32.打ち上げ花火の下で
――佐知が花火大会へ行こうと誘ってくれた、二日後。
私、佐知、青空くん、賢ちゃんの四人で、花火大会の会場へやってきた。
場所は、ボーリング場の向かいの川。
薄暗い空の下、約束の場所にみんなの顔が揃った。
私たちは、見慣れない浴衣姿に、少しよそよそしい。
「いつも制服姿だから、なんか見慣れないね」
「馬子にも衣装ってやつだよな?」
賢ちゃんは、私の紺色に金魚柄の浴衣を見て軽く笑う。
「賢ちゃん、ひどぉい!」
「真に受けんなって。照れ隠しだよ。て・れ・か・く・し!」
佐知が賢ちゃんと仲良く話しているのが、なんか不思議。
賢ちゃんって、本当に人見知りしないな。
微笑ましい目で見ていると、青空くんが間に入った。
「まだ時間あるから、何か食べるものでも探しに行く?」
「そうしようか」
「でも、露店めっちゃ込んでるぜ?」
賢ちゃんは、露店が立ち並んでいる人混みを見て、小さくため息をつく。
たしかに、花火開始前ということもあって、混雑は避けられない。
「万が一、はぐれちゃったらどうするの?」
「グループLINEで連絡する?」
「待って! 青空くんはスマホ持ってないよ」
「大丈夫、十分注意して行動するよ」
それから私たちは、露店に足を運んだ。
狭い通路に店が密集しているから、歩くだけでも人にぶつかる。
「あたし、バナナチョコ食べたぁい!」
「初っ端からそれ? 甘いものは食後にしようぜ。それより、あっちのフランクフルトにしない?」
「見て〜! 焼きそば店も、そこにあるよ?」
相談しながら歩いていると、向かいから人混みをすり抜けてきた五〜六歳くらいの男の子がぶつかってきた。
と同時に、彼が持っているオレンジジュースが、私の浴衣の裾にかかる。
彼の後ろから現れた母親が気づき、あわてて私の前にしゃがんだ。
「うちの子がごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です……」
「いまタオルで拭きますから。後でクリーニング代をお出ししますので」
「い、いえっ! そこまで高価な浴衣ではないので、気にしないで下さい」
子どもの母親に、浴衣を軽く拭いてもらった。
お互い頭を下げてその場から離れると、青空くんたちの姿が見えない。
「あ、あれっ……」
もしかして、迷子になった?
すかさずグループLINEを送るが、反応はない。
電話、と思ってかけるが――繋がらない。
同じ通路上にいると思って、人混みをかき分けながら探していく。
何度も人波に押されて、浴衣の裾が踏まれそうに。
賢ちゃん! と思って肩を叩く――でも、人違い。
謝って、すかさずその場を離れた。
「どうしよ。もうすぐで、花火が始まりそうなのに」
シュンと俯いた。
いい年にもなって、迷子なんて。
せっかくの花火大会。楽しみにして来たのに……。
とりあえず連絡、待ってみよう。
スマホを片手に、人混みから外れて、空を見上げた。
開始時刻が迫り、辺りは暗闇に包まれている。
「みんなと一緒に花火、見たかったなぁ」
小さな声で呟くと、後ろから肩をポンポンと叩かれた。
期待を込めて振り返る。
そこには見たことのない二十代くらいの男性二人組の姿があった。
一人は金髪。もう一人はナチュラルなマッシュ系の髪型の人。
「ねぇねぇ。おねーさん、いま一人?」
――ナンパ、だ。
胸がドキッと鳴り、サッと目を逸らす。
「友達、いるんで……」
声を震わせたまま、人混みの方に足を向けた。
けれど、彼らは追いかけてくる。
「友達が来るまでの間だけ、一杯付き合ってよ」
「すみません、失礼します」
浴衣姿で動きにくいせいか、走って逃げられない。
何度も後ろを見ながら早足で歩いていると、下駄が小石を踏み、転んでしまう。
振り返ると、金髪の男性が手を差し出している。
「平気?」
「そんなに焦んなくても、ちょっと話すだけだからさ」
二人は、私の気持ちを察することなく、ケラケラと笑う。
こっちがどれだけ不安か、知らないくせに――。
口を固く結び、両手をついて立ち上がり、下駄を脱いで、走った。
男性たちの声が背中に届くが、私は砂利を踏みしめ、息を切らし、茂みに身を隠した。
心臓がバクバクしている。
迷子に加え、浴衣のシミ。
傷だらけの足。
今日までのことを振り返ってみると、佐知とケンカをしていた五年間と同じようだった。
ため息をつき、まぶたを軽く伏せたまま川の方を見つめていると、後ろから誰かが私の肩に両手を置いた。
まさか、あの男たち……と思って、顔面蒼白のまま振り返る。
そこには、青空くんの姿があった。
「はぁっ……、はぁっ……。ごめんね、見つけるのが、遅くなって」
息を切らし、首を傾け、優しく微笑む。
額には汗。
力強く掴む手が、もう迷子にさせないと言っているかのよう。
私は感情的になって、鼻頭が赤く染まる。
「大丈夫? 体、震えてるみたいだけど」
「……大丈夫だよ」
それ以上の言葉が、出てこない。
青空くんの瞳をじっと見つめると、彼は歪んだ口元をおさえて、後ろを向いた。
「……心配したよ。めっちゃくちゃ」
声が少し震えている。
罪悪感が募って、私の胸がチクンと傷んだ。
青空くんは、困った時にいつも助けてくれる。
迷子になった今日も、孤独だったあの日も……。
その温かい手に、ずいぶん甘えてきた。
私は傷だらけの足の指先を丸め、胸元に手を当て、俯いた。
「迷惑かけてごめんなさい……」
青空くんは、軽く首を振った。
「早くみんなに連絡してあげないとね」
その言葉に、ハッと現実に戻される。
焦ってスマホを取り出した。
そこで、メッセージが、いっぱい送られていることに気づく。
それを見て、自分のことで精一杯だったと反省する。
「すれ違ってたんだ。こんなに心配してくれていたのに」
「会場がこれだけ混んでいるから、メッセージに気づけなかったって」
グループLINEを返信してると、一発目の花火が上がった。
ドオォォォン……!
心臓まで響く打ち上げ音が、遅れてついてくる。
「花火、キレイ……」
ふと隣を見ると、青空くんは花火の光を浴びている。
その横顔があまりにも美しくて、目が釘付けになった。
花火の音は、私の心音と重なり、胸の中に小さな光を灯している。
「美心、手っ!」
青空くんは驚いた目で、私を見た。
そこで、無意識のうちに、青空くんの手を握っていたことに気づく。
私ったら、どうしてこんなことを。
「ごっ、ごめんなさい! 私、何してるんだろ……」
震えた手を引っ込めようとした。
でも、青空くんはギュッと握りしめる。
「いいよ、離さなくて」
花火の音と共に胸がドキンと弾む。
青空くんの方へ見上げると、彼は優しく微笑んだ。
「だって、怖かったんでしょ」
気付いた時には、その優しさに甘えていた。
自分でも、どうして手を握ったかわからない。
「美心の気持ちが落ち着くまで、こうしていようか」
彼の言葉に、頬が緩み、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
空に大輪の花を咲かせる、打ち上げ花火。
色とりどりの光と、空を裂くほど力強い音のシンフォニーに見惚れていると、いつしか辛い出来事が消えていた。
時たま、青空くんの指先に力が加わり、少しむず痒い気持ちに。
「力強い音が、全身に響き渡っているね」
青空くんは目を輝かせながら、花火を見つめている。
「すごい衝撃音だよね。来年もまた、見れるかな」
「……うん。また、来年も一緒に花火を見よう」
いつもこの優しさに救われていた。
青空くんがいてくれるだけで、前向きな気持ちになれる。
小さな不安や、大きな悩みを抱えていても、すぐに気づいてくれる。
だから、感謝を伝えるなら、今だ。
「青空くん、いつもありがとう」
でも次の瞬間、ドォォンと花火の音が鳴って、私の声をかきけした。
青空くんはきょとんとした目を向ける。
「いまなんて?」
聞こえていなかったのかな?
うんと頷いた後、彼の瞳を見つめたまま、口元に手を添えながら彼の耳に近づくと、彼は頭を傾けてきた。
ちゃんと聞こえるように、一歩足を前に進めた――が、下駄が小石につまずき、青空くんの頬に唇がそっと触れた。
「!!」
「ごっ、ごめん! キ……キス、するつもりじゃっ!」
すかさず青空くんから離れた。
そろりと横目で見る。
青空くんは口元を押さえたまま、赤面していた。
「あっ、いや……あの……。ケ、ケガしなかった?」
青空くんは何事もなかったかのように振る舞おうとしているが、顔に本音が染み込んでいる。
いっそのこと、冗談で返してくれた方が、助かったのに。
「こ、転んじゃったの……。そう、さっきのは事故だった……。はははは」
暴れた心臓が、口から飛び出しそうになっている。
青空くんをちらりと見た。
照れくささを我慢しているかのように、口元を固く結んでいる。
でも、唇に残された感触が、何度もあの瞬間を蘇らせ、胸に優しい鼓動を打っていた。




