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29.ブドウ飴と涙



 ――私は、胸が切り裂かれそうな思いのまま、理科室を離れ、全力で走った。

 全身の血の気が引き、指先が冷たくなっていく。


 佐知が後ろから何度も名前を呼んでいたけど、途中から青空くんの声に切り替わった。

 でも、どちらとも喋る気はない。

 追いつかれないように、階段を駆け下りた。


「はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……」

 

 喉がむず痒くなるほど、息苦しい。


 青空くんが、『お互い好きなら一緒にいるべきだと思う』って言ってた。

 いつから佐知のことが好きだったの?

 よりによって、どうして佐知なの?


 私たちがケンカしてることを知ってるから、隠そうとしてたのかな。

 恋愛に興味がないって言ってた。

 あれは、私を傷つけないための嘘だとしたら――。

 

「美心! 待って、美心っっ!!」


 足音が徐々に近づいてくる。

 青空くんから逃げ切れるかどうかは、時間の問題に。


 けれど、足を止めたくなかった。

 信用していたのに、私を裏切るなんて。

 

 青空くんは昇降口の前で、私の隣についた。

 もう逃げられないと思って、早足に切り替える。

 彼は隣から声を降り注がせた。


「待って、美心」

「待たない」

「話をしよう」

「私は話なんてない」

「どうして」


 青空くんの声が、私の胸を締めつけてくる。 

 唇をぎゅっとかみしめて、立ち止まった。

 彼はその隙に、私の前にまわる。

 私は拳を震わせ、か細く吐き出した。


「どうして私を巻き込んだの? 私の気持ちをこんなにも弄んで……」


 喉の奥から絞り出された気持ちは、醜くて惨めだ。

 恋愛のために青空くんに利用されていたことが、悔しくてたまらない。

 

「どうして、そう思ったの?」


 彼は困ったように首を傾けた。

 きっと、私に呆れてる。

 

「……告白、されてたんだよね。佐知のことが好きなら好きって、最初から言えばいいじゃない」


 鼻の奥がツンと痛んだ。

 でも、それ以上に痛いのは、心の中。

 彼は黙ったまま、悲しそうな瞳で私を見つめている。

 

「二人の恋愛、ぜんっぜん応援する気がないから!」


 昇降口に、私の声だけが響いていた。

 青空くんはわかってない。

 五年間、どんな気持ちで佐知のことで悩んでいたかなんて。

 

 謝るとか、そういうレベルじゃない。

 そこまで気持ちが追い詰められているのに、恋愛のために利用してくるなんて。


 青空くんなんて……、もう、絶交だよ。

 

 私は俯いたまま唇をかみしめていた。

 唯一の光を失って、逃げ場がなくなってしまったから。


 昇降口に沈黙が広がる。

 だが、次の瞬間――彼は両手で私をふわりと包みこんだ。


「…………全部、勘違い」


 耳元で響く穏やかな声は、周りの音をすべてかき消した。

 抱きしめられた感触に、全身の力が抜けていく。

 反論するかと思っていたのに。


 ふんわりと漂ってくる彼の香りが、それまでの思考を上書きしてくる。

 なぜかわからないけど、この香り、安心する……。

 

「僕が願ってるのは、美心の幸せだけだよ」


 彼は体をゆっくり離し、私の顔を見つめ、ニコリと微笑んだ。

 胸がズキッと痛む。


 私は嫌な気持ちになってるのに、どうしてそんなに穏やかでいられるの?

 俯くと、彼はポケットから出したものを、私の手のひらに乗せた――ブドウ飴だ。

 

 これを最初にくれたのは、研修合宿の最中、山で遭難した時。

 『元気になってね』って、励ましてくれた。

 あの優しさはいまでも変わらないのに、私は尖ったまま。

 自分でもどうしてかわからない……。

 

 黙っていると、彼は私の肩をポンポンと二回叩いて、廊下の奥へ消えていった。

 その背中を見て、一粒の涙が一直線に流れる。

 怒ってもおかしくないのに。

 

 胸のざわめきが、止まらない――。

 

 ブドウ飴の個包装を破って、口の中へ放り込んだ。

 口の中に香りが充満すると、二粒目の涙がこぼれ落ちる。


 これが何を意味しているか、わからない。

 ただ、胸の奥が熱くなっていく感覚だけは、体中に伝わっている。



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