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2.見覚えのある転校生



 ――朝礼の時間。

 担任教師は一年二組の扉を開け、ある男子生徒を連れてきた。

 新しい風が吹いた瞬間、クラスメイトはざわつき、視線が彼に集中した。

 

 入学から二ヶ月。

 中途半端な時期に、転校生なんて珍しい。

 でも、顔に見覚えがあった。

 昨日の雨の香りが、記憶に刻まれている。


「ちょっ、かっこよくない?」

「嘘……。タイプかも」

「すごいイケメン!」


 担任教師は黒板に名前を書くと、彼に自己紹介を促した。

 彼は一歩前に出て、静かに息を整える。


高槻青空(たかつきそら)です。今日から仲良くして下さい」


 彼の視線が、教室の隅まで一つずつ確認するように動いた。

 女子たちはその風貌に、再び騒ぎ立てる。

 

 ナチュラルな髪型、優しげな声。

 あの時、私に傘をかざしてきた人。

 『また、明日』って言ってたのは、ただの偶然だよね……?

 胸の奥に、雨の冷たさが蘇る。

  

 彼と目が合って、にこりと微笑まれる。

 慌てて目を逸らした。

 昨日の人だ――と気づいたかもしれない。

 

 一時間目後の休憩時間。

 目の前に影ができた。

 見上げると、高槻くんが立っている。


「美心、やっぱり今日も会えたね!」


 にこりと微笑まれた瞬間、心臓が跳ねた。

 できる限り目立ちたくないのに、呼ばれるなんて。

 しかも、呼び捨て……。

 手のひらがじっとり汗ばんだ。


「どうして私の名前を……?」

鈴奈美心(すずなみこ)って名前、教卓の席順のところに書いてあった」


 昨日ほんの一瞬だけ接点があっただけなのに、名前を調べるなんて。

 さっと目線を落とし、机からノートと教科書を出した。

 

「ごめん。勝手に名前を確認しちゃって」

「……親しくないので、呼び捨てはやめて下さい」


 もう二度と、両親以外の人に呼び捨てされることはないと思っていたのに。

 

 話に区切りをつけるように、机の上で教科書とノートをトンッと揃えた。

 これ以上言葉を重ねたら、彼を傷つけてしまいそうな気がする。

    

「申し訳ないですけど、昨日のことは忘れてくれませんか?」


 優しい眼差しに、胸がぎゅっとなる。

 信じたらまた傷つく。

 それが怖くて、自然に背を向けた。

 

「どうして?」


 彼は、表情を曇らせたまま首を傾ける。

 

「……気にされたくないんです」


 もう二度と、あの日のように大切なものを失うのは嫌だった。

 可愛げのない奴だ、と思われても構わない。

 沈黙こそ、磨りガラスだった。

  

「昨日は傘を貸してくれて、ありがとうございました。明日返します」


 席を立って背中を向けた。

 ガタッとイスの音が辺りに鳴り響く。


「美心! 困ったことがあったら、相談とか……してみない?」


 彼の優しさが痛く、足がすくんだ。

 どうして、悩んでいることに気づいたんだろう。

 誰にも言ってないのに。

 

「私のことは、放っておいてくれませんか」


 背中でそう告げて、廊下へ向かった。

 でも、一瞬だけ止まる。

 相談……ね。

 ふっと息を漏らし、再び足を進めた。

 ざわついている廊下に出ると、キャッチボールで遊んでいるクラスメイトの手がぶつかって、転んだ。


 「……すみません。よそ見をしていて」


 ふいっと目を逸らして、軽く頭を下げた。

 ぶつかったのは、クラスメイトの足利くん。

 彼は丸めた新聞紙を持ちながら、にこやかに手を差し伸べてきた。

 短髪に引き締まった肩。笑うと体格がいっそう大きく見える。


「ごめん。あ、鈴奈か。大丈夫? 顔色悪いけど」

 

 思わず後ずさった。

 体温が伝わりそうな気がして、怖かった。 

 冷たくしてきたから、嫌われていると思っていたのに。


 彼の眼差しが温かくて、周囲の声が一瞬で消えた。 

 見慣れた廊下が、別の色に見える。

 先ほど、高槻くんの瞳の奥に刺激されてしまったのかもしれない。


 でも、手を取る勇気はない。


「……私のことなんて、気にしないで下さい」


 立ち上がって、この雰囲気を切り裂くように歩幅を早めた。


「ちょ、ちょっと……。鈴奈……」


 背中に足利くんの声が届いた。

 でも、足を止めなかった。

 足音が遠ざかる度、息が喉の奥でつかえる。

 


 

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