友達だし! それ以上とか、考えるのはどうかな、なんて」
なに言ってんだろ。
いや、どうしてこんなに意識してるのかな。
赤面したまま俯いた。
「青空、やっぱりなんか変じゃね? 美心と何かあったんじゃ……」
すかさず賢ちゃんを見上げると、ニヤニヤしていた。
「えっ! なんも、ないし……」
「ほらほら、怪しいぞぉ〜? ね、賢ちゃん?」
佐知ちゃんまでからかい始めたので、僕は席を立った。
二人の視線が、僕に吸い付く。
「いっ、印刷室に勧誘チラシの原本置いてきちゃったから、取りに行ってくるね」
口から適当な嘘が転げ落ちた。
場を離れると、賢ちゃんと佐知ちゃんはクスクス笑う。
なんとなく美心の方に目を向けると、ふいに目が合った。
美心は体をビクッとさせ、視線を逸らす。
その頬が赤く染まっているのがわかった。
僕の胸の奥がトクトクと高鳴り、口元に手を当てたまま教室を出て行く。
――僕が心配することは、ほとんどない。
佐知ちゃんや、賢ちゃんが美心を支えてくれるから。
もし、これから心配ごとがあるとするなら、多分自分の問題。
これからは、誰にも知られず、気づかれず、自分が傷ついたとしても、未来と向き合っていかなければならない。
それが、今後の課題だから。




