15.小さな約束
――数時間後。
私は、宿舎の廊下で小さな湯気に包まれ、お風呂セットを持ったまま歩いていた。
隣の階段から青空くんが一人で下りてくる。
手にはお風呂セットとペットボトル。
髪は濡れてない。
きっと、これからお風呂に向かうのだろう。
私たちは目と目が合った。
青空くんはゆっくりと歩き、私の前で足を止める。
「お風呂行ってきたんだね。体、温まった?」
「うん。たっ……青空くんは、これから?」
ついクセで”高槻くん”と言いそうになった。
”青空くん”って言い慣れなくて、ちょっと恥ずかしい。
「そう、これから」
「そっか。……ケガ、大丈夫だった?」
青空くんの左腕を見る。
打った場所は、少し青たんに。
彼は大丈夫だよと言わんばかりに、そこをポンポンと叩く。
「たいしたことないよ。……脂肪? が他の人よりちょっと多いかも。あはは」
「なにそれぇ! めちゃくちゃ心配してるのに」
数時間前まで敬語だった私たち。
急に仲良くなったせいか、ちょっと胸の奥がむず痒い。
青空くんは持っているコーヒー牛乳を、私に向けた。
「これ、さっきのお礼」
「そんな。こっちが言うべきなのに」
私は両手を振って遠慮した。
彼は迷子になった私を探しに来てくれた上に、パーカーまで貸してくれたから。
……でもあの時、私がいなくなったことに気づいてたんだ。
「でも、美心が手を握り続けてくれたから、寒くなかったよ」
「もうっ! それ恥ずかしいから言わないでよ」
自分でも、あんなに積極的に手を握るなんて、思いもしなかった。
コーヒー牛乳を受け取ると、青空くんは私の顔をじっと見つめる。
「ねぇ、どうしてそんなに顔が赤いの?」
ビクッと体が揺れた。
ちょっと意識してしまったことが、バレたくない。
「もしかして、さっきの雨で風邪引いちゃった?」
「そんなことないっ! き、気のせいだよ……多分」
顔が熱くなってることに気づかず、さっと後ろを向いた。
「そう? なら良かった」
私は振り返り、「じゃあ」と言って離れると、「ゴホン」と咳払いが聞こえた。
「えっと……。そろそろ僕と、友達なってほしい」
私はきょとんとしたまま振り返る。
「えっ、友達?」
「いま友達にならないと、後悔しそうで。時間……、あ、いや。何でも話し合える仲になりたい」
彼はにこりと笑った。
出会ったあの日から、私は避け続けていたのに。
「でも、私なんて……。友達になる資格なんて、ない」
声を絞って、俯いた。
もう一度人を信じられるかどうか、自信ないかも……。
「『私なんて』じゃなくて、美心がいい」
その言葉が届いた瞬間、私は驚いた目で見上げた。
「えっ」
そこには、輝かしい笑顔が、私を見つめている。
「最初はなかなか喋れなかったけどね、いまは違う。手の温もりに安心したし」
私は頬を緩ませて、ふっと息をもらした。
「青空くんには負けたよ。だって、諦めてくれないんだもん」
毎日話しかけてくれた青空くん。
最初は煩わしかったけど、いまは傍にいてくれるだけで心強い。
「あはは。じゃあ、友達になるのでOK?」
青空くんは温かい目で、小指を差し出す。
「うん! 約束する」
私も小指を出して絡めた。
なんだか、懐かしい気持ちに。
会話を終え、私はタオルを首にかけて、四人部屋の隅に腰を下ろした。
畳の香りが漂うと、どこかほっとする。
他の女子三人は、スマホを片手におしゃべりしている。
私もスマホを開いて、クゥちゃんの画像を開いた。
クゥちゃんに届くように、小声で呟く。
「久しぶりに友達できたよ。男子だけど、私にはもったいないくらい素敵な人」
画面の向こうのクゥちゃんは笑っている。
「本当は、直接報告したかったなぁ」
もし、もう一度クゥちゃんに会えたら、今度は泣かずに楽しい思い出を作りたい。




