23.色づく朝
――翌朝の始業時刻前。
青空くんと賢ちゃんは、肩を並べながら教室の手前に来た。
彼らの手には束の紙――バレー部募集のチラシだ。
私は唾で喉を鳴らし、タイミングを見計らって二人の前へ。
二人の目が向けられた瞬間、頭を下げた。
背中に隠していた二つの小さなラッピング袋を、前に突き出す。
「あ、あのっ! 昨日は勝手なことをしてごめんなさい! これ、お詫びの品です……」
昨日は、楽しい気分を台無しにしてしまったし。
「お詫びって?」
青空くんは首を傾けた。
その隣の賢ちゃんは、紙袋をひょいと覗く。
「パウンドケーキ? もしかして、手作り?」
「うん。ママに手伝ってもらったけどね。こんなことくらいしかお詫びできないけど、二人になにかしなきゃって思ってて……」
ボーリング場で佐知に話しかけられてから、楽しい思い出が全部飛んだ。
昨晩、自宅で冷静に考えていたら、なんて酷いことをしてしまったんだろうって。
私はふっと息を吐き、肩を落とした。
すると、賢ちゃんが、私の手からラッピング袋を取り上げる。
「別によかったのに〜。でも、ありがと。女子から手作り菓子をもらうのが、夢だったんだよねぇ」
賢ちゃんは教室に入って、みんなにラッピング袋を見せびらかした。
「みんな! これ、美心からのプレゼント! いいだろ〜!」
「そ、そんな自慢するものじゃ……」
私は後を追いかけ、瞳を揺らした。
自慢して欲しくないけど、悪意がないからこそ、止められない――。
どこからかクスクスと笑い声が届く。
目立ちたくないのに、まさかこんなことになるなんて。
仕方ないなと思い、自分の席へ。
カバンから教科書を取り出すと、真横に影が出来た――佐知だ。
思わず視線が固まった。
「美心……。あのね、今日こそは話したいと思ってるの」
私を見つめている瞳が、昨日より何倍も力強い。
覚悟を決めているかのように。
「私は、ない」
険しい顔で席を立ち上がり、拳を握った。
教室内のざわめきがかき消されるくらい、鼓動が激しくなっていく。
「ちゃんと話そ? じゃなきゃ、いつまで経ってもケンカしたままだよ」
佐知は腕を掴んできた。
その瞬間、心臓がドクンと音を立てる。
佐知は自分勝手だ。
好きな人の名前を書いた紙を、廊下で拾った時の私の気持ちなんて、全然考えてない。
私は震えた手で、佐知の手を振り払う。
「話し合う価値なんてないし、仲直りする気もない。私のことなんて放っておいてよ!」
怒鳴り声が、教室の空気を止めた。
クラスメイトの視線が私に集中する。
佐知の泣きそうな目が、『ずっと親友でいようね』って書かれた、当時を思い出させてきた。
苦しさと恥ずかしさが混ざり、気付いた時には、足が教室の外へ向かっていた。
パタパタと足音を鳴り響かせ、廊下にいる生徒の隙間を縫っていく。
佐知の声が、背中に何度も叩きつけられていた。
でも、途中から青空くんの声に。
追いかけている足音が徐々に近づいてくる。
HR直前に行く場所なんてない。
階段の二階の踊り場で足を止めると、追いかけてきた足音も消えた。
はあはあと息を漏らし、胸に手を当てる。
「私、ダメだよね。向き合わなきゃいけないことくらい、わかってるのに……」
踊り場に、私の声だけが響き渡る。
遠い昔、心を置き去りにされてしまったかのように。
人を信じることに怯えていた私に、手を差し伸べてくれた佐知。
交換日記は約二年続いた。
ひとつひとつ想いを重ねていくうちに、自然と心が開けていった。
交換日記に好きな人の名前を書くのに、どれだけ時間がかかったことか。
「ダメじゃない。美心はちゃんと前に進んでると思うよ」
振り向くと、青空くんは口元だけうっすらと微笑ませている。
「人を思いやってるし、繋がりだって大事にしてる」
「青空くん……」
「僕はちゃんと見てきたよ。美心のこと。きっと明日は、もっと前進しているかもしれないね」
顎を引いたまま、瞳を揺らした。
彼の言葉が、卑屈まみれな胸の奥へストンと伝わる。
青空くんは私の前へ立ち、右手をポケットに入れた。
「……手を出してくれる?」
私は首を傾げる。
「手を?」
「いいから」
素直に右手を出す。
彼はポケットから手を出し、私の手のひらに何かを置いた。
見ると、そこには研修合宿の日にくれた時と同じ――ブドウ飴だ。
「実はこれ、強くなれる特別な飴なんだよ。だから、プレゼント」
私は胸が温かくなり、ふっと笑みが溢れた。
「もぉっ! 小さい子扱いしないでよ! ……でも、ありがと」
ブドウ飴の個包装をビリっと破き、口の中に放り込む。
ブドウの香りが安心感を誘っていき、視界がゆっくりと歪み始めた。
――青空くんといると不思議。
今まで見ていた景色が、少しずつ色づいていくよう。
でも、こんなに励ましてもらっても、まだ佐知と向き合える自信がない。
だけど、立ち止まったままじゃいけない気もしている。




