表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/38

13.五年間のバリケード



 ――一泊二日の研修合宿。自然体験を通じて親睦を深めるのが目的だ。

 現地でバスを下りて、昼食を終えてから山へ散策に。

 私はいつものように、女子集団の背中を眺めていた。

 

 昨日の雨が影響か、足元がぬかるみ、落ち葉がいいクッションに。

 森林の香りに包まれ、落ち葉や枝を踏みしめていると、雲行きが怪しくなってきた。

 下山指示は出ていない。

 

 リュックのベルトを掴んで、崖の方を見下ろす。

 見覚えのある配色物が視界をとらえた瞬間、胸がドキっとした。


「クゥ……ちゃん……?」


 十メートルほど先にあるのは、クゥちゃんと同じ配色の物体。

 それがクマのぬいぐるみかどうかは認識できない。


 足を進めたが、心は引き止められる。

 もし、あれがクゥちゃんじゃなかったら……。

 でも、行かなかったら後悔すると思い、崖を下ることにした。

 戻れると自分に言い聞かせながら下っていくと、足が滑ってぬかるみへ。


「きゃああっ!!」


 ずるずると崖下へ引きずり込まれ、パキパキと小枝が折れた。

 身動きが取れず、尻もちをついた箇所が熱い。


「……っ」

  

 体が止まった先は、物体よりもはるかに下。

 登山道がどこだったかわからないほど。


 泥まみれの手で、ポケットからスマホを取り出した。

 充電は、残り1%。 

 モバイルバッテリーを出そうとしてカバンを漁った。

 バスの中で抜いたことを思い出し、ため息が溢れる。


「私ったら、バカだね……。でも、まだ1%ある」


 カバンから旅のしおりを出して、緊急連絡先をスマホに打ち込み始めた。

 かすかな希望を乗せた指で通話ボタンに触れた瞬間――画面は暗くなる。


「嘘でしょ。このタイミングで切れるなんて……」


 電源ボタンを押したが、画面は点かない。

 祈るようにスマホを両手にぎゅっと握りしめたまま、額に当てた。

 

 高槻くんが『せめて自分だけは味方になってあげて』って言ってくれたのに、そっぽを向いてしまった。

 後悔しても遅いのに。


「誰か、助けて……。どうか、見つけてもらえますように」

 

 木々の葉のざわめきと、カラスの鳴き声が不安を煽り立てた。

 視界が揺れ、不安定な足元に注意しながら、足をゆっくり進ませる。

 

 そんな中、ふと誰かの声が耳に入った。

 心がふわりと軽くなり、顔を上げる。

 

「美心〜〜っ! どこにいるんだ〜〜。いたら返事して〜!」


 遠くから聞こえる、聞き覚えのある声。

 辿るようにキョロキョロしていると、十数メートル先の崖から、高槻くんが木につかまりながら下りてくる。

 その姿を捉え、痛みをこらえながら木に寄りかかった。


「高槻くん! 私は、ここにいるよ!」


 彼は両手を振ってアピールしている私と目が合った。

 木から手を離し、地面に手を軽く添えながらこちらへ向かってくる。

 

 両手を握りしめたまま見つめていると、額に大きな雫がポツンと弾いた。

 目線を上げると、雨が降っている。


「美心っっ! ケガしてない?」

「うん! 大丈夫!」

「いまそっちへ行くから、動かないで!」


 風で髪は揺れ、心のざわめきをなぞっていく。

 彼を見つめたまま佇んでいると、彼はぬかるみに足を取られ、尻もちをついた。


「うわっ!!」

 

 叫び声と共に滑り落ち、五メートルほど落下。

 木に衝突して、その体は止まった。

 彼はすかさず左腕を押さえ、前かがみで息を荒くし、悶えている。


「……ってぇ」

「高槻くんっ!! 大丈夫?!」


 私は全身の血の気が引いた。

 心配で、鼓動がバカみたいに暴れていく。

 

「あっ……、うん。ぜんぜん……平気。そこ、動かないで。足元が不安定で危ないから」

「う、うん……。わかった」


 彼は自分の左腕をチラッと見た後、スピードを落としながら足を前に進めた。

 ようやく私のところに到着すると、表情が空気が抜けたかのように緩んでいく。


「高槻くん、木にぶつかったときに腕が当たったんじゃ……」

「もしかして、僕の心配してくれるの?」


 彼は少し驚いたように、首を傾けた。

 普通は自分の身の心配の方が先なのに。

 

「そんなの当たり前じゃない。どの辺を打ったの?」


 私が心配の目で彼の左腕の方を覗き込むと、彼は首を振った。


「たいしたことないよ。それより、どうやって先生に連絡しようか」

「私のスマホ、充電が切れちゃって。高槻くんは、スマホ持ってないんだよね?」


 足利くんとそんな話をしていたことがあった。

 

「え、どうして知ってるの?」

「ぐっ、偶然聞いただけ……」


 額に冷や汗をかきながらしどろもどろ答えていると、彼はフッと笑った。

 

「とりあえず、一緒に道を探そう。雨が強くなってきたからね」

「うん、そうしよっか」


 私はこくんと頷き、小さく息を吐いた。

 それから私たちは、雨と鳥の声に包まれ、落ち葉や枯れ木を踏みしめながら進んだ――でも、道は見つからない。

 大木を避け、ぬかるみに足を取られながらも、彼の背中だけを見つめて歩く。

 

 後ろを歩く私の足音が遠退いたことに気づいたのか、彼は足を止め、振り返って「大丈夫?」と声をかけてくれた。

 私はほんわりとした気持ちでうんと頷く。


 彼の背中を見ているうちに、敬語が消えていたことに気づいた。

 自分でもよくわからないけど、立ち止まっていたなにかが、少しずつ進み始めていたんだと思う。

  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ