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11.胸の中のありがとう



 ――夜、私はブラウンのチェストの上に置いてある、クゥちゃんの写真をぼんやりと眺めていた。

 写真は、クゥちゃんの”特等席”に置いている。

 朝起きたら『おはよう』、学校前には『行ってきます』と声をかけていた。

 

 写真を見るだけで、胸がキュッと痛む。

 

「クゥちゃん、今日は変な一日だったよ」


 写真を眺めたまま考えていた。

 職員室でクラス分のノートを受け取り、青空くんに抱っこされたときの一連の動作を。

 高槻くんに抱きしめられた感覚が体に蘇ると、思わずベッドに飛び込んで、顔を埋めた。


 ノートを渡さないくらいで、気軽に抱っこしてこないでよ。


 でも、授業中にケガをしたことに気づいていたんだ。

 足を引きずっているのを見て、心配してくれたし。


『人が苦手なら、自分だけは味方になってあげて』

 

 彼に指摘されなければ、あのまま無理をしていただろう。

 右足首に目線を落として、彼の心配を思い出す。

 

「美心〜! ちょっとお願いがあるんだけど〜」


 リビングの方から母の声が聞こえた。

 「はぁい」と答え、部屋を出てから母の元へ。


「ママ、なぁに?」


 廊下からリビングを覗いた。

 母は財布を開きながらこちらへ近づいてくる。

 

「悪いんだけど、マヨネーズが切れちゃったから、コンビニで買ってきてくれない?」

「いいよ。すぐそこだから」


 母は財布から千円札を出して手渡す。

 その時、母の目線が滑るように私の足の包帯へ向けると、まばたきが増えた。


「あら、包帯? 学校でなにかあったの?」 

「……あ、ぶつけただけ」


 私は包帯が巻かれている足を反対側の足の後ろへ隠し、母の気をそらした。

 母は腕を組んで、ため息をつく。

 

「足が痛いなら早く言いなさい。買い物は、お母さんが行ってくるから」


 エプロンを外そうとしたので、私は慌てて口を開いた。

 

「ううん! もう大丈夫だから行ってくるよ」

 

 母は仕事から帰ってきたばかり。

 疲れているのにこれ以上の負担をかけたくなくて、近くのコンビニまで歩くことにした。


 

 買い物を済ませ、コンビニを出る。

 なんとなく辺りを見ていると、制服姿の高槻くんを発見した。

 彼は街灯に照らされ、すぐ脇の道を歩いている。

 もしかして近所に住んでるのかなぁ。

 

 彼の背中を追い、神社の階段を上っていくのを見届けた。

 夜の神社は静寂に包まれ、木々の葉がそよぐ音だけが聞こえる。

 その静けさが、胸のざわめきと重なった。


 月夜に照らされる高槻くん。

 瞳に映る彼は、お賽銭箱の前でそっと手を合わせていた。

 私はコンクリートの鳥居に身を隠した。

 頭の中で「ありがとう」が浮かぶ。


 口だけは動いた。

 でも、声が出ていかない。

 あの時のように、もう傷つきたくない。

 

 私は再び殻に閉じこもった。



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