20.歩幅を合わせて
――四時間目終了後。
国語の授業が終わり、教室にざわめきと机の音が広がった。
僕はサンドウィッチが入っているレジ袋を持ったまま、美心の向かい側の席に座る。
「ご飯、一緒に食べよ!」
弾んだ声でレジ袋を机に置いて、中を開いた。
「えっ、でも…」
美心は目を泳がせ、言葉を詰まらせている。
僕は「大丈夫?」と尋ねた。
「また……噂、されちゃうかも。青空くんが嫌な想い……しちゃったら……」
美心の声のボリュームが下がっていく。
すると、美心の気持ちを煽るかのようにささやき声が聞こえてきた。
「二人って、もしかして付き合ってんのかなぁ」
美心の心情を察し、そっとレジ袋を持ち上げる。
「わかった。別の奴と食べ……」
「待って!」
美心は急に声を張り上げた。
びっくりして目線を落とすと、美心の頬が赤く染まっている。
「嫌……なんて、言ってない」
その言葉に、僕の心臓は弾む。
「人と一緒にご飯を食べることが、ハードル高かっただけ……」
お弁当袋を掴んでいる手が震えているのを見て、自然と美心の気持ちを悟った。
僕はイスの背を掴んだ。
「じゃあ、座ってもいいかな」
「うん。……一緒に、食べよう」
美心がにっこりと微笑むと、僕は安堵し、腰を下ろした。
「もしかしたら、美心のお弁当のおかずが欲しくなっちゃうかも」
「そしたらあげるね。青空くんは、どんなおかずが好きなの?」
会話を重ねているうちに、美心の表情は和らいでいく。
もう、雑音なんて聞こえない。
美心の笑い声が、かき消してくれるから。
喋っていると、隣に人影が見えた。
と同時に椅子を引きずる音が――賢ちゃんだ。
「なになになに〜? お二人さんで弁当食べるつもり?」
賢ちゃんはどかっと腰を下ろして、購買のレジ袋を机に乗せた。
「いい雰囲気のところ悪いけど、お邪魔しちゃうよ〜」
「あはは。そんなんじゃないってば!」
きっと、僕たちの空気を読んで間に入ってくれたんだろう。
さすが、と思ったりして。
でも、美心は気まずそうにしている。
「賢ちゃんも美心と話してみたいって言ってるけど、どう?」
僕は顔を傾けて聞いた。
でも、美心は口を閉ざしたまま。
「無理は言わないよ。ただ、三人の方が噂もされにくいかなと思って」
僕が賢ちゃんと一緒にいることが多いから、多分親友だということに気づいてる。
でも、僕とご飯を食べるのが初めてなのに、少し無理をさせちゃうかな、と思っていた――その時。
「俺さ、カレーパンが好きなんだけど、鈴奈は何パンが好き?」
賢ちゃんは、僕に話しかけるような口調で、美心に問いかけた。
美心はハッとして、息を呑み、そろりと上目を向ける。
「……チョコディニッシュ、かな」
答えると、賢ちゃんは嬉しそうにレジ袋をガサゴソと漁り、くるみパンを美心の前へ。
「さっき購買でくるみパン買ってきたけど食う? こっちも絶品だよ」
「えっ! いいよ、自分のお弁当があるし……」
美心は、両手を胸の前で広げて振った。
「遠慮すんなって。友達になったお礼にどうぞ」
賢ちゃんは、くるみパンを美心のお弁当の横に置いた。
話を途切れさせないのは、きっと緊張させない為。
僕は、賢ちゃんの寄り添い過ぎる姿勢に、プッとふいた。
「鈴奈。前世でも友達だった約束、覚えてる?」
賢ちゃんの目線は美心へ。
遊び心として話しているのだろう。
「えっ、なんのこと?」
「後世でも友達でいようって、約束したじゃん! 覚えてねぇの?」
賢ちゃんがウインクを連投させると、美心はお腹を抱えて笑った。
「あははっ! ごめん、その約束忘れてたよ」
その笑顔を見つめていたら、僕も一緒になって笑っていた。
美心は賢ちゃんの冗談に慣れてきた様子。
「今日から俺も鈴奈のことを”美心”って呼ぶよ。美心も”賢ちゃん”って呼んでね」
賢ちゃんは安心したように、美心に話を続ける。
「うん、今世でもよろしくね!」
二人が笑い合ってる姿を見ていたら、少し安心した。
きっと、賢ちゃんの人懐っこさに、妹たちも救われているんだろう。
――放課後。
僕と美心は、下校している生徒たちの波に乗りながら、駅へ向かった。
先週より今日と、美心の心の壁は少しずつ下がっていることを実感している。
「一つ質問してもいい?」
美心の方を見ると、丸い目で見返してきた。
「なぁに?」
「どうして賢ちゃんと話す気になったの?」
美心は突然足を止めた。
僕は二、三歩先から振り返ると、美心はカバンをぎゅっと握っていた。
「そっ、青空くんのこと、信用しているから……。それだけっ!」
急に走り出して、僕を追い越していった。
きっと、精一杯な気持ちなんだろう。
こういう素直なところがいいかも――。
僕は温かく波打つ鼓動に、そっと手を当てた。
コンビニ前にさしかかった。
美心は何かを思い出したかのように足を止める。
「あのね、この前の夜、神社で青空くんを見かけたの」
ビクンと体が揺れ、視線が一点に釘付けになった。
「えっ……」
「遅い時間に、何か大事な願いごとでもしてたの? 制服姿だったし」
周辺に人がいないことを確認していたのに。
震えた唇のまま、美心を見下ろした。
「あっ、えっと……。たまたま通りがかって」
手汗を握っている僕。
美心は異変に気づいたように首を傾ける。
「しっかりお願いごとをしているように見えたけど」
「か、軽く頭を下げただけだったんだけどなぁ。あはは……」
僕は話題から逃げるように、足を早めた。
嘘はつきたくない。
けれど、事情は知られたくない。
この神社は、僕にとって特別な場所。
美心に知られるわけにいかない――絶対に。




