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14.灰色の空の向こうに



 ――激しくなった雨は、不安をよりいっそう塗り固めていった。

 私たちは足が痛くなるくらい歩いたあと、小さな屋根付きの小屋に到着。 

 小屋といっても、ほとんど吹きさらし。

 古びた木のベンチが二つほどしか置かれていない。

 

 山林の風はひんやりとしている。

 彼は紺色のTシャツ姿で、先ほどまで着ていたシャツをギュッと絞っていた。

 

 私のウィンドブレーカーは、肌が透けるほど体に吸い付いている。

 服を絞りたいけど、脱いだらタンクトップ一枚に。

 身震いしてると、彼はリュックのファスナーを開けた。

 中からパーカーを取り出して、私に向ける。


「これ着て。寒いでしょ」

「大丈夫。高槻くんが使って。寒いだろうし」


 彼に申し訳なくて、押し返した。


「僕はそこまで体弱くないよ。後ろ向いてるから着替えて」

「う、うん……。ありがと」


 パーカーを受け取ると、彼の首元でキラリと何かが光った。


「高槻くん、もしかしてネックレスしてる?」


 彼は派手なタイプではないので、ちょっとびっくりした。

 

「これは僕の宝物。プレゼントしてもらった日から、肌身離さず持ってる」


 彼は首元のチェーンに軽く指を絡ませて、にこりと微笑む。


「大切なものなんだね」

「迷いに迷ってプレゼントしてくれたものだから、僕にとっては特別なものだよ」


 あまりにも幸せそうに見えたから、こっちまで微笑ましい気分に。

 

 私はウィンドブレーカーを脱いで、借りたパーカーを着てみると、結構ブカブカ。

 ……でも、あったかい。

 彼がベンチに座ったので、私は隣に腰を落とした。

 雨音が私たち二人を包み込んでいる。


「先生たち、探しに来てくれるかな」


 不安の色が拭えないまま、空を見上げた。

 

「どうかな。暗くなる前までに雨が止めば動けるのにね……」

「天気予報は全然ハズレ。どうして梅雨の時期に山登りを決めたんだろう」


 ふと彼を見ると、唇がわずかに震え、腕を組んでいた。

 さっきは強がってたけど、風が冷たいから冷えたのかもしれない。

 私はすかさずパーカーの袖に手をかけた。

  

「ごめんっ……。高槻くんも寒いのに」

 

 恥ずかしいとか考える前に脱ごうとした。

 彼はすかさず首を横に振って、私の手を止める。


「それは美心が着てて」

「でも……」

「風邪を引いて欲しくない。僕は男だから体温高いし」


 彼の優しさが伝わってくるたびに、いままでの自分が小さく見えた。

 彼が温かい手を差し伸べてくれても、私は一度も触れられなかった。

 いや、触ろうとしなかった。意気地なしだから――。

 目頭がじわりと熱くなり、右手でそっと彼の手を握りしめた。


「手を繋いでいれば、少しは温かいかな」


 彼は驚いた顔を向ける。

 

「美心……」

「迷惑だよね。……でも、他に温まる方法が見つからなかったの」


 俯いて、熱い頬を隠した。

 弱虫だから、人にどう接したらいいかわかんない。

 でも、少しでも力になってあげたい。


 彼は、手をギュッと握り返してきた。

 このタイミングで顔を向けると、春のような穏やかな笑顔がそこに待っている。

 

「嬉しいよ。美心の体温、あったかいし」


 彼の優しさが伝わるたびに、胸の奥がじんわりと温まっていく。

 もう、無理に頑張らなくてもいいんだよと言わんばかりに。


「実はトラウマがあるんだ。人を避けてきたのは、それが理由なの」


 小さなため息を一つついた後、言うつもりがなかった言葉がこぼれた。

 

「もしかして、そのトラウマって友達に裏切られたこと?」


 一瞬動きが止まり、まばたきをした。

 裏切られたことは、誰にも言ってないのに。

 

「どうしてそれを……」


 ピンポイントな返答に、驚きを隠せない。

 彼は目を泳がせると、指先がぴくっと動く。

 

「ぼっ、僕の周りで結構多い悩みだったから」

「たしかによく聞く話だよね……。一度目だったら、まだ我慢できたかな」


 なぜだろう。

 高槻くんなら、安心して話せる。

 

「もしかして、出会った日に泣いていたのは、それが理由だった?」

「違うの。実はあの日、大切なものをなくしてしまって」

「大切なものって?」


 言ったら、多分笑われる。

 この年になっても、まだそんなものを大切にしてるんだって。

 

「く、クマのぬいぐるみ……」

「えっ。ぬいぐるみ?」


 こくんと頷き、息を整えた。

 

「うん。クゥちゃんは捨てられていたんだ。泣いてるように見えたから、家族にしたの」


 彼は見上げた。

 びっしりと雨雲が敷き詰められている、灰色の空を。


「美心は優しいんだね。見て見ぬふりをしても、おかしくないのに」

「そんなことない。当時は友達に裏切られて、なにかと繋がっていたかった。そんな時に出会ったから」

 

 屋根から滴っている雫を眺め、クゥちゃんと出会った日のことを思い出した。

 あの日も雨だった。地面から跳ね返ったドロが、傷だらけのクゥちゃんを汚していた。

 

「クゥちゃんには、心を許してたんだ。まぁるい瞳が、全て受け止めてくれるような気がして」


 ため息をつき、ジーパンの上で拳を握った。

 

「だから、必ず見つける。早く帰ってきてね、って写真のクゥちゃんに毎日お願いしてるんだ」

 

 クゥちゃんのことを考えるだけで、会いたくなる。

 泣くのを我慢していたら、体が震えた。

 

「大丈夫。クゥちゃんは必ず帰ってくるよ」

 

 彼は、私の髪を優しく撫でた。

 感情的になっていたことに、多分気づいたんだと思う。


「どうしてわかるの? 毎日いろんな場所を探しても見つからなかったのに」


 自分でも気付かない間に甘えていた。

 もしかしたら、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。

 

「美心が会いたいと思っているなら、きっとクゥちゃんも同じだよ」


 こんな話、バカにされると思っていた。

 なのに、優しい言葉をかけてくれるなんて。

 鼻腔がツンと痛くなる。

 彼はカバンの外ポケットからなにかを取り出した。

 それを手のひらに置き、私に向けた――ブドウ飴だ。


「これで元気になってね。美心が元気になったら、きっとクゥちゃんは戻って来るよ」


 私は飴を受け取ると、小さく笑みが溢れた。

 

「ありがとう。それ、一番好きな飴なんだ」


 光が反射して、個包装がキラリと輝く。

 

「良かった。……あ、実は一つだけ、美心に謝らなきゃいけないことがあるんだけど」

「ん、なぁに?」


 丸い目で聞き返した。

 なんだろう。謝らなきゃいけないことって。

 高槻くんがなにか嫌なことでもしてきたっけ? 

 彼はふっと笑う。

 

「気づいたら、呼び捨てしてた。名字で呼んでって言われたのにね」


 私は彼が小さなこだわりを大切にしていたと知り、ぷっとふきだした。

 

「あはは。なぁんだ、そんなことか」

「美心さえ良ければ、このまま呼び捨てにしててもいい? 僕のことも青空って呼んでほしいし」

「うん。……青空くん、ありがとね!」

 

 青空くんって、なんか不思議な人。

 話しやすいし、私の気持ちを受け止めてくれる。

 

 一番驚いたのは自分自身。

 固く閉ざしていた心を、開き始めている。

 どうしてかな。

 彼の瞳が、温かいからかもしれない。


 小さな笑い声に包まれていると、遠くから大人の男性の声がした。

 私たちは立ち上がって、小屋の外へと顔を出す。

 目線の先には救助隊と思われる男性二人がいた。


「大丈夫ですか?」

「ケガはありませんか?」


 隊員は心配そうに声をかけてくれて、毛布で包んでくれた。

 私と彼は、ほっとした目を向け合う。

 

 雨は止み、灰色の雲の隙間から淡い光が差し込んだ。

 不安な気持ちが取り除かれた私たちは、毛布に包まれたまま、救助隊の車に乗り込んだ。



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