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19.小さな勇気、大きな一歩



 ――翌日。

 僕は教科書とノートを持って、理科実験室を出た。

 クラスメイトの人混みに揉まれ、一人で歩いていた。

 後ろから賢ちゃんが「一緒に教室に戻ろうぜ」と声をかけてきたので、並んで廊下を歩く。

 

 喋っていると、誰かが僕のシャツの背中をクンっと引っ張った。

 振り向くと、岡江さんが少し気まずそうに俯いている。


「あの、さ。少し話したいんだけど……、美心のことで」

「美心の話?」


 予想外の問いかけに、胸がざわつく。


「もしかして、俺はお邪魔……かな?」

 

 賢ちゃんの目は、不思議そうに僕と岡江さんの顔を行き来している。

 普段は接点がないから、きっと驚いてる。

 

「ごめん、足利くん。高槻くんと二人で話がしたいんだ」

「わかった。先に教室に戻ってる」


 賢ちゃんは、教科書とノートを掲げて先を歩いた。

 

 ――僕たちは、屋上の一歩手前の踊り場へ。

 屋上扉から差し込む日差しが、彼女の不安を照らしている。

 

「ごめんね、急に呼び出しちゃって」

「いいよ。大事な話があるんでしょ?」


 美心の気持ちはわかったけど、岡江さんにはどんな想いが埋め尽くされているのだろう。


「高槻くんってさ、美心と仲が良いよね」


 彼女はふっとため息をつき、指先を少し揺らした。

 

「友達だから」

「だったら、聞いたんじゃない? あたしと美心の関係を」


 素直に頷いた。

 遠回りする必要がない。


「ケンカ、してるんだって?」

「うん。理由は聞いてるでしょ。でも、きっとその答え、半分しか正解じゃないの」


 彼女は、静まり返る空気を背負うように、低い声で呟いた。

 

「えっ、どういうこと?」


 予想外の返答に、唇が震える。

  

「あたしたち、まだ話し合えてないの。美心がノートの切れ端を拾った時は、すでに聞く耳を持たなかったし」

「美心は、岡江さんがそれを捨てたって言ってたけど」

「そう思われても仕方なかった。あたしがミスを起こしてしまったから」


 岡江さんは泣きそうな声で、スカートをぎゅっと握りしめた。

 

「ミス? どういうこと?」


 前のめりになって聞いた。

 最初は酷いと思ったけど、本心じゃないことは伝わる。


「あの日、あたしのことを嫌いなクラスメイトが、美心との交換日記を勝手に読んでたの」

「えっ! どうして……」

「ネタにするつもりだったのかな。あたしはせめて大事な部分だけでもと思って、ノートを破いてポケットに入れたの」


 彼女の手は震えていた。

 本当に美心が嫌いなら、ノートは破らなかったはず。

 それでも、胸の奥にしこりが残る。

 

「じゃあ、どうしてそれを廊下に捨てたの? 他の人に見られる可能性があったんじゃない?」


 彼女の顔を見ると、目元と鼻頭が赤く染まっていった。

 過去の気持ちが詰め込まれているかのように。


「……捨てて、ない」


 空気を切り裂くように鋭く、小さい声を絞り出した。

 

「えっ」

「ポケットから落ちてたこと、美心に言われて初めて気づいたの。そこで、美心が誤解していることを知った」


 不安定に揺れる声が、彼女の涙を誘っている。

  

「その場で誤解を解けば、少しでも……」

「想定外だった。美心が聞く耳を持ってくれないなんて。結果的に酷いことをしてしまったから、言い訳なんて聞きたくないよね」


 美心の言い分と彼女の本音――僕だけが知っている。

 でも、すれ違ったままでいいのかな。


「謝まらなきゃいけないと思って何度も話しかけた。でも、聞いてもらえないの」


 僕が初めて声をかけたあの日からの美心のことを思い返した。

 自分を守ることに精一杯で、怒ったり、突き放したり、逃げたり。

 その理由を、最近知ったばかり。


「仲直りしたい。……けど、許してくれないよね。あの事件のせいで、心を閉ざしてしまったから」


 美心の逃げ癖は、自分を守る為だった。


「あたしがいじめられていた時に、救いの手を差し伸べてくれた人が美心だったのに、恩を仇で返してしまうなんて」


 彼女は両手で顔を覆って、小さく泣き崩れた。

 小さく揺れる肩に、僕の胸は締めつけられる。


「じゃあ、もう少し頑張ってみない?」


 首を傾け、彼女の肩にそっと手を添えた。

 

「本音を言えば、僕から話した方が早い」

「じゃ、高槻くんからお願いし……」


 期待の目を向けられたが、すかさず首を横に振った。


「でも、それは誰の為にもならない」

「じゃあ、どうすればいい? 美心に向き合う気持ちが生まれなければ、仲直りなんて遠い話だし」


 彼女の言い分は、痛いほどわかる。

 先日までの自分を思い出したけど、参考にならない。

 僕はすぅっと息を吸い、穏やかに見つめた。

 

「諦めないで」


 彼女は目を丸くした。

 

「一緒にいてわかるんだ。美心は過去を乗り越えたい。じゃないと、僕と友達になんかならないよ」

「高槻くん……」

「岡江さんがいま出来ること。それが見つかったら、美心も耳を傾けてくれるようになると思う」


 二人の過去を、僕は知らない。

 だからこそ、冷静に伝えられる。

 

「自分から逃げちゃだめだよ。きっと、ゴールはすぐそこに待ってると思う」


 美心と、絶対に仲直りして欲しい。

 二人はしっかり話し合うことができたら、きっと以前よりも輝けるはず――。



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