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22.辛いの、飛んでいけ



 ――美心は、ボーリング場で息を切らしながら席に戻ってくると、ドリンクをテーブルに置いた。

 カバンを掴み上げると、僕たちにひとこと告げ、出口へ向かう。

 彼女の青白い顔を見て、俺の胸がざわついた。


 ふと、美心がさっきまで居たところに視線を向けた。

 そこには、なぜか岡江さんが立っている。

 その切ない視線にすれ違いを察し、美心の”急用”は嘘だと気付いた。


 賢ちゃんに「ちょっとここで待ってて」と伝え、ペットボトルを一本持って、ボーリング場を飛び出した。 

 彼女の背中を追っていたが、信号で足を引き止められる。 

 正面は河川敷。

 河原には、小さな子供がボールで遊んでいたり、お年寄りが散歩をしている。


 信号機が青に変わると、疼いていた足を走らせた。

 美心はベンチに腰を下ろした。

 手前の雑草が彼女に影を作っている。

 

「大丈夫?」


 僕は横から声をかけた。

 ペットボトルを突き出すと、「うん」と、力のない返事で小さく頷いた。

 僕はほっと胸を撫で下ろす。

 隣に座って彼女を見ると、ペットボトルを持つ手がかすかに揺れていた。


「辛いことがあったの?」


 あえて知らないフリをした。

 もう二度と、彼女の考えを踏みにじってはいけない。

 彼女は言葉に反応して、僕を見つめた。

 何かをためらっているかのように唇が揺れた。

 でも、諦めたように目線を落とす。


「なんでもないよ……。心配かけてごめんね」


 そっとしてほしい、と聞こえたような気がした。

 以前の僕だったら、多分気づけなかっただろう。


「無理に言わなくていいよ。その代わり、いつでも相談に乗るからね」

「うん」


 手を貸すのは、彼女が求めてきた時だけでいい。 

 彼女はスカートをギュッと握りしめた。

 

 川のせせらぎが、僕たちの時間を溶かしていく。

 彼女の元気のない様子を見ているうちに、ある言葉が頭の中に蘇った。

 使うのは今だと思い、息を整えて、彼女の頭をそっと撫でる。


「辛いの、辛いの、飛んでいけ〜!」


 このおまじないは辛い時に唱えるもの。

 さっそく使ってみた。力になれるかわからないけど。

 それがあまりにも突然だったせいか、彼女はびっくりした目を向ける。


「そ、それって……」


 僕はにこりと微笑んだ。

 

「ある人にこのおまじないを教えてもらったんだ。唱えると、辛いことが空の上に飛んでいくんだって」

「……そ、そうなんだ」


 彼女の瞳は揺れ、目線を下に落とした。

 

「元気ないなんて、らしくないよ。美心は抱え込んじゃうところがあるから、ちゃんと言葉にしないとね」


 僕は、雲がかっている未来を見据えて言った。

 

「僕はずっと味方でいるから、心配しないでね」


 彼女は鼻頭を赤く染め、ゆっくりと微笑んだ。

 瞳の中に小さな雫が、きらりと揺れる。

 

「……りがと」


 かすかに届いた彼女の言葉。

 僕は全て聞き取れなかったから、もう一度聞くことにした。


「え、いまなんて?」

「ありがとう。……そう言ってもらえるだけで、気持ちが明るくなる気がする」


 その言葉が、僕の胸の中に光を当てた。

 彼女の足はまだ少し躊躇していたけれど、前に進む力がたしかに備わっている。

 前に進もうとする彼女を、僕はそっと見守った。


 夕暮れの川面が、彼女の瞳と同じくらいきらめいていた。

 少し眩しかったけど、しっかり見ていられる。


 

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