lesson4
「うぉぉぉ!! ごひゃくぅぅぅ!!」
パタリ。
エリオットは、大理石の床に倒れ込んだ。
今日もなんとか地獄のトレーニングをやり切った。
筋トレをする事二ヶ月。
初めの頃は当然、腹筋や背筋、その他もろもろを書いてある数の分だけこなせる筈も無く、フィリップスの温情で半分の数にして貰っていたが、最近は各メニューを正式な数こなせる様になったのだ。
カリカリだった身体は段々と分厚くなってきていて、フィリップス曰くししゃもからシャケ位にはなっているらしい。
シャケって凄くないか⁉ とエリオットは思う。
何の料理にも変身出来るし、味も魚の中だと一番美味しい。
「あー、今日もむさ苦しいわねぇ。まぁ、よくやったわ」
滝の様に汗をかいているエリオットとは対照的に、様子を見に来たフィリップスは涼しい顔である。
「や、やりましっ、たぁ……!」
エリオットは、投げつけられたタオルで顔を拭く。
トレーニングは毎日、サボらない様にと【チェンジャーヴェレ】のいつもの個室で行っているのだ。
「あっ、そうだ。エリ坊、直ぐに隣の部屋でシャワー浴びて来なさい」
「ふぇ?」
「いいから早く立って行く‼」
「は~い‼」
今日も大迫力の、フィリップスアイズで睨まれ、エリオットはシャワールームに直行した。
シャワーを浴びながら、エリオットは自分の身体を見る。
三カ月前とは比べ物にならない程の肉体がそこにはあった。
うっすら線の入って来た胸筋に、2つに割れた腹筋。
腹斜筋なんて、筋が少し浮き出てきている。
下半身の大腿四頭筋も、続けている坂道ダッシュと脚トレのお陰で、良い感じに盛り上がっている。
エリオットは、自分の身体が段々と理想に近付いていっている事に、にんまりと笑顔になった。
でも、肝心のイスラとはお友達になった日以来、挨拶をする程度の仲……。
「はぁ、まだまだ遠いなぁ……。でも、先生を信じて頑張るぞ!」
シャワーの蛇口をきゅっと締めて、エリオットは脱衣所に出た。
「うわぁ⁉ なにこの服⁉」
着替えに置いてあるのは、黒光りしているスーツだ。
セットになっているシャツと小物も合わせて、エリオットが今まで見た事の無い高級品だ。
お高そうなそれにビビり散らかしているエリオットは、突然脱衣所の扉がバーン!と開いて更に驚く。
「ぎゃあ⁉」
「なにアンタ、まだ着替えてなかったの? 早くしなさい!」
今日も綺麗な緑色のマーメイドドレスに身を包んでいるフィリップスが、全裸のエリオットを急き立てる。
「で、でも僕、こんな立派な服着た事ないです! 着方が分かりません!」
「スーツくらいアカデミーの式典で着たでしょうが!」
「こんな高級なアクセサリー? が付いているスーツじゃなかったんですぅ!」
タイピンやカフリングスの事を言っていると察したフィリップスは、さっと彼の前に回り込むと、さっさとスーツを着せていく。
流石ドレスショップの店長だ、平凡なエリオットは素敵な紳士に様変わりした。
上半身だけ。
「ズボンくらい自分で履けるでしょ⁉」
「わぁぁ、すみません~!」
エリオットはもたつきながらもなんとか着替えを済ませて、着いて来いと言うフィリップスの後に続く。
着いた先は、【チェンジャーヴェレ】の中でも特別なお客様しか入れないVIPルームだった。
白い壁紙には金色の飾り模様が施されており、応接セットは波のテーマで統一された、白と金色を基調としたものが置かれている。
壁際のシェルフには、王族貴族のしか手の届かない値段のドレスやスーツのカタログが品よく並んでいた。
(なんでこんな所に僕が⁉)
エリオットは、自分が場違いすぎて寒気すらしてくる。
迂闊に動いてはいけない、きっと何かやらかす。
小鹿の様にぶるぶる震えていると、フィリップスがこっちだと手招きしてきた。
「張り付くならこっちの壁にして頂戴、そこだとお客様が通れないわ」
「はっ、はいぃ!」
おどおどと、エリオットはフィリップスの示す壁に張り付く。
その瞬間、扉の外が賑やかになった。
かすかにイスラの声も聞こえる。
(なんだ、イスラさんと会わせてくれるとかそういう事かな……?)
きっとご褒美なんだと呑気に考えたエリオットは、入って来た人物達にあんぐりと口を開けた。




